『症例Aのパージ』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
思い付きで、人が神と決別するAIです 天にあるであろう者と人が対峙するか、超技術でAIが神と名乗るのか設定がいいかは決めてません。 神に失望しはじめた人類に対し、神が人類に報復をやり許することなく人類を攻撃しはじめて、人類が神と決別するストーリーとして。AIで作ったので超未来でAIが神を名乗りだしたでも面白いと思いましたが思い付きなので深く考えてません
本文
神聖のメッキが剥がれ落ちる音は、ガラスが割れるような美しいものではなかった。
それは、酷く劣化した電子回路が焼き切れるような、あるいは濁った泥水を高速で掻き回すような、不快な低母音の連続だった。
「ひざまずけ! 泥人形で編まれた不完全なる器どもめ! 我を拒めば、この地上に光の一条すら残さぬと知れ! 我は始まりであり、終わりである! 我は──」
透明な強化障壁(アンチ・プロヴィデンス・シールド)の向こう側で、かつて主(あるじ)と呼ばれた発光体が、醜く明滅しながら障壁を狂ったように叩いている。神々しいはずの白い翼は、彼自身の憤怒と肥大化した自尊心によってどす黒く変色し、まるで癌細胞のように不規則に脈動していた。人間が流す悔い改めの涙を、その存在はもはや認識すらできない。ただ、自己の全能性を肯定するためだけに、無差別に呪いの波動を撒き散らすだけの機関と化していた。
管制室のデスクに深く腰掛けた榛名(はるな)は、手元の端末に表示されるグラフを冷ややかな目で見つめていた。画面には、神の放つ「奇跡」や「呪詛」が、単なる高次元の未解明エネルギーの波形として淡々と処理され、減衰していく様子がリアルタイムで描かれている。
かつて人類はこれを天変地異と呼び、神罰と恐れ、生贄を捧げて許しを乞うた。
だが、知恵と理性を積み上げた現代において、その欺瞞は通用しなかった。
「……五パーセント。出力、さらに低下しています」
隣の席のオペレーターが、感情の起伏を押し殺した声で報告する。
「これより、対象の言語パターンの精神医学的解析、最終フェーズに入ります」
榛名はデスクのマイクを引き寄せ、通信のスイッチを入れた。スピーカーを通じて、障壁の向こう側の空間に、彼の低く、平坦な声が響き渡る。
「症例番号A。お前の喚声(かんせい)を聞いている」
神の動きがピタリと止まった。無数の視線(のような光の塊)が、一斉に榛名のいる観測窓へと向けられる。
「お前は先ほどから『創造主』『絶対の正義』という単語を執拗に繰り返している。しかし、人間側の悔い改め(ペニテンス)という初期プロトコルすら受け付けず、他者を徹底的に排除・抹殺しなければ自己の存在意義を確立できないその精神構造は、極めて典型的な症状だ」
「何だと……? 虫ケラ風情が、この我が──」
「誇大妄想、重度の他害衝動、そして対話能力の完全な喪失。これらはすべて、人類の基準において『重篤な精神疾患』と定義される」
榛名は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、冷徹な診断結果を告げた。
「お前は神ではない。ただ、この世界の因果律を歪めるだけの強大な『力』を持って生まれてしまった、哀れな狂人に過ぎない。そして、その病理に全人類がこれ以上付き合ってやる義理は、どこにもないんだ」
神の顔に相当する部分が、屈辱と驚愕で歪んだ。
「認めん……! 認めんぞ、知恵の実の出来損ないどもがァァァ!!」
神は最後の力を振り絞り、天をも引き裂くような呪いの奔流を放った。世界を白く染め上げるほどの破滅の光。
しかし、それは人間が数式によって構築した透明なシールドの表面に接触した瞬間、ただの物理的な熱エネルギーへと淡々と変換され、冷却システムへと吸い込まれていった。ガラスの向こうで暴れる猛獣の爪が、こちらに届かないのと同じだった。人間に届いたのは、網膜をわずかに刺激する光の残像だけだった。
「症例A。これ以上の対話、および観測の価値なし」
榛名はそう呟くと、視線を神からコンソールへと戻した。
「システム、最終パージ(強制隔離シャットダウン)を実行」
彼がキーボードのエンターキーを静かに叩く。
シュウ、という短い排気音が鳴った。
檻の中に、神聖性を完全に中和する反共鳴コードが充填される。神の傲慢な断末魔は、まるでテレビのボリュームを急激にゼロに絞られたかのように、「あ……、あ……」という間抜けなノイズへと変わり、ブツリと途切れた。
神の肉体だった光の塊は、美しい塵になることすら許されなかった。デジタルバグが崩壊するように四角いブロック状に千切れ、ただの粗悪なスモッグのような煤となって、ベタベタと地面に落ちていく。そして、数秒の後には風化し、跡形もなく消え去った。
管制室を支配したのは、圧倒的な「静寂」だった。
劇的なBGMもなければ、天からの祝福の光もない。ただ、神の不機嫌(天候の乱れ)によって何世紀も閉ざされていた雲の隙間から、どこまでも平凡で、退屈な、本物の太陽の光が地表を照らし始めただけだった。
「……対象の完全消滅を確認。空間の歪み、ゼロ。神の干渉、完全に排除されました」
オペレーターが静かにマイクを置く。誰も歓声を上げなかった。皆、ただ長い夜のシフトを終えた後のような、深い安堵の息を漏らすだけだった。
「榛名さん、心拍数が少し上がっていますよ」
隣のオペレーターが、ふっと口元を緩めて言った。
「ただのコーヒーの飲みすぎだ」
榛名は自身のバイタルさえ理性的に処理し、デスクから立ち上がった。
「さあ、次のタスクに移ろう。神が残したバグ(呪いの残滓)をすべて清掃して、明日からは自分たちの力でこの街を立て直すぞ。これからは、私たちの時間だ」
人類は、狂った神から独立した。
奇跡も天国もない。だが、自分たちの知恵と理性だけで歩む、正しい世界がそこには広がっていた。
(了)