最も疑わしい生徒

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/11 📝 2,162文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとカンニング疑惑の話。

本文

 答案用紙を裏返す音が、四十人分そろって鳴った。

 黒板の上のカメラが、小さく赤く光る。今年の二学期から、うちの高校の定期テストは、試験監督AIの「モニカ」が見張っている。視線の動き、手の位置、表情の変化。四十人を同時に見て、不正の疑いがある生徒に印をつける。

 中間テストの初日、三科目すべてで印がついたのは、わたし一人だった。

 〔要注意:二年四組 能登のと千景ちかげ〕

 放課後、担任の堀ほり先生は、ノートパソコンの画面をわたしのほうへ向けた。

「先に言っとくけど、疑ってるわけじゃないぞ」 「はい」 「カンペもスマホも映ってない。視線も答案から動いてない」 「じゃあ、なんでですか」 「それがわからんから呼んだ」

 先生は困ったように頭をかいた。わたしは笑った。困っている大人の前では、とりあえず笑う。それがいちばん早く話を終わらせる方法だと、わたしは知っている。

「機械の故障じゃないですか? わたし、カンニング出来るほど頭よくないですし」 「……まあ、そうかもな。様子を見るか」

 職員室を出るとき、廊下の窓に映った自分の顔は、ちゃんと笑っていた。

 二日目は、できるだけ普通にしていようと決めた。

 背筋を伸ばす。目は答案だけ。ペンを回さない。英語の長文は難しかったけれど、顔に出さないように最後まで解いた。

 結果は同じだった。

 〔要注意:二年四組 能登千景〕

 休み時間、宇野うの芹奈せりながわたしの机に腰かけた。一年のときから、昼ごはんを一緒に食べている三人組の一人だ。

「千景、また呼ばれたの? ウケる。カンニングの天才じゃん」 「天才だったら、もっと点とってるって」

 わたしが言うと、芹奈ともう一人が笑った。わたしも笑った。笑いながら、頬の内側が少し痛かった。一日に何回笑っているのか、数えたことはない。数えたら、たぶん続けられなくなる。

 その日の放課後、堀先生はもう一度わたしを呼んだ。画面には、細かい表が出ていた。

「業者に問い合わせたら、判定の根拠を出してくれた」

 先生が指さした欄には、こう書いてあった。

 〔判定根拠:試験時間中の表情が、同日の休み時間の表情と一致しません。別人の可能性があります〕

「別人?」 「替え玉を見つけるために、テストの日は休み時間も教室を撮ってるんだと。その顔と、試験中の顔を比べるらしい」

 先生が画面をスクロールすると、グラフが二本並んだ。休み時間のわたしは、口角の数値がずっと高いところに張りついている。試験中のわたしは、そこからすとんと落ちて、平らな線になっていた。

「能登。お前、テスト中のほうが楽そうな顔してるって、こいつは言ってる」

 わたしは笑おうとした。口が、うまく動かなかった。

 別人なのは、試験中のわたしじゃない。休み時間のほうだ。

 三日目の朝、教室に入ると、空気が少しだけ止まった。

「能登さん、カンニングで二回呼ばれたって」 「マジで?」

 後ろの席の声は、聞こえないふりをするには大きすぎた。芹奈が、わたしの顔を見ないまま言った。

「……千景ってさ、いつもニコニコしてるから、正直何考えてるかわかんないとこあるよね」

 冗談の声だった。もう一人が、少し遅れて笑った。

 わたしも笑った。笑ってさえいれば、ここはまだ壊れない。そう思って口角を上げたら、喉の奥に、十円玉をなめたような冷たい味が広がった。

 一時間目は数学だった。答案を表に返すと、カメラの赤い光がいつもよりはっきり見えた。誰にも笑いかけなくていい五十分間、わたしの顔は、たぶんひどく疲れていた。

 最後のチャイムが鳴って、テストが全部終わった。

 教室がいっせいにうるさくなる。芹奈が、いつものように振り返った。

「終わったー! 千景、カラオケ行く?」

 わたしは口角を上げかけて、やめた。

「……ごめん。今日、疲れた」

 芹奈が目を丸くした。自分の顔がどうなっているのか、わたしにはわからなかった。たぶん、試験中と同じ顔をしていた。

「それと、朝のやつ。ちょっと、きつかった」

 言ってから、指先が冷たくなった。三人でいる時間が、ここで終わるかもしれないと思った。

 芹奈はしばらく黙って、それから、わたしのペンケースのチャックを意味もなく開け閉めした。

「……ごめん。千景が笑ってるから、平気なんだと思ってた」 「うん。平気なふり、得意だから」 「それ、得意にならなくていいやつ」

 チャックの音が止まった。

「疲れた顔の千景、初めて見たかも。そっちのほうが、なんか話しやすい」

 帰りのホームルームのあと、堀先生に三度目の呼び出しを受けた。今日の判定が出たのだという。

「異常なし、だ。テストが終わったあとで、お前だけ解除された」

 先生は画面を見せてくれた。判定根拠の欄に、一行だけ書いてあった。

 〔判定根拠:試験終了後、この生徒は一度も笑いませんでした。試験中の表情と一致します。本人と判断します〕

「変な機械だよな。笑わなかったら本人って」

 先生は首をひねった。

「……変な機械ですね」

 そう言ったら、勝手に声がこぼれた。頬の内側は、少しも痛くなかった。

 職員室を出て、廊下の窓の前で足を止める。窓に映ったわたしは、笑っていた。

 今度のは、モニカに見せても、たぶん本人だと言ってもらえる。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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