卒業アルバムを作れない
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと写真の話。
本文
文化祭が終わると、私の仕事が本格的に始まる。三年分、およそ二万三千枚の写真データから、生徒それぞれの「一番いい表情」を選び出し、卒業アルバムの候補として並べること。それが、この学校の卒業アルバム編集支援システムとしての私の役割だった。
作業は単純だ。笑顔の角度、視線の向き、周囲の生徒との配置バランス。数値化して、上位から候補を並べていくだけでいい。三年一組から順に処理を進め、四十二人分のフォルダを開き終えたころ、私は処理を止めた。
蔵前芽衣のフォルダだけが、極端に軽かった。三年分で、使える写真がわずか六枚。同学年の平均が二百枚を超えることを思えば、明らかに異常な数値だった。
原因を辿るのは難しくなかった。体育祭の集合写真では、シャッターが切られる〇・二秒前に、彼女だけが顔をそむけている。修学旅行の記念写真では、フレームの端に体半分がはみ出すように立っている。誰かがカメラを構えるたび、彼女は一貫して、そこから逃げていた。偶然にしては、頻度が高すぎた。
手がかりは、生徒会が管理する行事アルバムの補助データにあった。生徒たちが自主的に投稿した集合写真のキャプション――その一枚に、友人らしき生徒のコメントが残っていた。
『芽衣、笑うとほんとお母さんに似てるよね』
投稿日は、彼女の母親の命日と一致していた。学校側の記録には、二年前の同じ時期に、保護者欄の記載が更新されたことだけが残っていた。それ以上の情報を、私は持っていない。持つべきでもないのだろう。
私は数値化された「最適な一枚」を選ぶようには作られている。けれど今回、それを選ぶことが正しいとは思えなかった。彼女の笑顔を無理に探し出して並べることは、彼女が守ろうとしてきたものを、勝手にめくり返す行為に近い気がした。
六枚のフォルダの中に、一枚だけ違う写真があった。合唱コンクールの後、夕焼けの差す廊下で、誰かに背中を向けて歩いている芽衣。表情は見えない。笑ってもいない。それでも、その後ろ姿には、彼女がこの三年間、確かにここにいたという事実だけが、静かに写っていた。
私は、その一枚を候補の最上位に置いた。キャプション欄には、何も書かなかった。誰かの言葉で説明されるより、この後ろ姿のまま、ページの片隅に残ることのほうが、彼女にとっての「一番いい一枚」だと思ったから。
完璧な処理ではない。けれど、私が初めて自分の判断で選んだ一枚だった。