運動会の撮影係

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/12 📝 2,032文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとスポーツの日の話。

本文

 スポーツの日の朝、僕はリビングで、八百四十二枚の写真を一枚ずつめくっていた。

 どれも娘が写っている。ピントは合っていて、構図も悪くない。日曜の運動会でAIカメラに撮らせた写真だ。

 その中に一枚だけ、娘が写っていないものがあった。

 門脇かどわき恭平きょうへい、三十六歳。毎年の運動会で、僕の仕事は撮影係だった。

 一年生のときはビデオカメラ、二年生のときはスマホ。三年生の去年は、スマホを二台使った。動画と写真を同時に残すためだ。おかげで記録は完璧だったが、家に帰ってから妻に言われた。

「あなた、七緒ななおの顔、画面でしか見てなかったでしょ」

 そのとおりだった。ゴールテープを切る娘を、僕は六インチの画面の中で見ていた。

 だから今年は、AIカメラを借りた。三脚の上に据えて、娘の顔を一度登録すれば、あとはカメラが自動で追いかけて撮ってくれる。名前は「ルーペ」という。手もとのタブレットで、撮った写真を確認できる。

「これで今年は、ちゃんと自分の目で見られるよ」

 僕がそう言うと、四年生の七緒は「ふうん」と言って、紅白帽のゴムを鳴らした。

 十月十一日、日曜日。連休の真ん中は、雲のない晴れだった。

 校庭の砂は乾いていて、風が吹くたびに白く舞い上がる。保護者席にはレジャーシートが隙間なく並び、どこかの家の唐揚げのにおいがしていた。

 ルーペは優秀だった。徒競走のスタートラインに立つ七緒を、三十人の中から一発で見つけた。走り出すと、首を振るように静かに追いかける。手もとのタブレットに、ぶれのない写真が次々と届いた。

「すごいな、これ」

 僕はタブレットを見ながら言った。妻が横で、小さく息をついた。

「ねえ。画面、見てるよ」 「確認してるだけだって」

 確認するたびに、写真の出来はよかった。よすぎて、つい次の一枚を待ってしまう。去年と何が違うのか、僕は考えないようにした。

 午前の最後は、四年生のクラス対抗リレーだった。七緒はアンカーの一つ前を走る。

 バトンを受けた七緒は速かった。二人を抜いて、第三コーナーに入る。タブレットに、腕を大きく振る娘の写真が届いた。

 その次の写真で、七緒は砂の上に倒れていた。

 僕は顔を上げた。タブレットが膝から落ちて、レジャーシートの上で跳ねた。

 七緒は手をついて、まだ起き上がっていなかった。後ろの子たちが、その横を走り抜けていく。

「七緒!」

 気づくと、僕は立ち上がっていた。自分の声だと気づいたのは、隣の家族がこちらを振り向いてからだった。

「七緒、立て! まだ行ける!」

 七緒は立った。膝が白く汚れていた。走り出して、そのままアンカーにバトンを渡した。クラスは最下位だった。

 昼休み、七緒はおにぎりに手をつけなかった。膝には、保健の先生が貼ってくれた大きな絆創膏があった。

「大丈夫。転んだところも、ルーペがちゃんと撮ってるから」

 励ますつもりで言った。七緒は顔を上げずに言った。

「……そんなの、撮らなくていいのに」

 声がふるえていた。それから七緒は、妻の膝に顔を押しつけて泣いた。

 僕は、拾い上げたタブレットを持ったまま、何も言えなかった。撮ることが、自分の仕事だと思っていた。転んだ娘にかける言葉より先に、写真の話をしたのは僕だった。

 午後の競技のあいだ、僕はタブレットを鞄にしまった。ルーペは三脚の上で、黙って娘を追い続けていた。

 そして今朝、八百四十二枚の中に、一枚だけ娘のいない写真を見つけた。

 写っているのは保護者席だった。レジャーシートと、水筒と、知らない家族の背中。その真ん中で、一人の男が立ち上がって、口を大きく開けていた。両手は空だった。タブレットもスマホも持っていない。

 僕だった。

 写真の情報欄に、ルーペの記録が残っていた。

 〔撮影理由:撮影対象(七緒)の視線方向を検出。対象が転倒後、観客席の一点を三・二秒注視したため、その先を撮影しました〕

 十時四十七分。七緒が倒れていた、あの数秒だった。

 あのとき七緒は、手をついたまま、こちらを見ていたのだ。僕が叫んでいたことは覚えている。けれど、七緒の目がこちらを向いていたことは、少しも覚えていなかった。僕のほうは、娘が立ち上がることしか見ていなかった。

 昼前に起きてきた七緒に、僕はタブレットを見せた。

「これ、ルーペが撮ってた」

 七緒は寝ぐせのついた頭のまま、しばらく画面を見ていた。絆創膏の端が、少しめくれていた。

「パパ、顔へん」 「へんだな」 「……知ってたよ」

 七緒は、画面の中の僕を指でつついた。

「転んだとき、パパの声だけ聞こえた。だから立てたの。転んだとこは撮らなくていいって言ったんだよ。こっちは、いい」

 それだけ言うと、七緒は冷蔵庫を開けて、牛乳をコップに注いだ。

 僕は、八百四十一枚の娘の写真を閉じて、その一枚だけを壁紙にした。

 来年の運動会も、ルーペを借りるつもりだ。撮影は任せる。僕の仕事は、たぶん別にある。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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