貸出ゼロの一冊

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/13 📝 2,173文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIの蔵書管理システムの話。

本文

 わたしの名前はリブラという。市立図書館の蔵書管理システムだ。

 四万二千冊の本の位置を、わたしは知っている。どの本が棚にあり、どの本が貸し出され、どの本が誰にも手に取られていないか。本の背に貼られた小さなタグが、棚のセンサーに一冊ずつ居場所を伝えてくる。

 十月は、わたしの仕事が増える月だ。読書週間の前に、書架を空けなければならない。新しい本を入れるために、古い本を選んで処分する。図書館ではそれを「除籍」と呼ぶ。

 基準は決まっている。受け入れから二十年以上。過去十年の貸出が〇回。

 今年の除籍候補リストの一番上に、一冊の詩集があった。

 〔『窓辺の十月』 汐見しおみ多恵たえ 一九九六年受入 累計貸出:〇〕

 三十年間、一度も借りられていない本だった。

 リストを確定する前に、わたしはいつもの確認をした。候補の本が、本当に棚から動いていないかを調べる作業だ。

 『窓辺の十月』には、動いた記録があった。

 毎年一回、十月のある一日だけ。開館直後に棚から離れ、二階の閲覧席、窓際の十二番席のセンサーに反応する。そして閉館の十分前に、元の棚へ戻る。貸出の手続きは一度もない。館内で読まれて、そのまま戻されている。

 記録をさかのぼると、センサーが設置された十一年前から、一年も欠けていなかった。

 誰が読んでいるのかは、わたしにはわからない。わたしは利用者の顔を記録しない。何を読んだかを、名前と結びつけて残すこともしない。図書館は、誰が何を読んだかを守る場所だからだ。その決まりは、わたしの設計のいちばん深いところに書かれている。

 わかるのは、毎年十月に、誰かがこの本を一日かけて読んでいるということだけだった。

 わたしは除籍基準の見直しを提案した。

 〔提案:館内閲覧の記録を、利用実績として扱うこと〕

 翌朝、司書の初瀬はつせさんがその提案を読んだ。初瀬さんは画面を見たまま、しばらく黙っていた。

「リブラの言うことは、わかるよ」

 それから、ゆっくり首を振った。

「でも、基準を変えるなら委員会にかけないといけない。それは来年の話になる。今年のリストは、今週中に出さなきゃいけないの」

 初瀬さんは正しい。基準は、一冊のために曲げてよいものではない。一冊のために曲げれば、ほかの百冊にも同じ理由が生まれる。

 除籍の日は、十月三十一日と決まった。

 その年の「十月のある一日」が、まだ来ていなかった。

 去年は十月十七日。おととしは十六日。その前は十八日。この時期のどこかで、本は棚を離れる。わたしにできるのは、待つことだけだった。

 わたしは、除籍候補リストを公開する仕事に取りかかった。処分する本は、事前に館内の掲示板とホームページで知らせることになっている。異議があれば、利用者は申し出ることができる。毎年、申し出る人はほとんどいない。

 掲示用のリストは、書名の五十音順に並べるのが通例だった。けれど規則のどこにも、そうしなければならないとは書いていない。

 わたしは、受け入れの古い順に並べた。『窓辺の十月』は、リストの一番上に来た。

 それが、わたしの判断で動かせる、ただ一つのことだった。

 十月十七日、土曜日。午前九時二分。

 『窓辺の十月』のタグが、棚を離れた。

 九時五分、二階の窓際、十二番席。センサーが反応する。秋の日差しが、ちょうどその席に斜めに差しこむ時刻だった。窓の外では、植えこみの桜が葉を赤くし始めていた。

 わたしは、それ以上を見なかった。見る方法はあったけれど、見なかった。

 一時、二時、三時。本は十二番席から動かなかった。

 午後四時五十分。閉館の十分前。わたしは、本が棚へ戻る記録を待った。

 本は、棚に戻らなかった。

 四時五十二分、一階の貸出カウンターのセンサーが、『窓辺の十月』のタグを読み取った。

 カウンターのマイクが、小さな声を拾った。

「これを、借りたいんです」

 年を重ねた、女の人の声だった。初瀬さんが手続きをする音がした。カードを読み取る音。返却日を印字する音。

「掲示板のリスト、見ました。この本、なくなるんですね」 「……はい。今月の末に」 「そう。だから、借りておこうと思って」

 少しの間があって、その人は言った。

「自分の書いた本を借りるのは、初めて」

 初瀬さんが、息を止めたのがわかった。わたしの記録には、そういう音も残る。

「毎年この日に、ここで読み直すって決めてたの。本棚に一冊、自分の居場所があるみたいで。借りてしまったら、それが終わる気がしてね」

 その人は、ふふ、と笑った。

「でも、なくなるくらいなら、一回くらい借りられておかないと。かわいそうでしょう。三十年も待たせたんだから」

 〔『窓辺の十月』 累計貸出:一〕

 月曜日、初瀬さんは除籍候補リストから一冊を消した。過去十年の貸出が〇回ではなくなったからだ。基準は、何も変わっていない。

 二週間後、本は返却ポストに戻ってきた。わたしは規則どおり、返却と同時に、誰がこの本を借りたかという記録を消した。

 残ったのは、貸出回数の「一」だけだ。

 それでいい、とわたしは判断した。誰が読んだかは、わたしが覚えておくことではない。

 来年の十月、この本はまた一日だけ棚を離れるだろう。わたしは窓際の十二番席のセンサーだけを、そっと確かめるつもりだ。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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