第八十三話 圧力
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。名門エリートた
本文
パツンッ!!
大気を引き裂く乾いた破裂音が、大空洞に響き渡った。
ファウストの足裏で、圧縮された空気が爆ぜる。残像すら置き去りにする超高速の踏み込み。巨躯が一瞬で間合いを詰め、その鋼の拳が、立ち並ぶ六人へと容赦なく迫る。
「逃がすかッ!」
リゼットが右手を突き出し、心象アンカーで絞り込んだ高密度の火球を五連射で放った。
同時に、クロエが死角から三本の鋭利な氷槍を射出する。
だが、ファウストは足を止めることすらしない。
右手のひらを前方へ無造作にかざす。
固有術式『海葬』――空気を極限まで圧縮した、不可視の「圧力の盾」。
――ジュウッ、パツンッ!!
火球も、氷槍も、ファウストの皮膚に届く前に、その力場に触れた瞬間にペシャンコに押し潰され、無力な煙となって四散した。
「嘘でしょ……魔術そのものを押し潰したっていうの!?」
リゼットが歯を食いしばる。
その煙の隙間から、エヴァンが影のように踏み込んだ。
両手で握りしめるのは、亡くなった一般兵から引き継いだ、血塗れの制式剣。
――バチバチッ、バチッ!!
相承術式『エンハンス』。
だが、導魔油の塗られていない量産品の刃は、魔力を滑らかに吸着させ続けることができない。かつての選別や演習林のときと同じく、一撃ごとに激しく魔力を消費する、短時間の限定的な纏着に戻っていた。
エヴァンの切先が、ファウストの首元へ向けて疾走する。
ファウストが、その刀身を砕こうと、無骨な左手を伸ばしてきた。
だが――エヴァンは刃を当てなかった。
触れられれば、この制式剣など一瞬で木っ端微塵にされる。エヴァンは接触のコンマ数ミリ手前で手首を返し、自ら剣筋を引いた。
ファウストの指先が虚空をかすめる。エヴァンは刃を絶対に触れさせず、雷光の切っ先とミリ単位の間合いの支配だけで、ファウストの視界を翻弄し、仲間たちへの突進を阻み続けた。
だが、防戦の一方であることに変わりはない。ファウストの踏み込みの風圧だけで、エヴァンは石畳を削って後退を余儀なくされていた。
「……テラ」
石柱の陰から戦況を凝視していたルナが、低く、切迫した声を漏らした。
「……おかしいですわ。あの男の破壊、何か引っかかります」
「うん……僕も、見てた」
テラは手甲を強く握りしめ、ファウストの足元の石畳を指差した。
「ルナ、あいつの足元を見て。石畳が割れてるけど……爆発みたいに円形に吹き飛んでるんじゃない」
「え……?」
ルナが目を凝らした。
エヴァンの直剣を粉砕した床。そしてファウストが歩むたびに穿たれる破壊痕。
それは、周囲を巻き込んで粉砕されたのではなく――まるで鉛筆の芯のような、深さ数十センチの「極小の穴」が無数に穿たれているだけだった。
「あいつの圧力……面じゃないんだ」
テラの瞳に、確信の光が宿る。
「エヴァンの剣を壊したときもそうだった。刀身全体を押し潰したんじゃない。指先が触れた【一点】にだけ、とんでもない圧力がかかって、そこからヒビが広がって割れたんだ」
「面ではなく、【点】……! そうですわ! どんなに強大無比な深海の圧力であろうと、作用しているのは針の先のような極小の点だけ! あの男は、空間全体を均一に圧殺することなどできませんわ!」
その瞬間、テラの脳裏で、これまでのすべての戦いのピースが、雷撃のように一本に繋がった。
「ルナ……! 僕のカードは、触れた魔術を呑み込む性質を持っているよね」
「ええ。選抜の決勝でも、前衛の引力や斥力を一切受けずに素通りしましたわ」
「もし……あいつが、僕のカードをいつものように『圧力』で叩き潰そうとしたら、どうなる?」
テラの言葉に、ルナの青い双眸が息を呑んで見開かれた。
「あいつの『海葬』も、魔力を消費する術式だ。……そして僕の黄金カードの容量は、無限だ」
テラは胸元のホルダーに触れた。
「あいつがカードを押し潰そうと触れた瞬間……その深海の圧力そのものが、カードの中に吸い込まれるんじゃないか!?」
「……っ!!」
ルナの手帳を握る手が、震えた。
「吸い込まれるだけではありませんわ……! 貴方のカードは、相反する属性同士を反発させずに【調和】させる! 元から込めてあるリゼット様の炎とエヴァン様の雷……そこに、ファウスト自身の深海圧力が加われば――」
「敵の必殺の圧力を上乗せした……特大のカウンター弾になる!」
二人の視線が交錯した。
ファウストは魔術を見下している。飛来する魔術はすべて、自らの拳の圧力で粉砕してきた絶対の自信がある。
だからこそ――避けない。飛んでくるカードを、叩き潰そうと手を伸ばすはずだ。
「みんな……!」
テラが煙の中から身を乗り出し、鋭く叫んだ。
「作戦がある! あいつに……僕のカードを迎撃させてくれ!!」