第19.2話 ぶちぎれ
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あらすじ
ゴーレムの正しい作り方 〜俺のゴーレム、絶対おかしいと言われるんですが、なにか?〜 - 第19.2話 ぶちぎれ
本文
『マスター、我慢してください!感情に任せて行動すれば即座に死亡します。喧嘩を売る相手の戦力差を考慮してください。ここで終わってしまいます!」
アカシャの必死の制止が頭に響く。
わかっているよ。アカシャ。わかっているさ。
ここでこいつに掴みかかったところで、一瞬で消されて終わりだ。
俺も前世で50年生きてきた人間だ。理不尽な事もいくつも経験してる。
スルーすればいい。簡単な事だ。
「……で。私に何の用ですか?」
俺は限界まで感情を押し殺し、冷徹極まりない声で問いかけた。
「そうそう、忘れるところだったわ! お前も今から我が腹の中に喰ろうと思ってな! そして、異世界からの転生者とやらが持つと言われる、異能の力を我が物とするのだ!」
グリフォンの巨体から、一気に周囲の木々が枯れ果ててしまうのではないかと思うほどの、濃密な殺意が溢れ出てきた。
圧倒的な死の恐怖が再び俺を襲う。
しかし、先ほど聞いた話への激しい怒りが、その恐怖を完全に相殺していた。
頭は信じられないほど冷たく、冷静になっていた。
「……あなたは、知恵も力も、そして独特な慈悲もお持ちのようだ。そして、色々な『楽しみ方』を知っている方とお見受けする」
「ん? なんだ突然。命乞いか?人間は命乞いが好きだからな」
下卑た笑いを恥ずかしげもなく披露して、見下すグリフォン。
「いえ。ゲームの提案です」
「ゲームだと?」
「一週間、時間をください。もし一週間後、私があなたを倒せなかったら、私の負け。あなたが私を喰らえばいい。ですが、もし私があなたを倒せたら……この森から立ち去っていただく」
「我が人間ごときに倒されるだと!? クハハハハ!」
「はい。どうせ、あなたほどの圧倒的強者なら、この森での生活は暇で退屈しているんでしょう?」
グリフォンがピタリと笑いを止め、目を細めた。
「あなたからしたらこの提案、退屈しのぎになると、思いませんか?それともまたつまらない生活を繰り返しますか?」
『マスター! 挑発が過ぎます! これ以上の刺激は危険です!』
アカシャの警告を押し切り、俺は続けた。
「圧倒的な強者であるあなたは、もっとその力を振るいたい、蹂躙したい、極上の絶望を味わいたい。そう思っているのではないですか?」
例えば、ただの野性の動物なら、弱肉強食の世界において絶対的な強者であっても、獲物をいたぶることに精神的な「悦び」は感じない。
ただ生きるために食うだけだ。
しかし、それを娯楽として感じるのは、人間のように自分の欲望を満たす『知恵』があるからだ。
こいつのその肥大化した欲望のツボを突けば、気まぐれな獣でない限り、こちらの要求を飲むはず。
転生者の極上の力を、より最高の形で手に入れたいと思うはずだ。
「……」
「私は転生者です。一週間もあれば、あなたを驚かせるような新たな力を手に入れてみせますよ」
「ほう……。一週間あれば、更なる力が手に入ると?」
グリフォンは嘴を撫でながら、品定めするように俺を見つめ、思案し始めた。
今この瞬間でも、前足の一振りで肉塊に変えられる羽虫のような存在だ。
そんな羽虫が、自分を倒せるかもしれない力を蓄えるという。
その極限まで高まったスキルを手にした状態で喰らえば、どれほど強力な能力が手に入るか――
おそらく、そんな強者の慢心と強欲が入り混じった算段を立てているのだろう。
「……怖いんですか? 自分を倒す力を手に入れるかもしれない転生者が。」
『マスター!!』
アカシャの制止を無視して、俺は定番、だけど効果テキメンの煽り文句を投げつけた。
「……ふん、まさか。貴様ごとき羽虫を恐れる理由など万に一つもないわ。お前の言った虚言が、どれほどの娯楽になるか考えていただけだ」
グリフォンは意外にも冷静に鼻で笑った。
「いいだろう。どちらにせよ、貴様は我が胃袋の中に収まる運命だ。それがわずか一週間伸びるだけの話。せいぜい抗ってみせよ、人間」
卑しい笑みを浮かべ、グリフォンは俺に興味を失ったように大きな背中を向けた。
「では、一週間後のこの時間にまた来るぞ」
『やりましたね、マスター!一時はどうなるかと思いましたが、これで対策の時間が稼げます。』
『…ああ』
そう言って、巨体を揺らして飛び立とうとした瞬間、グリフォンがほんの少し体勢を崩した。
「ぬ? なんだ、この妙に柔らかい土は……?」
見ると、グリフォンの巨大な後ろ足の下には、俺とアカシャが丹精込めて作り上げ、青々とした芽を大きく成長させていた、あのスタレーニの畑があった。
バキバキ、と音を立てて、明日収穫するはずだった瑞々しい葉が、巨大な鉤爪によって容赦なく踏み潰されていく。
「ちっ、くだらん」
グリフォンは忌々しそうに吐き捨てると、わざわざその足で畑をバンバンと激しく踏み固め、さらに追い打ちをかけるように、口からドロリとした汚い唾液のようなものを畑に向かって吐き散らしたのだ。
そして、満足したように羽ばたこうとした、その時だった。
「……だ」
「? 何か言ったか、人間」
グリフォンが、鬱陶しそうに首だけをこちらへ振り返る。
「……やめだ。一週間なんて、やめだ!! 今すぐお前をここでブチのめしてやる!!」
絶叫していた。
ずっと我慢していたんだ。
ただ理不尽に、弄ばれて食べられた、見知らぬ女の子。
痛かったろうに、それでも最後まで家族を想い続けた女の子。
その勇気と優しさに応えて、仇を討ってやりたいと。
だけど、圧倒的に相手が悪すぎる。今戦っても勝ち目は薄い。
だから、心の中で「ごめんな」と何度も謝りながら、プライドも怒りも全て押し殺して、必死に耐えて交渉したんだ。
だが。
俺とアカシャが、あの孤独だった暗闇から這い上がって、初めて二人で大切に育ててきたスタレーニの畑を。
あいつは、それすらただの嫌がらせのためだけに、踏みつけ、唾まで吐きやがった。
たかが畑かもしれない。でも俺にとっては大事なものなのだ。
俺のささやかな異世界での希望を、大切な思い出を、これ以上ないほど侮辱された。
前世でも我慢してきた事は多いが、この世界でそれを続けるのは、もう限界だ!
「おい! 長生きしすぎで頭がボケて、女の子から礼儀も行儀も勇気も優しさも学べなかったのか?」
みるみるうちに、グリフォンの顔が限界突破した怒りによって醜く歪んでいく。
「お前の小指程の脳じゃ、当たり前か。人の子よりも劣る、弱いものをいびる事しかできない哀れな老害鳥! 」
黄金の瞳が、本物の殺意で赤く染まった。
「貴様ぁぁぁ!! 死んだぞ人間!!生きたままハラワタを食い散らかしてやる!!」
「それはテメェだ!!あの世で女の子とその家族に土下座して詫びろ!!死体はその汚ねぇ足共々、粉々にして畑の肥料にしてやる!!」
グリフォンの巨体が、完全にこちらへと向き直る。
『……現時点での勝機は限りなくゼロに近い相手。それを、ただスタレーニの畑を踏み荒らされたというだけの理由で、生存確率の最も低い選択肢を選ぶとは』
脳内に響くアカシャの声は、どこか諦めたような、それでいて呆れるほどに澄んでいた。
『マスター……あなたの今回の行動は、戦術的にも論理的にも『0点』です』
一拍の静寂の後、アカシャの言葉が力強く続いた。
『――ですが。その意地と心意気だけは、文句なしの『100点』です。あのクソ鳥には私も思う所があります。全力でサポートします。』
「応よッ!!」
今、大岩を舞台に、圧倒的な怒りと絶望が交錯する生存を掛けた戦いが、幕を開けた。
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