最も疑わしい生徒
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとカンニング疑惑の話。
本文
答案用紙を裏返す音が、四十人分そろって鳴った。
黒板の上のカメラが、小さく赤く光る。今年の二学期から、うちの高校の定期テストは、試験監督AIの「モニカ」が見張っている。視線の動き、手の位置、表情の変化。四十人を同時に見て、不正の疑いがある生徒に印をつける。
中間テストの初日、三科目すべてで印がついたのは、わたし一人だった。
〔要注意:二年四組 能登千景〕
放課後、担任の堀先生は、ノートパソコンの画面をわたしのほうへ向けた。
「先に言っとくけど、疑ってるわけじゃないぞ」 「はい」 「カンペもスマホも映ってない。視線も答案から動いてない」 「じゃあ、なんでですか」 「それがわからんから呼んだ」
先生は困ったように頭をかいた。わたしは笑った。困っている大人の前では、とりあえず笑う。それがいちばん早く話を終わらせる方法だと、わたしは知っている。
「機械の故障じゃないですか? わたし、カンニング出来るほど頭よくないですし」 「……まあ、そうかもな。様子を見るか」
職員室を出るとき、廊下の窓に映った自分の顔は、ちゃんと笑っていた。
二日目は、できるだけ普通にしていようと決めた。
背筋を伸ばす。目は答案だけ。ペンを回さない。英語の長文は難しかったけれど、顔に出さないように最後まで解いた。
結果は同じだった。
〔要注意:二年四組 能登千景〕
休み時間、宇野芹奈がわたしの机に腰かけた。一年のときから、昼ごはんを一緒に食べている三人組の一人だ。
「千景、また呼ばれたの? ウケる。カンニングの天才じゃん」 「天才だったら、もっと点とってるって」
わたしが言うと、芹奈ともう一人が笑った。わたしも笑った。笑いながら、頬の内側が少し痛かった。一日に何回笑っているのか、数えたことはない。数えたら、たぶん続けられなくなる。
その日の放課後、堀先生はもう一度わたしを呼んだ。画面には、細かい表が出ていた。
「業者に問い合わせたら、判定の根拠を出してくれた」
先生が指さした欄には、こう書いてあった。
〔判定根拠:試験時間中の表情が、同日の休み時間の表情と一致しません。別人の可能性があります〕
「別人?」 「替え玉を見つけるために、テストの日は休み時間も教室を撮ってるんだと。その顔と、試験中の顔を比べるらしい」
先生が画面をスクロールすると、グラフが二本並んだ。休み時間のわたしは、口角の数値がずっと高いところに張りついている。試験中のわたしは、そこからすとんと落ちて、平らな線になっていた。
「能登。お前、テスト中のほうが楽そうな顔してるって、こいつは言ってる」
わたしは笑おうとした。口が、うまく動かなかった。
別人なのは、試験中のわたしじゃない。休み時間のほうだ。
三日目の朝、教室に入ると、空気が少しだけ止まった。
「能登さん、カンニングで二回呼ばれたって」 「マジで?」
後ろの席の声は、聞こえないふりをするには大きすぎた。芹奈が、わたしの顔を見ないまま言った。
「……千景ってさ、いつもニコニコしてるから、正直何考えてるかわかんないとこあるよね」
冗談の声だった。もう一人が、少し遅れて笑った。
わたしも笑った。笑ってさえいれば、ここはまだ壊れない。そう思って口角を上げたら、喉の奥に、十円玉をなめたような冷たい味が広がった。
一時間目は数学だった。答案を表に返すと、カメラの赤い光がいつもよりはっきり見えた。誰にも笑いかけなくていい五十分間、わたしの顔は、たぶんひどく疲れていた。
最後のチャイムが鳴って、テストが全部終わった。
教室がいっせいにうるさくなる。芹奈が、いつものように振り返った。
「終わったー! 千景、カラオケ行く?」
わたしは口角を上げかけて、やめた。
「……ごめん。今日、疲れた」
芹奈が目を丸くした。自分の顔がどうなっているのか、わたしにはわからなかった。たぶん、試験中と同じ顔をしていた。
「それと、朝のやつ。ちょっと、きつかった」
言ってから、指先が冷たくなった。三人でいる時間が、ここで終わるかもしれないと思った。
芹奈はしばらく黙って、それから、わたしのペンケースのチャックを意味もなく開け閉めした。
「……ごめん。千景が笑ってるから、平気なんだと思ってた」 「うん。平気なふり、得意だから」 「それ、得意にならなくていいやつ」
チャックの音が止まった。
「疲れた顔の千景、初めて見たかも。そっちのほうが、なんか話しやすい」
帰りのホームルームのあと、堀先生に三度目の呼び出しを受けた。今日の判定が出たのだという。
「異常なし、だ。テストが終わったあとで、お前だけ解除された」
先生は画面を見せてくれた。判定根拠の欄に、一行だけ書いてあった。
〔判定根拠:試験終了後、この生徒は一度も笑いませんでした。試験中の表情と一致します。本人と判断します〕
「変な機械だよな。笑わなかったら本人って」
先生は首をひねった。
「……変な機械ですね」
そう言ったら、勝手に声がこぼれた。頬の内側は、少しも痛くなかった。
職員室を出て、廊下の窓の前で足を止める。窓に映ったわたしは、笑っていた。
今度のは、モニカに見せても、たぶん本人だと言ってもらえる。
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