新人戦の三番手
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ペア分析AIの話。
本文
部室のホワイトボードに、タブレットの画面が映し出された。
三年生が引退して、女子ソフトテニス部は十一人になった。新人戦の地区予選まで、あと二週間。顧問の先生は今年から、ペア分析AIの「ラリー」を使っている。コートの四隅のカメラで全員の打球を記録して、誰と誰を組ませればいちばん勝てるかを計算するのだという。
九月の終わりから、わたしたちは毎日ペアを替えて試合をした。その結果が、今日のホワイトボードだった。
〔一番手ペア:鳴海・江波 予測勝率 七十八%〕
二番手の欄には、二年の二人の名前が並んだ。三番手の欄だけ、名前が一つしかなかった。
〔三番手ペア:檜山+未定〕 〔※檜山選手は、誰と組んでも勝率が変わりません。残る一年生から自由に選んでください〕
誰かが「便利じゃん」と言った。悪気のない声だった。
わたしは笑ってうなずいた。グリップテープの擦り切れたところを、親指でずっとこすっていた。
檜山和奏、二年、後衛。
わたしの球は、速くない。サーブも、ネット際の決め球も、見ていて気持ちのいいものは一つもない。できるのは、返すことだけだ。どんな球でも、とりあえず相手コートの深いところへ返す。三年の先輩には「壁打ちの壁みたい」と言われた。褒め言葉だったのかどうか、聞けないまま先輩は引退した。
誰と組んでも変わらない。それは、わたしがいてもいなくても変わらない、ということだと思った。
帰り道、日が落ちるのがずいぶん早くなっていた。五時半にはもう街灯がついていて、川沿いの銀杏が、踏まれた実のにおいを冷えた空気にまいていた。
月曜の朝練に、江波さんは右の手首に白いテーピングを巻いて来た。
「捻挫。二週間は打つなって」
江波莉子さんは、なんでもないことのように言った。目だけが赤かった。
先生がタブレットを操作して、ラリーに組み直しを頼んだ。部員全員が画面の前に集まる。数秒で、一番手の欄が書き換わった。
〔一番手ペア:鳴海・檜山 予測勝率 七十六%〕
部室が、しんとした。
「え、なんで」
声に出したのは、わたしだった。
〔檜山選手と組んだ場合、パートナーの成績は、そのパートナー自身の最高値付近で安定します。九月の全記録で、例外はありません〕 〔誰と組んでも勝率が変わらないのは、檜山選手が相手の力を減らさないからです〕
鳴海理沙さんが、画面とわたしを見比べた。
「へえ。じゃあ、よろしく」
それだけ言って、鳴海さんはラケットを肩にかつぎ、コートへ出ていった。
その日の練習試合で、わたしたちは一ゲームも取れずに負けた。
理由は分かっていた。わたしが、わたしの打ち方をしなかったからだ。
エースの隣に立つなら、返すだけではだめだと思った。相方らしく、攻めなければいけない。わたしは打ったこともない角度にラケットを振り、届かない球にまで飛びついた。ボールはネットにかかり、ラインを割り、鳴海さんの足もとで弾んだ。
鳴海さんは一度も文句を言わなかった。そのぶん、前に立つ背中がだんだん硬くなっていくのが分かった。
試合のあと、ベンチでタブレットを開いた。ラリーの記録が、いつも通り淡々と並んでいた。
〔本日の鳴海選手の成績:九月の平均を大きく下回る〕 〔本日の檜山選手の打球:九月の檜山選手と一致しません〕
やっぱり、と思った。わたしでは、だめなのだ。
画面を閉じようとしたとき、もう一行が出た。
〔本日のペアは、鳴海選手と、檜山選手ではない誰かです。そのペアの勝率は計算していません〕
膝の上のラケットのフレームが、ひやりと冷たかった。
片付けのあと、コート脇の水道で鳴海さんが顔を洗っていた。
「今日の和奏、変だった」
蛇口を閉めて、鳴海さんは言った。いつのまにか、下の名前で呼ばれていた。
「ごめん。足、引っぱって」 「そうじゃなくて」
鳴海さんはタオルで顔を拭いて、少し言葉を探すように黙った。
「わたし、前衛でしょ。後ろに誰がいるか、ほんとは毎回すごく気になってるの。抜かれた球、拾ってくれるかなって。だから前に出きれない」 「……うん」 「九月に和奏と組んだ日、一回も振り返らなかった。後ろは見なくていいって、途中で分かったから。自分でもびっくりするくらい、前で取れた」
鳴海さんは、濡れた前髪を指でかき上げた。
「わたしが欲しいのは、攻める相方じゃないよ。壁がほしい」
壁打ちの壁、と言われた日のことを思い出した。あれはたぶん、褒め言葉だったのだ。
新人戦の地区予選は、十月最後の土曜日だった。
朝のコートは霜が降りそうなほど冷えて、吐く息が白かった。一回戦の相手は、去年の県大会で上位に残った学校の一番手だった。
わたしは、いつも通りに打った。速くない球を、相手コートの深いところへ。もう一本。もう一本。相手の後衛が焦れて強打してくる。それも返す。前では鳴海さんが、一度も振り返らずにネットへ詰めていく。浮いた球が、鳴海さんのラケットの真ん前に吸い込まれていった。
ぱん、と乾いた音がした。
最後のポイントが決まったとき、鳴海さんはやっと振り返って、ラケットを高く上げた。わたしもつられて上げた。ラケット同士がぶつかって、もう一度、乾いた音がした。
その夜、ラリーから試合の記録が届いた。
〔鳴海選手の成績:自己最高〕 〔檜山選手の打球:九月の檜山選手と一致〕 〔組み合わせによる勝率変動:±0〕
二週間前と、同じ数字だった。
わたしは画面の明かりを消さずに、しばらくその最後の一行を眺めていた。
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