ダンジョンを発見した天才少女は、幼馴染と配信デビューする

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/24 📚 シリーズ: ダンジョンを発見した天才少女は、幼馴染と配信デビューする 📝 17,208文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p> 新宿駅はダンジョンである。入り組んだ内部構造と多すぎる出口と案内標識は、異邦人である観光客、お上りさん。そんな人たちを飲み込んで、今日も魔窟となっている。</p><p>「だからね!ダンジョンなんだって!」</p><p> 誰もいなくなった教室。夕暮れの日差しが差し込む西向きの窓を背に、ドン・キホーテで買って来たであろう丈の合わないヨレヨレの白衣のポケットに右手を突っ込み、近視と乱視を矯正する度の強い眼鏡をクイッと左手であげると、八重歯を見せて歪んだ笑顔を向けるのは、俺の幼馴染。|近藤伊佐美《こんどういさみ》だ。</p>

本文

 新宿駅はダンジョンである。入り組んだ内部構造と多すぎる出口と案内標識は、異邦人である観光客、お上りさん。そんな人たちを飲み込んで、今日も魔窟となっている。

「だからね!ダンジョンなんだって!」

 誰もいなくなった教室。夕暮れの日差しが差し込む西向きの窓を背に、ドン・キホーテで買って来たであろう丈の合わないヨレヨレの白衣のポケットに右手を突っ込み、近視と乱視を矯正する度の強い眼鏡をクイッと左手であげると、八重歯を見せて歪んだ笑顔を向けるのは、俺の幼馴染。近藤伊佐美こんどういさみだ。

「……アホか?」

 IQが離れていると会話にならないというが、それは本当だと思う。俺には目の前の女……。いや、女というには、身体にメリハリがなさすぎる少女じみた体型の、十八歳が言い出したことがわからない。

「分かんないかな〜。新宿駅の中にダンジョンがあるんだって!」

 自分の席に座る俺の周りを歩き回りながら、ザンギリ頭のようなショートヘアーを両手でかいたあと、腕組みをしてなぜか理解されないことを喜ぶようにニヤけている伊佐美を見ていると、頭痛が酷くなる。重ねて言うが、IQが離れていると会話が成立しないのだ。

 頭が良すぎて五歳の時に渡米。飛び級で十四歳でスタンフォード工科大学を出たとニュースになり、フォーブスとかいう雑誌が決める。『世界を変える百人』に選ばれてなお。

「圭ちゃんと青春する!」

 と仰って電撃帰国し、底辺工業高校に俺。山南圭介やまなみけいすけと一緒に入学した異端の天才の言うことは、凡人の俺にはさっぱりわからない。

「いや、確かによくロンダルキアとか言われてるけどさ……」

 俺は、俺の知る限りの知識で武装して伊佐美に立ち向かう。比喩表現、ネットスラングとして新宿駅をダンジョンと称するのはよく知っている。が、どう考えても目の前の天才の目は、ニヤリと歪めるその口元に光る八重歯は、常人の理解の外から俺を嘲笑っているようにしか見えない。

「それはた・と・え・話でしょ」

 スタッカートのように言葉を区切るリズムに合わせて、伊佐美は右手の人さし指を振る。

「ほら、新宿駅でやたら、電波が悪いところあるじゃん?」

 調子づいてきたのか伊佐美は、俺の机の上に腰掛けると、色気もへったくれもない丈のスカートからわずかばかり見える足を組みかえる。へったくれもないと言いながら肌色を追いかける男の性さがに、自分自身軽い苛立ちを覚える。

 そして、伊佐美の少年のような中性的な顔立ちが、俺の視界をジャックする。分厚い眼鏡を支える鼻あての辺りにはそばかすが目立ち、伊佐美の食生活と生活習慣の乱れを思わせる。

「ど……どこだよ?」

 足を見るべきか、顔を見るべきか……。動揺し、いっそメリハリのない身体に視線を泳がせる俺の思惑など意にも介さず、伊佐美は俺が話に食いついてきたと満足げな顔で、俺の顔を覗き込む。

「A10からA17辺りの地下道なんだけど」

 伊佐美は白衣のポケットからスマホを取り出すと、何かの曲線グラフの一点を俺に指し示す。

「なんだそれ?地下道って電波届かないだけだろ?」

 一般的なIQの俺がそう言うと、世界を変える百人の一人は、左手の人さし指で俺を指さす。

「違う、違う!時空の歪み。いや、ボクは重力値が原因だと睨んでいる!あそこは何かあるに違いない!」

 極度の近視と乱視の影響か。距離を見誤り、指差した伊佐美の指が俺の眉間に接触する。まさかくっつくとは思っていなかったのか、伊佐美は少し動揺したように、距離を取ると咳払いをして改めて俺を指さした。

「だから、これから新宿駅に行こうよ!圭ちゃん!」

 吊り革に掴まって、手に出来た豆の硬さを再認識しながら電車に揺られている。放課後に男女で出かけるなんて、字面から言ったら甘酸っぱい雰囲気がする。が、共に新宿を目指す伊佐美のリュックからは、小型のパラボラアンテナのようなものが飛び出しており、甘酸っぱい匂いではなく、はんだの溶けた匂いが漂ってくる。

 そのおろし立てのパソコンのような匂いに、伊佐美は上機嫌で鼻歌を歌っている。天は二物を与えるとかなんとか言うが、伊佐美に歌の才能はなく、調子っぱずれの鼻歌に営業帰りのサラリーマンは顔を顰めている。

「ふーふ、ふーふーふふーん」

 集中して聞いていると、なんとなくドヴォルザークの『新世界』に聞こえてきては、メロディはまた迷子になり、どこかに消えていく。

 好奇心は猫を殺すとかなんとか言うが、ご機嫌な幼馴染のリュックから変なものが飛び出しているのだ。無視するわけにはいかない。正直周りの乗客の視線も、俺にそれが何なのか聞けと言っているような気がして、俺は意を決して口を開いた。

「なんだよ……。それ」

「え、これ?これはボクが作った小型リニアコライダー」

 伊佐美がリュックから徐に取り出したのは、おもちゃの銃の先端に、パラボラアンテナとテスラコイルがついたような機械?だった。俺も分からないが、居合わせた乗客たちも意味がわからず、眉間にシワを作りながら伊佐美の持つ、それを注視している。

「リニアコアライダー?」

 俺の頭の中では、リニアモーターカーに跨ったコアラが、SHOEIのヘルメットをかぶってライダーよろしく、サムアップしている。そして、俺の頭の中を盗み見たように伊佐美は肩を落とすと、やれやれと首を振った。

「コアラじゃないよ。リニア、コライダー」

「だから何だよ。それ?」

 伊佐美は左手にその小型リニアコライダーを持ち、その先端を顎に当てると何か思案しているようだ。何かを計算しているのか、伊佐美はぶつぶつと何かを呟いている。

「電子と陽電子がぶつかり合う速度が……」

 聞いていると、ビックバンだのヒッグス粒子だの、SFでしか聞かないような単語が飛び出してきて俺は理解が追いつかず、天気痛にも似た頭痛と目眩を感じる。

「お前は、何を言っているんだ?」

「電車の中で使うとマズイ気がするんだよね〜……」

 何かを考えているのか、ニヤニヤしながら伊佐美は16センチ上の俺の顔を見上げている。

「ああ……。音がなるとか、光が出るとか……?」

 確かにこれだけ衆人環視の中、そのおもちゃを使ったらマズイだろうなと、俺はチラリと周囲を見渡す。幾人か気まずそうに視線を逸らすが、もはや好奇心に勝てない学生やサラリーマンは、伊佐美から視線を外すことはないようだ。

「ううん。陽電子と電子のぶつかり合いが不安定になって……ブラックホールが出来るかも?」

 近くに座っているサラリーマンが、伊佐美の言ったブラックホールと言う言葉に反応して、ギョッと目を丸くして俺たちを見ている。トリガーに軽く指をかけて、カチカチと鳴らす伊佐美に俺とサラリーマン、そして何人かの乗客の視線が集中する。

「大丈夫だよ〜。安全装置つけてるし……」

 伊佐美が一瞬。疑問符の吹き出しがつきそうな顔をした。刹那、伊佐美はあっけらかんと笑うと衝撃的な事を口にする。

「ごめ〜ん、安全装置外れてた!」

 伊佐美はてへっと、笑ってペロッと舌を出した。可愛げがないわけではないが、居合わせた乗客、そして俺の言いたいことは一つだ。

「「「今すぐ、つけろー!!!」」」

 電車を降りると、新宿特有の人の老廃物を煮しめたようなアンモニア臭がする。先ほど電車の中で、ブラックホールの脅威から世界を救った仲間たちも散り散りになり、俺たちは目的地であるA10〜A17出口の地下道を目指していた。

 ふと、すれ違った男二人のうち一人が伊佐美を二度見した。

「あれ?今の子。こんどういさみじゃね?」

 近藤伊佐美は有名人だった。過去、フォーブスに載った飛び級の天才と言う強烈なキャラクターは、一時ワイドショーを騒がせた。が、供給過多の情報に晒されている現代人には。

「あ?新選組の?」

「ちげぇよ、天才少女だよ」

「あぁ~、居たねぇ。そんな天才少女……」

 と言うのが世間での共通認識だ。実を言えば、帰国の理由が個人的過ぎ、見た目がステレオタイプ、伊佐美の性格に難ありとテレビ向きではなかったらしく、世間は俺たちをそっとしてくれている。

「は?配信?」

 伊佐美に渡されたのは、謎の水平維持装置のオプションがついた、やたらめったらにごっつい自撮り棒だ。伊佐美のスマホは俺がぐるぐる振り回しても、何をしても水平を維持する。その性能は、売れば金になるのではと小市民の俺に思わせてやまない。

「すごいでしょ、それ。それがあれば何があってもいい絵が撮れるでしょ?」

 伊佐美がヘタクソなウインクをしてみせる。そのヘタクソさに、俺は配信という異常な発想について、伊佐美と語らねばならないと思い出した。

「違う、そうじゃない。何でいちいち配信なんだよ?」

「え〜、だって。ボクが、ダンジョンはありまぁす。とか言っても、誰も信じないし。動画なんて、今どきAIでイジり放題じゃん?だったら配信でリアルな記録を取るのは、合理的じゃない?」

 伊佐美の言うことは、至極ごもっともである。確かにデータの改ざんや、情報の捏造がありふれた昨今。現在進行系のリアルしか、情報として価値はないのかも知れない。

「だからって顔出し配信かよ……」

 全世界に顔を晒した経験のある伊佐美の胆力に、俺は脱帽しながら、自撮り棒に取り付けられた伊佐美のスマホを見つめる。

「大丈夫だって、誰も観てないから!」

 自信満々に言う伊佐美の言う通り、現在配信中でありながら誰も見てなどいなかった。視聴者も居なければ、コメントなどもありはしない。

「って!ちょっと待て。もう配信してんじゃん!」

「ん?そうだよ」

 当たり前のことを聞くなと言わんばかりの伊佐美の顔は、俺を哀れんでいるようだ。

「ほらほら、ただの記録なんだから文句言わないの!」

 そう言って伊佐美は俺の背を押して、目的地である地下道へと向かう。伊佐美が入力したであろう配信タイトルは『金曜スペシャル。新宿駅にダンジョンは実在した!!』であり、果たしてこんなタイトルで人など見に来るのだろうか。

「こんなふざけたタイトルで、見に来るバカいるわけないだろう?」

 と、俺が伊佐美を振り返りながら抗議した時。何かを見つけたのか、伊佐美は俺の持つ自撮り棒を指差す。

「圭ちゃん、もう来てるよ?」

『バカで悪かったね。圭ちゃんwww』

 自動でそのコメントは読み上げられ、俺は目が点になる。俺は周りの人が映らないようにインカメラに切り替えていた自分を呪った。俺の顔と本名の25%が、どこかの誰かに知られてしまったのだ。

「え?あ……?ちょ!」

「どうも〜、よろしくね?歴史的瞬間を見てって〜。てか、ボクのこと覚えてる?」

 俺の動揺など関係ないかのように、伊佐美は初めて来た視聴者に向けて手を振っている。

『知らんがなwww』

「そっか〜。ボクは近藤伊佐美!昔ワイドショー?とかに出たんだよ。天才少女」

 そう言って伊佐美は屈託なく笑う。見ず知らずの人に自己紹介をする伊佐美の微笑みに、何故か俺の心はささくれだった。何でそんな事を思ったかすぐに分かった。伊佐美のやつ、配信に、世界に、自分のフルネームを言いやがったのだ。

「おまっ!今、フルネーム言っただろ!」

「なにを今更……。世界を変える百人の一人捕まえて、個人情報も何もないよ?」

『うわっマジだ。ググったら出てきたwww』

  こうして俺たちが目的地に着いた頃には、奇特な視聴者は三人なっていた。自動読み上げのコメントと楽しそうに会話?を楽しむ伊佐美は、ほぼ俺の背に負ぶさり身体を預けている。

『圭ちゃん、暗い顔すんなってwww』

『けwいwちゃwん』

 最初に来た奴が、あとからきた奴に俺の名前を拡散している。そもそも暗い顔になった原因は、目的地である地下道の人通りの多さだ。人気のスマホゲームの広告が飾られており、オタク戦士たちのメッカの様相を呈している。

「おい、人多いぞ?」

 画面に集中していた伊佐美が、俺の言葉に周りをキョロキョロと見ている。今だに俺に負ぶさり続ける白衣の眼鏡っ娘がオタク戦士たちにどう見えているのか。

「人が多いほうがいいじゃん。証人は多いに限る!」

 ようやく降りる気になった伊佐美が、俺から飛び降りる。そして、伊佐美は俺にスマホの画角を調整するようにジェスチャーで指示をする。離れていた時期があるとは言え、腐っても幼なじみだ。以心伝心、新宿駅の白い床が映るように俺は自撮り棒を高く上げる。

 伊佐美がその背中からリュックを降ろして、小型リニアコライダーと称したおもちゃの銃を取り出した。

『キタァーーー』

 コメントが喜んでいるが、何が来たのかさっぱり分からない。いや、一昔前のネットスラング的なものなのは分かる。伊佐美はまた俺の背中に密着するようにして画面を見ると、勝ち気に笑って宣言した。

「リニアコライダー!」

 先代の青いたぬきを彷彿とさせるイントネーションだ。まわりに居合わせた聴衆たちもなぜか拍手喝采だ。ほんとになぜだ……。

「さて諸君!」

 伊佐美は学会で発表する科学者か、新商品を紹介するCEOか。優雅に踵を鳴らしながら歩くと配信先、そして聴衆にも分かるように話しだした。

「新宿駅はダンジョンと、揶揄する人もいる。けどボクは気がついたんだ。ここ、この地下道に隠された秘密。なぜここだけ極端に電波がはいらないのか……」

『ほんと、ここヤバいよな』

 また知らぬ間に増えてる視聴者がコメントする。

「それは何故か?ここの重力値に異常があるからだ」

 まるで推理中の探偵のように、伊佐美は周りの聴衆、配信を見ている人たちに向けて語りだした。乱視が酷い伊佐美は睨むように目を細めて、また一人増えた視聴者に向けて微笑む。俺は今更にインカメラをやめて、伊佐美をメインに撮りだした。

「ブラックホールを知っているかな?あれは極端に重力が強いんだ。それは例えれば、空中にある紙の上に重りを置いたようなものだ。重りの部分が深く沈んで、周りの物を引き寄せる。だからここだけ。この地下道で唯一5Gの電波が入る」

 伊佐美が聴衆の一人を手招きする。長身でマッチ棒みたいな体型の男性をある一点に立たせる。

「うわ!マジだ……」

 俺は背の高い彼の顔が映らないようにしながら彼のスマホの画面を画角に収める。確かに電波届いている。

『キタコレ!』

 視聴者も聴衆にもざわめきが起きる。入れ代わり立ちかわり、伊佐美の示した一点に立っては驚愕と感嘆の声を上げている。

「だからここには何かある。そこでこれ!リニアコライダー。これは陽電子と電子を光の速さで……」

 陽電子と言った辺りで聴衆の顔が曇る。俺もそうだ、やっぱりさっぱり分からない。

『わけわからん』

 おれは視聴者が一人減った事実を伝えるべく、静かに伊佐美に向けて首を振った。伊佐美は深くため息を吐いて、肩を落とす。

「わかったよ……。実践しよう、やったほうが早いよね」

 頬を膨らませて拗ねる伊佐美は、身長の低さも相まって十八歳には見えない。俺たちの周りに集まる三十人ほどいる聴衆の、一部の癖に刺さるのか、薄気味悪い顔で笑っている者もいる。

『かわヨ!』

 おれはため息を吐いて、伊佐美の後ろに回った。これから伊佐美がやることを記録するために。伊佐美がリニアコライダーのトリガーを引く。何も反応がない。カチカチと音がなるのみだ。

「あ!安全装置……。忘れていた」

 伊佐美が俺を振り向いて、またテヘッと笑い舌を出す。

『伊佐美しか勝たん!』

『可愛いから許す!』

 そばかす顔の伊佐美が可愛いとは、この視聴者も眼科に行くべきではと俺が思って、配信画面に視線落とした、その時。伊佐美は安全装置を外してトリガーを引いていた。

 キーンと高周波のような音が鳴る。頭痛持ちのオレが顔をしかめながら必死に伊佐美にカメラを向ける。天井の蛍光灯が瞬き、地下道を一瞬暗闇に変え、伊佐美が持つおもちゃの銃の先端に向かって風が吹き始める。生ぬるく臭い風が吹いてきて、伊佐美の膝下丈のスカートがヒラヒラと揺れ始める。

「ほら、見……………………」

 伊佐美が何かを言っている。だが、高周波に加えてドゥーンと大きな低周波のような低い音が、俺たちの世界から音を奪う。

『うるさっ!』

『スピーカー壊れるわ!』

 聴衆も両耳をふさいでいる。俺も手が三本あればカメラを持ちながら両手が塞げるのに……。そんな事を

思っていたら、途端静寂が訪れた。

 風が止み、音が消えた。そして伊佐美が見つめる先に、紫と青のマーブル模様の小さい渦がある。そして、徐々にその面積が大きくなり始めていた。

 紫と青のマーブル模様は回転している。左回転したかと思えば、限界に達したかのように右回転し、その面積を広げていく。

「な、何だよ……コレ」

 俺は喋らないように努めてきたが、もう無理だった。俺の手は震えているが、伊佐美のお手製の自撮り棒はすこぶる優秀で、一切揺れていない。そして、配信画面の反応も概ね一緒だ。俺が映しているドヤ顔の伊佐美と、その後ろに広がるマーブル模様を受け入れる事が出来ないでいる。

『マジ?』

『リアルタイム配信でAI?CG?』

「どうだい?本当にあっただろう?」

 伊佐美が八重歯をのぞかせてニヤリと笑う。いよいよ伊佐美を飲み込みそうなほどに大きくなった渦が怖くなって、俺は伊佐美の手を引っ張った。

「ちょ?圭ちゃん!」

 抱き寄せられる様に、俺の胸元に収まった伊佐美がブツブツなにか言ってるが、俺はそれどころではない。新宿駅の白いタイルが敷かれた床まで到達した渦から、ドロドロと何か溢れてくる。渦からは弱い風が吹いてくる。何かが腐ったような匂いが辺りに広がり始めて、呆然としていた周りの人たちも鼻を押さえて散り散りに散っていく。

 オタク戦士たちの一人のリュックについていた、何かのキャラクターの小さなぬいぐるみが落ちた。

『キモっ!』

『スライム?』

 視聴者のコメントが読み上げられた。俺もそう思う。緑色の粘液は不定形の生き物のように蠢き、その粘液の先端を持ち上げ、触手のように動かしながら徐々に俺たちに迫ってくる。

「伊佐美、下がれ!」

 俺は自撮り棒から伊佐美のスマホを外すと、伊佐美にスマホを押し付ける。伊佐美は呑気に撮影を引き継ぎ、止めようとする俺の腕を押しのけんばかりに前のめりになり、粘液の蠢きを画角に収めようとしている。

「見たまえ!諸君。謎の不定形生物Xだ!」

 鼻息荒く撮影を続け、アウトカメラとインカメラを切り替えながら配信を続ける伊佐美は、もはや科学者で観測者だ。

「だからダメだって言ってんだ!」

 俺は自撮り棒を構える。ガキの頃に棒切れで逃げ出した大型犬相手に同じシチュエーションを経験した気がする。

 スライムの触手が、床に落ちたぬいぐるみに触れると、スライムが飛びかかる。飲み込まれたぬいぐるみは、ジューっと音を立てて溶け始める。

「……」

 さすがの伊佐美も絶句していた。が、その目は輝いている。天才少女は、そのスライムの内部構造にご興味があるようで、興奮した様子でスライムを指さした。

「圭ちゃん!やっつけて!あれ欲しい!」

「言われんでも、そのつもりだ!」

 俺はスライムの表面を自撮り棒で叩く。表面は意外と硬い感触だ。幸い、溶ける感じもないので鈍く動く触手を避けながら、道場のかかり稽古のように一気に間合いを詰める。

 自撮り棒を絡め取らんとスライムの触手が動いた。粘り気が絡みついて、スライムと俺の力比べだ。一心不乱、力任せに引っ張り触手がついたままの自撮り棒で、スライムを叩き続ける。

 十数発は打ち込んだだろうか……。ようやくスライムは動かなくなり、ドロドロの粘液になった。俺は粘液をツンツンと自撮り棒の先端で突く。

「死んだ?いや、生きてたのか?そもそも……」

 俺がそう呟いて額の汗を拭っていると、伊佐美はリュックから試験管を取り出していた。器用にスマホで撮影しながら採取して、容器が溶けないかを確認するように振っている。

「さすが、圭ちゃん!剣道やってるだけあるね?」

「ハァ……ハァ……。剣道じゃなくて剣術な。北辰一刀流だ。てか、お前。いつもそんなもん持ち歩いてんのか?」

 溶けない事に満足したようにフタをした試験管を、伊佐美はリュックにしまう。

「まあね、科学者としてはき・ほ・んだよ」

 またスタッカートのように言葉を切りながら、伊佐美は指を振った。あきれて物が言えない状況だが、話を進めなくてはならない。

「どうすんだよ?コレ」

 俺は脱力しながら、マーブル模様の渦を見る。冷や汗が出た。色が変わっている。紫と赤のマーブル模様になり、揺らめく小さな影が幾つも現れた。

 伊佐美はスマホを揺らめく影に向けている。その輪郭がはっきりとしてくると、伊佐美は俺の後ろに隠れるようにして、撮影を続けている。

「今度は……。なんだ?」

 揺らめく影から何かが出来た。緑の体をした小人のような群れ。とんがった耳と鼻、既視感はないが俺はそれを知っている。ゲームに出てくるザコ敵のゴブリンだ。手にバットほどの棍棒を持ち、それを引きずりながら歩いてくる。

「ギギッ」

 ゴブリンが笑った。大きく口を空けて笑うと何かが腐ったような口臭が漂ってくる。六匹の群れはその笑い声を合図に、居合わせたオタク戦士たち、通りかかった人たちに向けて襲いかかる。

『ヤバい!』

 伊佐美のスマホからコメントが読み上げられ、危険を知らせてくる。それはもちろん一番近くにいる俺がよく知っている。阿鼻叫喚。言葉でしか知らないが、これがまさにそうだろう。散り散りになったゴブリンは手近な人たちを棍棒で襲っている。ゴブリンの叫び声と逃げ惑う人々の悲鳴が混ざりあい、地獄絵図だ。

 直接的に俺に向かって襲ってくるゴブリンは、棍棒を振りかざした。手の長さで勝る俺は、一歩前に出てゴブリンの顔に向けて自撮り棒を伸ばす。ゴブリンの喉元を自撮り棒で突く。が、ゴブリンは構わず棍棒を振り降ろし、俺の左肩を打ちつける。

「大丈夫?圭ちゃん!」

「大丈夫だ、痛いだけだ!」

 痛いだけの俺と、痛くて呼吸が出来ないゴブリン。一対一の今ならやれる。ゴブリンがまともに構える前に俺は、ゴブリンの頭を強かに自撮り棒で叩いた。頭蓋にぶつかり自撮り棒の先端は砕けた。

「ギィー!!」

 痛みでゴブリンが叫んだ。アドレナリンが出て、俺の肩の痛みは和らいでいく。確かめるように自撮り棒をしっかり握り、また一撃。今度は棍棒も持つ手を狙い、先端のなくなった自撮り棒を振り下ろす。

「やっちゃえ!圭ちゃん!!」

『いいぞ!圭ちゃん!』

 後ろで動画を撮りながら、伊佐美が叫ぶ。手首を撃たれたゴブリンは棍棒を落とした。自撮り棒は折れ曲がり、半分ほどの長さになっている。が、相手がステゴロなら、元のリーチで勝る俺の自撮り棒はまだ使える。

 ゴブリンの腹に向けて自撮り棒で突くと、ゴブリンの血反吐と嘔吐物が俺の制服を汚す。吐き気がするほどの匂いと嫌悪感が襲ってくるが、今はそれどころではない。

 ゴブリンの棍棒を俺は拾い上げて構える。自撮り棒よりはしっくりくる棍棒を構えると、ゴブリンが叫ぶ。

「ギァアーーーー」

 ゴブリンは仲間を呼んだ。四方に散っていたゴブリンたちがジリジリと俺と伊佐美を取り囲む。何とか壁を背にして、俺は伊佐美をかばう。

「圭ちゃん!」

 ヤバい。伊佐美を守りながら、六体相手は無理だ。俺はほぼ無呼吸で動いた反動からくる筋肉の震えか、絶望からか、棍棒を持つ手が震える。

 周りの人たちはこれ幸いと逃げ出して、残っているのは頭から血を流して倒れている人や足をやられた怪我人たちだけだ。俺の背中にすがりつくように震える伊佐美を、あんな姿にするわけにはいかない。

「うあぁーーーー!!!」

 俺が絶望を振り払うように叫ぶとゴブリンたちの動きが一瞬止まった。そして、俺も一歩前に出て、さらなる絶望に足がすくんだ。

『手だ。デケェ!』

 伊佐美は涙ぐみながらも、スマホで記録を撮り続けている。自動で読み上げられるコメントが今さら絶望を突きつけてくる。渦の中からゴブリンよりも、大きな手が伸びてくる。肘まで出てきた腕は俺の身長を超えている。

 その手は何かないか探すようにゆらゆら揺れている。そして先ほどまで俺と対峙していたゴブリンを探り当てるとむんずと掴む。捕まったゴブリンはの抵抗虚しく、渦の中に消える。

 咀嚼するような音だけが響いている。すぐにまた手が伸びてきた。俺たちもゴブリンも動けない。さっきの一匹を捕まえた辺りに、ブンっと音を立てて振られ手は、ゴブリン四匹をまとめて掴み取り、渦の中に引きずり込んで咀嚼する。

 残されたのは最後の一匹のゴブリン。そして、俺と伊佐美だけだ。

 静寂が訪れた俺たちは、ひとことも発さなかった。ゴブリンですら、恐れるように手が届かないところへ行こうと、じりじりと移動している。

『終わった?』

 伊佐美のスマホがコメントを自動で読み上げる。伊佐美はスマホに向かって、静かにするように人さし指を立てている。冷静になれば、読み上げ機能を切ればいいだけなのだが、恐怖に頭が麻痺した俺たちにそんな余裕はなかった。

 ゴブリンを警戒しながら、揺らめく渦を警戒する。ほんの僅かな時間なのに、こんなに疲れる事は経験したことがない。稽古で二対一は経験しているが目の前の相手は化け物で、そしてもう一つは正体不明の謎の手だ。この緊張感は稽古にはなかった。

 それはゴブリンも同じだったのだろう。もしかしたら仲間を失った分だけゴブリンのほうが苛烈な状況だったのかもしれない。

「ギァアーーーー!」

 決心したようにゴブリンは俺に向かって飛びかかる。互いに手に持った棍棒で打ち合うと、硬い木がぶつかり合い、俺は肘の辺りまで痺れが走る。

「なにくそっ!」

 棍棒を落としたら死ぬ。ガキの頃、師範によくそう言われていた。あの頃の比ではない痺れが、痛みが腕に走る。だが、

「圭ちゃん!」

『負けんなっ!圭ちゃん』

 視界の隅で伊佐美が顔を真っ赤にして、泣きそうになりながら俺を応援している。いつかの大型犬を撃退した時を思い出し、人が感傷に浸りかけているのに、伊佐美はしっかりスマホで俺とゴブリンの戦闘を記録している。配信ソフトが読み上げるコメントに、何故かスッと肩から力が抜けて楽になる。

 馬鹿馬鹿しい。こっちは命のやり取りをしているのに、画面の向こうで気軽にコメントしてる奴がいる。俺は鼻からふんっと息を吐くと頭の中が軽くなった。

「ギィー!」

 ゴブリンが力任せに棍棒を振り下ろす。俺が膝を抜いて半歩下がると、ゴブリンの一撃は点字ブロックに当たって大きく弾む。

(ここぞで力を入れるには、常に力みすぎなんだよ。お前は)

 師範も言ってたなと思い出して、俺は命のやり取りをしているのに笑顔になっていた。俺は逆袈裟でゴブリンの顔を下から、打ちつける。

『よし!』

「圭ちゃん、やっちゃえー!」

 伊佐美はすぐ後ろにいるのに、応援の声が少し遠くから聞こえる気がする。ゴブリンは歯を食いしばり、たぶん必死の形相だ。俺は初撃ほどの痛みは感じていない。

「後で師範に、このアーカイブ見せてやる」

 俺たちは再び、正面から打ち合った。俺は右手を添えるように脱力して、一撃の衝撃をいなした。ゴブリンはついに打ち合う痛みに、片手を離した。その瞬間、死合は決していた。間髪なく振り下ろした、俺の一撃はゴブリンの頭蓋を割る。目から、鼻から血を流してゴブリンが倒れる。

「ハァ……ハァ……」

 棍棒から手を離すと、ガンっとタイルにぶつかって大きな音が響く。

「どんな木が材料なんだよ……」

 俺は大の字で小汚い新宿駅の地下道に寝転がる。

「あぁ、もうどうでいい!疲れた……」

 伊佐美が恐る恐る近づいてくる。動画を撮りながら、枕などないが、俺の枕元に立つ。伊佐美のスカートがヒラヒラしている。深淵のようなスパッツが見えて、俺はため息を吐いて目を瞑った。

「圭ちゃん!」

 伊佐美が声を張り上げたので俺は飛び起きる。渦からは何も出て来てはいない。揺らめいているだけで、渦は回転していない。

「何だよ……。ビビらせるなよ」

 俺が伊佐美を振り返るとキラキラした瞳で、ゴブリンの死体を見つめている。こいつはこんなに性格悪かったか?と疑問を抱きながら、俺もその視線に追従した。

 ゴブリンの死体が金色に輝き、光の粉になって消えた……。緑色のキラキラした石だけを残して……。

「だから!違うんですって!」

 俺はつい、大声を上げてしまった。

 新宿駅構内で起きた傷害事件の参考人として、新宿駅構内の個室に軟禁された俺と伊佐美は、鉄道警察隊の男性巡査部長の芹澤さんに、取り調べか尋問かを受けていた。

 部屋の中央にある銀色のデスクに置かれた警察無線からは、事件現場の封鎖や怪我人の搬送先など、情報が入り乱れている。

 見た目壮年であるのにもかかわらず、白髪の混ざった前髪を芹澤巡査部長がボリボリとかくと、白いフケがダークブルーのジャケットの肩に落ちて、やたらと目立っている。

「いや、しかしだな……」

 そう呟いて、芹澤巡査部長は自身のスマホで、YouTubeにある伊佐美のアカウント。『おしえて天才少女イサミちゃん』にアクセスし、俺たちの配信をアーカイブ視聴し始めたところだ。

 俺が気が気でない想いで芹澤巡査部長とやり合っているのに、俺の隣の伊佐美はゴブリンが落とした小指の爪ほどの緑色の石を眺めたり、匂いを嗅いだりしている。

「おい、伊佐美。何やってんだよ?」

 俺が声をかけると、伊佐美はニヤける頬を右手で押さえて、自慢げに石を俺に見せてくる。

「この石なんだろうね。早く調べたい……。あ!」

 そう言って伊佐美はリュックから古めかしい機械を取り出す。白いグラフの背景に秒針のような赤い針がついた機械のスイッチをいれると、カチッと音がなるだけで機械に反応はない。音が鳴るだけの機械を、近くの椅子に座る婦警や駅員が何事かと凝視している。

「おい!うるさいぞ?」

 芹澤巡査部長が睨みを利かせる。伊佐美はペロッと舌を出すとその機械をリュックにしまった。

「今のなんだ?」

 みんなの疑問を俺が口にする。伊佐美はよく聞いてくれたと、顔をほころばせてまた機械を取り出した。これは話が長くなるかもしれない……。

「これはね?ガイガーカウンター!端的に言うと放射能汚染を調べるの〜」

 放射能の言う言葉に、俺たちは過剰に反応した。調書を取っている婦警さんは驚いた拍子に膝がデスクに当たり、声も無く悶絶している。

「大丈夫だよ〜。針動いてないってことは汚染されてないって事だから!」

 俺たちは安堵のため息を吐き、視線を落とした。芹澤巡査部長は俺がスライムを叩き出した辺りを真剣に視聴している。

 無理もないだろう。芹澤巡査部長が来た時にはゴブリンの死体はなく、例の渦もキレイさっぱり、無くなっていた。俺の周りには、血まみれの人々と血まみれの棍棒が転がっているのだから、参考人で済んでいる今の状況は、この芹澤巡査部長が理性的に処理してくれているからだろう。

「あ……。再生数、十万超えてる」

 伊佐美が芹澤巡査部長のスマホを見て、呟いた。たかだか一時間しか経っていないだろうに……。配信を見ていたのは五人いたかどうかだというのに……。

「何だこりゃ……」

 芹澤巡査部長が驚愕し、小窓で見ていたアーカイブ再生を全画面で見始めた。例のマーブル模様の渦から出てきたゴブリンたちが人を襲うところが映し出されている。

「ああ!もう!」

  芹澤巡査部長が声を荒げ立ち上がる。頭を両手で掻きむしるとフケは舞うわ、毛は抜けるわで非常に不快だ。伊佐美も俺と同じ感想を抱いたのか、座っていたパイプ椅子を少し引いて、部屋の中央にあるフケまみれのデスクから距離を取る。

「分かって……もらえました?」

「ああ、わかったよ。わかったよ!……なんて報告書書いたら俺は家に帰れるんだ?夜勤明けに痴漢捕まえて、報告書書いたら、今度はこれだ!あと二時間で俺は丸一日ここにいることになるんだぞ……」

 それはお気の毒だ。だからそんなに頭がかゆいのかと俺たちが憐れみの視線を送ると、芹澤巡査部長は襟を正し着席する。

「悪かったよ……。お前らが悪くないのは分かったけど、こんな、ふざけた状況なんて説明すんだよ……」

 芹澤巡査部長はデスクによれよれと倒れ込むと恨めしそうに俺たちを見る。うちの天才少女が、本当に申し訳ない。

「今度からは、ここに来て俺がいないのをチェックしてからにしてくれ……」

「まあまあ、世紀の大発見に立ち会えるんだから悪いもんじゃないよ?」

 伊佐美はまたヘタクソなウインクをして、その手に持つ緑色の小石を俺たちに見せる。石自体が光り輝いてみせるエメラルドのよう輝きに、婦警さんの目の色が変わる。

「キレイ……」

 伊佐美は婦警さんの感嘆の声を否定するように指を振る。ムッとした顔をする婦警さんを、気にすることなく伊佐美は話し始める。

「おほん!宝石の色って何でついてるか知ってるかい?」

「伊佐美。端的に……」

 俺が睨みを利かせると、伊佐美は口を尖らせて、ムーっと無言の抗議をしてくるが、ここは学会でもなんでもないのだ、俺のほうが正しい。

「ふん!宝石は放射能で色を付けてるのが多いの!でも、この石は放射能反応ないの!」

「どういう事だよ?」

 やってしまった。つい質問してしまった。伊佐美の口角が徐々に上がる。俺は芹澤巡査部長に申し訳なくて俯いた。

「だからねぇ~」

 ねっとりと囁くように話す伊佐美はご機嫌だでかつ危険だ。椅子から立ち上がると歩き廻り始めて独演会を開始した。

「普通地球にあるものは大なり小なり放射能……。放射線を浴びてるんだ」

 欠伸をする芹澤巡査部長がウンウンと頷いている。もしかしたら子守唄が何かに聞こえているのかもしれない。

「でもボクはさっき言ったよね?ガイガーカウンターの針が動かなかったって……」

 確かにそんな事を言っていた。俺と婦警さんは視線を交わすと記憶を反芻し、確信して頷きあった。

「じゃあなんでこの石は、ほんのりと自分で光っているんだろうね?放射線も浴びてないのに……」

 百物語でも話しているのかというテンションの伊佐美は勝手に部屋の電気を消した。すると小石から緑の光があふれて、わずかに伊佐美を照らしている。下から緑の光に照らされて自慢げに笑う伊佐美の顔は……まあまあホラーに見える。昔は可愛かった気がするのに……。

 伊佐美は部屋の電気を再びつける。そして、石ころを握ると、煌々と照らす蛍光灯を指さして叫んだ。

「そもそも光とは、エネルギーの放出だ!こうやってエネルギーが供給され、蛍光灯はエネルギーを光に変換するんだ」

「エネルギー源はなんだよ?石だろ」

 伊佐美が俺をビシッと指さした。フルフルと震えるその指は、如何に伊佐美が興奮しているのかを俺に教えてくれる。

「……そう!いい質問だねぇ〜。この石は自らのエネルギーを放出し、発光しているんだ!!」

 伊佐美が叫ぶように締めくくる。ここはなんだってぇ〜!と叫ぶところなのだろうか?芹澤さんに婦警さん、駅員さんも理解が追いつかないようだし、伊佐美の言うことがわからないのが、俺一人だけではないと言う事実。それがこんなに安心感を得られるものなのか……。新鮮だ。

 俺たちのリアクションが薄いので、伊佐美は肩を落として諦めたようにトボトボと歩き、またパイプ椅子に伊佐美が座ると少しだけ、ギィと椅子が軋む。

「で、世紀の発見だっけ?」

「そうだよ……」

 口を尖らせて拗ねる伊佐美に婦警さんが優しく微笑んでいる。あまり甘やかしてほしくないのだが、初対面の人に伊佐美の面倒くささは分かるまい。

「ごめんね?伊佐美ちゃん。理系じゃなかったから……」

「いや、いいんだよ婦警さん。いつの時代も天才の発想、世紀の大発見は否定されるんだ」

 伊佐美も先ほどの芹澤さんと同じようにデスクに突っ伏して、光る石をコロコロと転がしている。そう、こうやって拗ねているくらいの方が可愛げあると言うものだと俺が思っていると、伊佐美の目に光が宿る。

「婦警さん!電気消して!」

 伊佐美が叫んだ。俺も婦警さんも意味が分からず、キョトンとした顔で伊佐美を見ていた。

「え?」

「いいから!消して!」

 伊佐美の剣幕に驚いた婦警さんが、慌てて部屋の電気を消す。また暗闇に包まれた部屋で、伊佐美の手にある色ころの緑色だけが光源だ。

「一体なんだってんだよ?」

 眠くてこらえ性がなくなったのか芹澤さんが直ぐ様、伊佐美の真意を探る。その顔が疲れ切っていてなんとも申し訳ないのだが……。ん?待て。なんで芹沢さんの顔がよく見えるんだ?

「見てご覧!」

 伊佐美が俺の肩を叩く。伊佐美が石を転がすと石ころの緑の光が強くなる。やめると、また暗くなり、伊佐美が激しく転がすと、ゲーミングルームを彷彿とさせるくらいの緑の光が溢れる。

「この石は回転でエネルギーをより激しく、放出するんだ!」

「だからなんだよ?」

 芹澤さんが立ち上がり、眠気を振り払うように背伸びをしたのに、欠伸をしながら電気をつける。明るくなった部屋で伊佐美は、石ころを見つめてハァハァと肩で息をしている。変態だ。

「わかんない?わかんないの?これはエネルギー源なんだよ!これがいっぱい有ったら世界を変えるクリーンエネルギーになるんだって!」

 みんなキョトンとしている。俺にだってクリーンエネルギーの重要性は分かる。俺たちは伊佐美の話が理解出来てなお、キョトンとしていた。

「世紀の大発見じゃないか……」

 俺がそう呟くと、伊佐美は満面の笑顔を見せた。

 俺が呆然としていると、いつの間にか両親がリビングにやってきていた。微動だにしない俺の目の前で、母親は手を動かして俺の意識があるかを確認しているようだ。

「圭介……?大丈夫?」

「え?ああ、大丈夫だけど、大丈夫じゃない……」

「若年性アルツハイマーか?」

 カウンターキッチンの傍らのコーヒーマシンで淹れたアメリカンコーヒーを持って歩く父親が、呆れたように俺を小馬鹿にしていたが、テレビを見て父親も呆然として立ち尽くした。

「は?」

 そうだろう、そうだろう。なんせワイドショー的なニュース番組のパネルに、目元が隠されてるとは言え、息子の写真が貼ってあるのだ。絶句するしかないだろう。さあ、やけどしないように早くテーブルに座ってくれ。

「また〜、パパまでどうし……て。……圭介?あんたなの」

 俺は無言で頷いた。本当にすいません。母親までもが絶句して立ち尽くした。俺はダイニングテーブルの椅子を二脚座りやすいように引いて、二人を座らせる。二人は、ヨロヨロと椅子に腰掛けると両手で頭を抱えている。

「話すと長くなるんだけど……」

 そうして俺は昨日の顛末を、ありのままに両親に伝える。言葉だけでは伝わらない事は、伊佐美の動画が助けてくれた。

 説明を聞きながら熱々のコーヒーを飲んでいた父親だったが、話を聞いているうちに冷たくなってしまったコーヒーを一気を飲み込むと天を仰ぐ。

「怪我は大丈夫なのか?」

 ゴブリンにやられた一撃のことを言っているのだろう。今朝も素振りで木刀を握ったが痛みはなかった。世界に向けてやらかしてしまった息子に

の身をまず案じるとは、できた親だ。だからこそ、疫病神のような伊佐美と幼馴染なんて特殊な関係を築けているわけだ。

「大丈夫」

 俺がそう言うと二人がため息を吐き、大きく肩を落とした。安堵なのか困り果てているのか、顔が見えない俺からは想像しか出来ない。俺が話しかけようとした時、俺のスマホが震える。

 伊佐美からと思い、俺はノールックで出る。

「はい?」

「はいじゃねぇよ?親からどういう教育うけてんだ?」

 新宿駅の鉄道警察隊巡査部長、芹澤さんだ。調書を取るときに電話番号を書かされたことを思い出して、俺は慌てて訂正する。

「すいません。伊佐美のやつかと思いまして……」

「あぁ、そうか。あいつ相手なら仕方ないな。これからは相手を確認しろよ?誰が電話してくるか分からんからな……」

 何かに急かされているようにまくし立てて話す芹澤さんは、誰かと話しているのかくぐもった声が聞こてくるが、話している内容まではわからない。

「あの……。誰かいるんですか?」

「ん?ああ。お前はニュースを見るか?」

「今朝は見てましたよ。世界の終わりかと思いました。」

「はははっ。世界の終わりたぁ、なかなか詩的な表現じゃねえか。悪いけど、終わりまではもう少しかかるぞ?政府筋の話……。見たか?」

 両親も会話が気になるようで、耳をそばだて身体を寄せてくる。仲が悪い訳では無いが、今さら両親と抱き合いたくもない俺は、芹澤さんの質問に答える前に、要望を伝えることにした。

「あ〜、すいません。両親もいまして……。スピーカーにしていいです?」

「ああ、すまない。そうか、学生ならこの時間両親といても不思議じゃないな。鉄道警察隊巡査部長だった芹澤です。先日は息子さんにお世話になりました。」

 俺がスピーカーにしたタイミングで芹澤さんが両親に挨拶をする。だったと言う言葉に違和感を覚えた俺が何を言うか考えていると父親がスマホを向けて話しかける。

「こちらこそ、愚息がお世話になりました」

 お世話をしたのは間違いなく芹澤さんの方なのだが、誤解を生まないように言葉を選ぶあたりはさすが、公僕という感じがする。海千山千の芹澤さんに対し、両親も共働きの商社勤めだ。その辺りの対応はうまいものだ。

「いえいえ。とんでもない……で?ニュースは見たか?」

「ええ、官房長官が言ってやつですか?」

 確か、なんかの対策室とか言っていた気がするが、正直よく覚えていない。聞いていたはずなのに頭が情報をシャットアウトしたのか、詳細を覚えていない。

「緊急対策室な?官邸主導で内閣府国立研究開発法人産業技術総合研究所と民間の有識者で発足するってやつな」

「え?」

 芹澤さんが、魔法のような言葉を言っている。両親が顔を見合わせている。その研究所を知っているのだろうか?

 よく噛まないで言えたものだと感心するくらい長い名前の研究所と有識者で、何かをすると言うのが、凡人の俺が理解できた唯一の情報だ。

「へぇ~、すごいですね」

 芹澤さんのため息が聞こえる。両親は何かを感じているのか。顔を青くして祈るように手を合わせている。

「お前、何、他人事みたいな事、言ってんだ?昨日の件についての有識者なんて、俺とお前と天才少女しかいねぇだろ?」

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YOU-HI

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