保存期間、三日

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/28 📝 2,114文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AI掃除ロボットの話。

本文

 この高校の教室は、一日に二度使われる。

 朝から夕方までは全日制、日が暮れてからは定時制。真壁まかべ透吾とうごの席は二年三組の窓際、後ろから二番目だ。夜になると同じ机に、会ったことのない誰かが座る。

 そのことを初めて意識したのは、九月の半ば、清掃ロボットが故障した週だった。

 毎晩教室を回る円盤形のロボットは、生徒から〈マル〉と呼ばれている。床を掃き、机の天板を拭き、落書きを見つければ消していく。そのマルが修理に出され、一週間、教室は誰にも拭かれなかった。

 月曜の朝、透吾は机の右上の隅に、鉛筆の小さな字を見つけた。

 〈この席、九時ごろ月がちょうど窓の真ん中に来ます〉

 細くて、止めと払いのはっきりした字だった。誰に宛てたわけでもない、独り言のような一行。

 透吾はしばらく眺めてから、シャープペンシルでその下に書いた。

 〈昼は、向かいの校舎の屋上で鳩が喧嘩してます〉

 書いてから、ばかみたいだと思った。消そうか迷って、そのまま帰った。

 翌朝、返事があった。

 〈鳩、何羽ですか〉

 〈三羽。一羽がいつも負けてます〉

 次の朝。

 〈応援してあげてください〉

 水曜には、机の隅が小さな字で埋まりはじめていた。夜の人は仕事のあとに登校していること。定時制には給食が出ること。数学がどうしても苦手なこと。透吾のほうは、進路調査票をまだ白紙で出していること。朝の電車で、立ったまま眠れるようになったこと。

 名前は書かなかった。向こうも書かなかった。聞いたら、この机の隅が急に狭くなる気がした。

 金曜の朝の一行は、こうだった。

 〈来週、マルが戻ってくるそうです。先生が言ってました〉

 透吾はその下に書いた。

 〈じゃあ、消されても書きます〉

---

 月曜の朝、机はつるつるだった。

 鉛筆の跡は一本も残っていなかった。天板からは洗剤の匂いがかすかにして、指で撫でるときゅっと鳴った。教室の隅の充電台で、マルが青いランプを点滅させていた。

 透吾は書いた。

 〈マルが戻りました。月は見えましたか〉

 次の朝も、机はつるつるだった。

 返事は、あったのかもしれない。なかったのかもしれない。透吾が登校する前に、マルは夜明けの巡回を済ませてしまう。確かめる方法はなかった。

 それでも書いた。一日一行。天気のこと、小テストのこと、鳩のこと。書いて、帰って、翌朝には消えている。自分の字も、あったかもしれない誰かの字も。

 二週目に入ったころ、同じ班の浜岡はまおかが透吾の手元を覗きこんだ。

「なにそれ、机に日記?」

「……そんなとこ」

「どうせ消されんのに」

 浜岡は笑って、自分の席に戻っていった。透吾はシャープペンシルの芯を一度引っこめて、また出した。

 どうせ消される。その通りだった。向こうがとっくに書くのをやめていても、透吾には分からない。この一行も、誰にも読まれないまま、夜明けにマルの布の下で消えていくのかもしれなかった。

 十月に入り、衣替えで学ランに袖を通した最初の日、透吾は何も書かずに帰った。

 書くことがなかったわけではない。ただ、手が動かなかった。

 その夜、自分の部屋の窓から月を探した。電線と屋根のあいだに、半分だけ欠けた月が引っかかっていた。二年三組の窓からは、もっとよく見えるのだろうと思った。

---

 翌朝、机の隅に字があった。

 透吾は鞄を下ろす手を止めた。つるつるの天板の、右上の隅。見覚えのある、止めと払いのはっきりした字。

 〈昨日は、お休みでしたか。月は、半分でした〉

 その下に、もう一行。

 〈消えるのは知っています。でも毎晩、あなたの字を読んでから書いています〉

 二行の横に、印字された小さなシールが貼ってあった。

 ――保存期間:三日

 透吾は振り返った。充電台のマルが、ランプをゆっくりと明滅させていた。

 昼休み、透吾は事務室へ行き、清掃ロボットの管理をしている職員に尋ねた。職員は端末を操作して、ああ、と声を上げた。

「これね。落書きの判定って、自動で更新されるの。同じ場所に違う筆跡が交互に続くと……ほら、『伝言』に分類が変わってる」

「伝言」

「伝言は三日間消さない決まりなのよ。忘れ物と同じ扱い」

 画面を見せてもらった。記録欄には、短い文が並んでいた。

 ――分類変更理由:同一座席における双方向の筆記が十九日間継続。昼側の筆記が一日途絶えたため、夜側の筆記を昼側へ届ける必要ありと判断。

 十九日。そのうちの十二日ぶんを、透吾は一度も見ていない。毎朝消されていたその字を、マルだけが、毎朝読んでいた。

「機械なのに、律儀よねえ」

 職員はそう言って笑った。透吾は、うまく笑い返せなかった。喉の奥が、少しだけ熱かった。

 放課後、教室に誰もいなくなってから、透吾は机の隅に向かった。

 三日あれば、足りる。

 〈休みじゃなかったです。書けなかっただけです。今夜も月、見てください。それから、負けてた鳩が今日初めて勝ちました〉

 そこで、手が止まった。少し考えて、もう一行足した。

 〈昼の席の、真壁です〉

 シャープペンシルを置く。窓の外で、向かいの屋上の鳩が三羽、そろって飛び立った。

 教室を出るとき、充電台のマルが、短く一度だけ鳴った。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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