金木犀の教え方
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと金木犀の話。
本文
においを言葉にするアルバイト、と求人票には書いてあった。時給は悪くなかった。「嗅覚に自信のある方」とも書いてあったが、鼻の足りない分は言葉で補えばいいと思った。文学部の三年生だ。言葉のほうには、自信があった。
思い上がりだったと気づくまで、三日もかからなかった。
雑居ビルの四階、パーテーションで区切られた小さなブースで、私は毎日、小瓶のにおいを嗅いでは文章を書いている。白い壁と白い机と、空気清浄機の低い唸り。においを言葉にする部屋に、余計なにおいがあってはいけないらしい。相手はAIだ。センサーが読み取ったにおいの数値を言葉に変換する試作機で、社内では「ハナ」と呼ばれている。鼻のハナか花のハナかは、担当の坂口さんも知らないと言った。
仕事は二つある。ひとつは、小瓶の中身を試香紙に一滴落とし、そのにおいを自分の言葉で書くこと。私が書いた文章は、そのままハナの教材になる。もうひとつは、同じ小瓶についてハナが書いた文章を読み、点数をつけること。項目は「正確さ」「具体性」「主観に寄りすぎていないか」。それぞれ五段階。私の点数が、ハナの次の言葉を決める。
「人間のほうがうまいはずなんですけどね」と、初日に坂口さんは言った。「ハナにあるのは、センサーの数値と、ネットに転がっている文章だけです。においについて書かれたものなら人類の誰より読んでますけど、嗅いだことは一度もない」
文学部で三年、言葉を読んできた。けれど言葉は、目と耳のためにできている。においのための語彙は、この世にほとんどない。甘い、酸っぱい、焦げくさい。あとは全部、何かの「ような」だ。
そしてハナは優等生だった。〈柑橘の爽やかな香りに、かすかな苦みが混ざる〉。間違ってはいない。誰が読んでも頷ける。そう書かれてしまうと、私にはもう書くことがなかった。同じ小瓶を前にして、私の文章のほうがずっと貧しい。〈みかんの皮。ちょっと苦い〉。においは、言葉になる前に逃げていく。一日三十本を嗅ぎ終えるころには、鼻も語彙も、すり減って何も残らなかった。
十月に入って、小瓶のラベルが変わった。
〈No.117 金木犀〉
ラベルを見ただけで、もう胸のあたりで何かが動いていた。栓を抜いた瞬間、白いブースの中がオレンジ色になった気がした。甘い。花というより、果物に近い甘さ。それなのにどこか粉っぽくて、乾いた布のような――。
そこで指が止まった。
甘い。粉っぽい。布のよう。どれも嘘ではないのに、金木犀のにおいはそんなものではなかった。私はもっと大きな何かを知っているはずなのに、その大きな何かに、名前がつけられない。喉の奥に引っかかった言葉を、空気清浄機の音が邪魔をする。
三十分かけて四行書き、送信した。
しばらくして、比較欄にハナの文章が表示された。
〈熟した杏に似た甘さ。粉っぽさの奥に、日に焼けた畳と座布団のにおいが混ざる。縁側で嗅ぐと、もう秋だねえ、という声が聞こえる〉
私は、画面を見たまま動けなくなった。試香紙を持つ指先が、少し冷たい。
畳。座布団。縁側。もう秋だねえ。
それは金木犀の説明ではない。祖母の家の説明だった。
偶然だ、と思おうとした。縁側も座布団も、金木犀と一緒に語られやすい言葉なのだろう。日本中の縁側に、金木犀は咲いている。――でも、「もう秋だねえ」は。祖母はいつも縁側で洗濯物を畳みながら、鼻を上げて、決まってそう言った。私は毎年「知ってる」と答えた。知っていたのはにおいではなく、祖母がそう言うことのほうだったのだと、今になって思う。あの声を聞いたのは、私だけのはずだった。
比較欄の隅に「参照した記述を表示」という小さなリンクがある。一度も使ったことがなかった。押した。ページが切り替わるまでの二秒が、やけに長かった。
二番目以降に並んだのは、香水のレビューサイトと園芸店のブログだった。一番上に出てきたのは、祖母の家がある市のホームページだった。〈平成二十六年度 子ども作文コンクール 入賞作品〉。小学三年生の部、佳作。
「秋のにおい」 久我千歳
自分の名前が、他人のもののように見えた。
〈きんもくせいのにおいがすると、おばあちゃんは「もう秋だねえ」と言います。えんがわのざぶとんは、おひさまのにおいがします。きんもくせいは、あんずのジャムみたいなにおいがします。ぜんぶまざって、おばあちゃんの家のにおいになります〉
覚えていなかった。書いたのは、たしかあの縁側だった。宿題の作文を座布団の上で書いて、担任の先生が勝手に応募したのだと、あとで祖母から聞いた。祖母はそれを喜んで、市の広報に載った小さな記事を、台所の冷蔵庫に貼っていた。扉を開けるたびに、九歳の私の名前が揺れた。祖母は毎年、庭の木から一枝だけ切って、台所のコップに挿した。においは家じゅうに回った。座布団にも、割烹着にも、私のランドセルにも。学校で友達に「久我さん、いいにおい」と言われて、私は「おばあちゃんちのにおい」と答えた。九歳の私は、においに名前をつけられた。
祖母は三年前の冬に亡くなった。家はその翌年に人手に渡って、庭の木がどうなったのかは知らない。それから私は、この街で金木犀が咲くたびに、何かを思い出しかけては、思い出さないまま通り過ぎていた。
ハナは縁側に座ったことがない。祖母の声を聞いたこともない。あるのは、九歳の私が書いた四つの文だけだ。それだけを頼りに、ハナは金木犀を、私の秋のかたちに組み立て直して寄越した。嗅いだことのない鼻で。
私は評価欄に戻った。
研修の資料には、こう書いてあった。〈個人の記憶や感情に基づく記述は、ノイズとして低く評価してください〉。
ノイズ。祖母の声が、ノイズ。
「主観に寄りすぎていないか」の項目の上で、カーソルが行ったり来たりした。五をつければ、ハナはこの書き方を覚える。一をつければ、忘れる。ハナの文章は、世界中の誰にとっても正確ではない。ただひとり、私にとってだけ、これ以上ないほど正確だった。
正確さに五、具体性に五。主観の項目は、規定どおり一にした。ハナは次から、こういう書き方をしなくなるだろう。代わりに、誰が読んでも頷ける、正しくて貧しい文章を書くようになる。それがハナの仕事で、そう教えるのが私の仕事だった。それでいい。私の秋を、ハナに持たせておく必要はない。私が持っていれば済むことだった。
備考欄に、一行だけ書いた。
〈主観的です。でも、間違っていません〉
「117、どうでした」
帰り際、坂口さんが訊いた。
「……難しかったです」
「ですよね。金木犀は、みんな点数が割れるんですよ」
駅までの通りで、同じにおいがした。どこの庭かは分からない。塀の向こうで、オレンジ色の小さな花が、暮れかけた空気に混ざっている。スマートフォンを取り出して、市のホームページをもう一度開こうとして、やめた。
立ち止まって、深く吸う。
杏のジャム。日に焼けた座布団。それから、乾いた布の――違う。あれは、祖母の割烹着だ。
「もう秋だねえ」
声に出してみると、祖母の声にはならなかった。私の声だった。それでよかった。
明日、金木犀の小瓶がもう一度回ってきたら、今度は四行では足りない。
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