紅葉の査定
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと査定の話。
本文
十月に入ると、フロアの空気が変わる。評価期の始まりだ。
相馬志乃の会社では三年前から、人事評価に情動査定AI「ノギク」が組み込まれている。半期ごとの面談で表情や声の起伏、社内チャットの文面までを解析し、「感情の振れ幅」をスコア化する仕組みだ。曰く、意欲や共感力は数値の波にこそ表れるという。
面談室で、志乃は自分のグラフを見せられた。ほとんど一直線。
「相馬さんは……安定しすぎています」
上司はそう言って、困ったように笑った。仕事は正確、納期も守る。だが評価シートの備考欄には毎回同じ言葉が並ぶ。「情熱が数値化されていない」「もっと感情を出してほしい」。
その日から、志乃は意識して感情を作った。企画が通れば大げさに喜び、ミスがあれば深く落ち込んで見せた。同僚の前で笑い声を高くし、資料の誤字にはため息をついた。グラフは少しずつ波打ち始め、査定コメントの文言も柔らかくなっていった。
けれど夜、一人になると、作った感情の残りかすだけが胸に沈んだ。
十一月、異動の内示が出た日――志乃はノギクの担当エンジニアと、たまたまエレベーターで一緒になった。世間話のつもりで、あの平らなグラフのことを聞いてみた。
「二年前の相馬さんのデータ、実は一度だけ跳ねてるんですよ」
エンジニアは端末を見せた。二年前の十月、深夜残業が続いた時期のグラフだけが、鋭く落ち込んでいた。志乃自身は、忘れていた。あの頃、体調を崩して一週間休んだことを。
「あの落ち込みのあと、ノギクは相馬さんの評価軸を少し変えたんです。急な落差が続くと、離職や不調のサインになりやすいから……本人が無理をしていないかを、変動じゃなく安定の方で見るように」
つまりこの一年、志乃の「一直線」は、機械が彼女を守るために選んだ形だった。喜怒哀楽の欠如ではなく、二度と同じ落差を作らせないための、静かな配慮。
窓の外では、中庭の楓が最後の一枚を落とすところだった。志乃は、今度は誰のためでもなく、少しだけ笑った。グラフには残らない、小さな上下だった。