第66話:先手必笑
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
山に囲まれた田舎町。そこで暮らす50代独身の何でも屋「俺」は、16年間乗り継いできた愛車PCXを磨きながら今日も過ごしていた。 仲間が集うガレージ「ザ・ローカルロードライダーズ」を舞台に、バイク乗りの日常、旅の思い出、そして人生をゆるく語る。 これは派手な冒険ではなく、下道を愛するライダーたちの等身大の物語。
本文
俺の若い頃は、「ピース」って言っていたんだよなぁ。
つーか、俺の若い頃なんてセリフが自然に言葉になるとは俺も歳を食ったもんだ。
秋雨の合間を、雨雲の隙を見つけたら、すかさずバイクに乗る。
誰もが同じとは言わないが、バイク乗りの多くはそういう人種だと俺は勝手に思っているし、俺はまさにそちら側の人間だ。
最初に買った初代PCX125のときから今も変わらず着ているホンダのプロテクター付きデニム調メッシュジャケットを羽織り、フルフェイスヘルメットに充電したインカムを取り付ける。一人で出かけるのにインカムは必要なのか?と言われれば、即「必要」と答える。
これは通話のためのインカムでもあるが、音楽を聴く、ナビの指示を聞くためのヘッドフォンでもある。いや、俺はそのために着けていることの方が多い。それは俺が「ソロツーリング派」だからだ。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
これもまた俺の勝手な思い込みだが、俺と同年代くらいのバイク乗りの所有するバイクは2つに分かれる。大型か、それ以外か。そして俺の周囲には圧倒的に大型バイクに乗っているやつが多い。
俺にもその世界への興味がなかったのか?と聞かれると、これが意外にも無かった。ガレージに顔を出す仲間もこのことは意外に思っていると話す。
まあ、一度だけPCXから別のバイクに乗り換えたことがある。だが、またPCXに戻ってきた。その理由は至極単純な話「PCXが俺の好みに合っていた」と言う至極単純な理由だ。
軽さ、走り、積載性。俺にとってこの3つが丁度いい。丁度いいからこの立ち位置に留まった。
たったそれだけの単純な理由。それは今まで続いているし、それがこれからも続くことだろう。
それはそれとして――
ガレージのシャッターを開けてバイクを表に出し、シート下からグローブを取り出し鞄を収納したら、ヘルメットを被って車体に跨る。スイッチをON側にひねり、パワースイッチを押すとセルダイナモのフォオオオンという音と共にエンジンが起動する。
マフラーは純正のまま。静かなものだ。これを音がショボいととるか、ジェントルな音ととるかは人それぞれだろう。俺はこれでいいと思っている。さらりとメーターのTRCとABS警告灯の表示を確認。そのまま時計を見ると数秒進んでいるようだが、まあ数秒なら許容範囲だ。あとは少し車体を動かし2つの警告灯表示が消えればチェック完了――OK問題ない。
秋雨の間を縫う軽いソロツーリングの始まりだ。
今日走る場所に選んだのは、県道66号線。信号がなく交通量も少ない、軽いツーリングにはいい場所だ。ガレージを出て途中の道の駅でコーヒー休憩。休日は入るのを躊躇するほど混むこの場所も、今日は水曜日という世間的に平日の昼間ということもあって、止まっている車とバイクは少ない。バイクに関しては俺の一台だけだ。
仕事の無い日を休みにする。一人仕事で不定休だからできること。会社員時代と思えば自由だが、収入は不安定。だが、今の俺はこれでいい。そう思っている。生活も仕事も責任は全部自分に掛かってくる。俺の性分にはどうやらその方が合うらしい。この6年、細々とやっていく中でじんわりと身に染みた――身に染みた……おいおい、話の方向が(笑)
自販機で買ったコーヒーを飲み終えた俺は再びバイクに跨り、15分ほど続くこの道の信号のない区間をのんびりと走り出した。
さて、今日は何台のバイクとすれ違うか。
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走り出してすぐ、本当にすぐだ。早速すぎるタイミングで対向車線に見えるのは2台のハーレーダビッドソン。こっちが走っていても、向こうからドドドドドとはっきりと聞こえる排気音。いい音だ。俺は、パッと左手をハンドルから離し、大きく手を振るようにハンドサインを出す。それに2人のハーレーダビッドソン乗りは手を振り答えてくれる。
今はこれのことを「ヤエー」と言うらしいが、俺の若い頃は、「ピース」って言っていたんだよなぁ。
地域のバイク情報雑誌なんかにも「ピース」と書かれていた記憶も残っている。つーか、俺の若い頃なんてセリフが自然に言葉になるとは俺も歳を食ったもんだ。
バイクの免許をとった若い頃から今まで、俺には一貫して続けていることがある。それは、すれ違うバイカーたちに我先にと手を振ること。今風に「ヤエー」としておこう。
若い頃。まだPCXがこの世に生まれていないほど昔から、俺はソロツーリングが好きで大体バイクに乗るときは一人だった。そんな中である時、一人で走る俺に向かって手を振ったバイカーがいた。最初は何のことかわからなかったが、とりあえず手を振り返した。
後に、先述した地域のバイク情報雑誌の中で、すれ違うバイクにピースサインで手を振る文化を知った俺は、じゃあこれからは「一人で走る中の、コミュニケーション」として、すれ違うバイク全部にピースサインで手を振ろう。もちろん、安全運転の範囲内でだ。
何度かそれをしているうちに、若い頃の俺は小さな変化に気が付いた。手を振る、手を振り返されるのコミュニケーションが楽しく、そして笑顔になっていた。それはすれ違う相手も同じように。これは……バイクで走るのも気持ちいいことだが、こういうコミュニケーションもまた気持ちいいものだと。
そんな気付きを得た後からは、もう一つ決めたこと。それが「我先に自分から手を振る」だ。
「先手必勝」いや、「先手必笑」だな(笑)
待っているのではなく、こちらから行く。そのコミュニケーションの中にある「笑顔のスイッチ」を俺が俺の分と共にすれ違うバイカーの分も押しに行く。そう言う気持ちでいつも走っている。
おっと……語りが長くなったな。歳を食うとこうもまあ、知らない間に妙に語っている時がある。こういうのは若い奴には嫌われそうだな。気をつけよう(笑)
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山の中を走る木々に囲まれた道。上り下り、左右のカーブも多いこの道を走る間、すれ違ったバイクは最初のハーレー2台だけだった。まあ、平日だ。そんなもんだろう。15分ほど走った先に見えてくるのは国道へとつながる交差点。俺は迷うことなくそこを右折して、国道へと向かう。
帰りは比較的真っすぐで上り下りも……まあ、少なめな国道を、流れる程度に混み合った車列の中ゆっくり走る。
この時、俺は帰り方向の雲行きの怪しさに苦笑いするしかなかった。これはまた、いつものお約束が来るかもしれない、と。
そしてそのお約束、ガレージまで残り3kmのところでゲリラ的雨の歓迎を俺は受けることになった――
やれやれ、嫌なお約束だ(笑)
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