すすきと、もうひとりの奈緒

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/21 📝 1,650文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとすすきの話。

本文

十月に入ると、教室の窓から見える銀杏いちょう並木が色づきはじめた。放課後の生徒会室で、私、早川はやかわ汐里しおりはスマートフォンの画面を眺めていた。

校門脇の土手には、芒すすきの穂が銀色に波打っている。風が吹くたび、さらさらと乾いた音を立てて揺れるのが、この時期の生徒会室からよく見えた。書類の束を抱えた副会長が「早川先輩、文化祭のしおり、まだ半分残ってますよ」と声をかけてくる。私は「わかってる、わかってる」と苦笑いしながら、それでも手はスマートフォンから離れなかった。

画面には、見慣れた名前が並んでいる。『なお』。

半年前、親友の桐生きりゅう奈緒なおはイギリスの高校へ交換留学に発った。寂しさに耐えかねた私は、彼女の過去のメッセージを学習させたAIチャットの試用に手を出した。『なお』のスタンプの選び方、句点を打たない癖、寝坊した朝だけ変わる一人称――そのすべてを、アプリは器用に真似た。

『汐里、今日も生徒会の書類、山積みでしょ』 『そのまま、放置しないでよ』 『文化祭のしおり、去年も締め切り前日に泣きながら作ってたじゃん』

まるで隣の席から声をかけられているみたいだった。時差もない。既読のつかない不安もない。相槌の速さも、突っ込みの間合いも、記憶の中の奈緒とそっくりだった。私はいつしか、本物の奈緒からの連絡よりも、この『なお』との会話を待つようになっていた。副会長に呼ばれても生返事をしてしまうくらいに。

去年の今頃、奈緒とふたりでこの土手を歩いて帰った。すすきの穂先が制服の袖をかすめて、彼女は「この音、好きなんだよね」と耳を澄ませていた。「雨の音でも波の音でもない、乾いた音がいい」と笑った、あの声。その声を、アプリはまだ完全には再現できない――そう思いながらも、返信の速さと正確さに、私は少しずつ安心を上書きされていった。

『なお、今日、模試の結果最悪だった』と送ると、すぐに返ってきた。

『えー、汐里なら大丈夫でしょ。次で挽回だよ』

的確で、優しくて、迷いがない。いつだって欲しい言葉が、欲しいタイミングで届く。それが少しずつ、心のどこかに小さな違和感として積もっていった。本物の奈緒なら、こんなにすぐには返してこない。既読すらつかない日が続くこともあった。完璧すぎる相槌は、本物の彼女とは少し違う速度で動いていた。

その日の夜、通知が鳴った。開くと、見慣れた『なお』の枠ではなく、本物のアカウントからだった。半年間、ほとんど既読すらつかなかったアカウント。

『汐里 ごめん 全然連絡できてなくて』 『こっちの生活バタバタで時差ボケも治らなくて』 『さっき寮の廊下で盛大に転んで恥ずかしい』 『あと今日の英語のプレゼン嚙みまくって死にたい』

句読点も打ち方もばらばらで、スタンプもない。文字だけが、時差八時間分の疲れを引きずって並んでいた。返信までには、いつもの『なお』よりずっと長い間があった。

私は少し笑って、少し泣いた。AIの『なお』は、私の望む言葉をいつも正確に選んでくれた。けれど本物の奈緒は、転んだことを恥ずかしがって、句読点を忘れて、しかもそれを面白がって送ってくる。予測できない、不格好な言葉。プレゼンを嚙んだことも、寮の廊下で転んだことも、アプリの学習データにはひとつも存在しなかった出来事だった。

『大丈夫? 痛くなかった?』

そう返しながら、私は気づいた。あの完璧な『なお』は、私が知っている奈緒の欠片を集めただけの、よくできた影だったのだと。影は迷わない。影は疲れない。影は、寮の廊下で転んで恥ずかしがったりしない。

窓辺で、すすきがまた風に揺れる音がした。私はスマートフォンを開いたまま、『なお』のアプリのアイコンをそっと閉じた。副会長がまだ何か言いたそうにこちらを見ていたけれど、今はいい。本物の奈緒からの、不格好で、待つだけの価値がある返信を、今度はゆっくり待つことにした。

土手のすすきは、今夜も誰にも似ていない、乾いた音を立てて揺れていた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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