ライト、点けてください
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと自転車のライトの話。
本文
〔本日のライト点灯推奨時刻は、十七時十四分です〕
校門を出たところで、ハンドルの真ん中についた小さな画面が光った。
自転車の安全AI「ルクス」。今年から、うちの高校では自転車通学の生徒全員に、この端末の取り付けが義務になった。日の入りの時刻と天気から点灯の時刻を割り出して、時間になると声で知らせてくる。後ろから来る車や自転車も、レーダーで見張っている。
「分かってるって」
返事をしても、ルクスは何も言わない。言われる前に点けたことは、まだ一度もなかった。
梶直哉、高校二年。家までは自転車で二十五分。そのうち最後の十分は田んぼの中の一本道で、街灯がほとんどない。
九月までは、この道を二人で帰っていた。
桐生志保とは、家が三軒となりだ。保育園から高校まで、ずっと同じ。帰る時間がたまたま合うから、たまたま並んで走っていただけだ。少なくとも俺は、そう思っていた。
十月に入ってから、志保は校門に来なくなった。
教室では普通に話す。数学のノートも、相変わらず貸してくれる。ただ、放課後になると、いつのまにかいない。
〔本日のライト点灯推奨時刻は、十七時十一分です〕 〔本日は、十七時九分です〕
一日に一、二分ずつ、早くなっていく。毎日同じ道を走っているのに、毎日少しずつ暗い。一本道に入るころには、稲刈りのあとの切り株ももう見えない。焼いた藁のにおいだけが、冷たい風にまじって流れてくる。
「早すぎるだろ」
ルクスに文句を言ったところで、日の入りが遅くなるわけじゃない。分かっていて、言いたかった。
心当たりは、一つだけあった。
九月の体育祭の打ち上げで、クラスの誰かが「梶と桐生って、毎日一緒に帰ってるよな」と言い出した。周りがはやし立てて、俺は面倒になって言った。
「別に。約束してるわけじゃないし」
本当のことだった。約束なんてしていない。志保もその場で笑っていた。
あの笑い方がいつもと少し違った気がするのは、たぶん今だから思うことだ。
十月十五日。その日は部活のミーティングが長引いて、学校を出たのは六時近かった。
点灯の案内は、とっくに鳴ったあとだった。ライトを点けて、一本道に入る。前を照らす白い輪の外は、ほとんど真っ暗だった。
〔後方に、無灯火の自転車が一台います〕
ルクスの声に、思わずブレーキを握りかけた。
〔距離、約四十メートル。速度は、こちらとほぼ同じです〕
振り返っても、何も見えない。暗がりの奥で、チェーンの鳴る音がかすかにするだけだ。
「ルクス。そいつ、いつからいる」
〔校門を出て八分後から、同じ距離を保っています〕
背中が、すっと冷えた。
「……前にもいたのか」
〔記録を確認します〕 〔同一と推定される無灯火の自転車を、十月一日から本日まで、登校日のすべて、計十日間検出しています。いずれも、この一本道の区間です〕 〔これまでは距離が五十メートルを超えていたため、通知の対象外でした〕
十月一日。志保が、校門に来なくなった日だった。
俺は自転車を止めた。ハンドルごと、ライトを来た道のほうへ向けた。
白い光の端に、紺色のカーディガンが浮かんだ。前かごに、見覚えのあるスポーツバッグ。志保はまぶしそうに片手で目をかばって、きい、とブレーキを鳴らして止まった。
「……なんで止まるの」 「なんで無灯火なんだよ」
声が、思ったより大きくなった。
志保はしばらく黙っていた。それから、自分のハンドルの先を指さした。ライトのレンズが割れて、中が空っぽだった。
「九月の終わりに、溝に落として割った。直すの、めんどくさくて。ルクスには毎日怒られてる」 「十日も」 「直哉のライトが見えてれば、道、分かるし」
志保はそう言って、少しだけ笑った。打ち上げのときと、同じ笑い方だった。
「今日は暗すぎて、離れたら見えなくなりそうだったから。ちょっと近づいちゃった」 「だったら、横を走ればいいだろ」 「並んで走ったら、また何か言われるでしょ。約束、してないんだし」
風が、田んぼの上を渡っていった。遠くの国道を、トラックの音が一度だけ通りすぎる。
俺はリュックを開けて、底のほうを探った。入学のときに母親に持たされた、クリップ式の予備ライト。一度も使ったことがなかった。
それを、志保の自転車のハンドルに挟んだ。スイッチを押すと、小さな白い光が、志保の前の道を照らした。指先に触れたハンドルは、夜露でひやりと濡れていた。
「約束、する」 「え」 「明日から、校門で待ってる。……だから、後ろじゃなくて、横を走れよ」
言ってから、耳まで熱くなった。暗くてよかった、と思った。
志保は何も言わずに、予備ライトの光を見ていた。それから、うん、と一回だけうなずいた。
〔前方に、点灯した自転車を一台検出しました〕 〔並走を確認。二灯での走行は、安全です〕
ルクスの声がやけにまじめに聞こえて、志保が吹き出した。俺もつられて、声を出して笑った。
二つの白い輪が、並んで一本道を進んでいった。
次の日の放課後、校門の前で待っていると、ハンドルの画面が光った。
〔本日のライト点灯推奨時刻は、十七時七分です〕
「早いな」
自転車を押して出てきた志保が、隣に並んだ。ハンドルの先に、新しいライトがついていた。志保が、そのスイッチを入れた。
俺も、言われる前に、初めてライトを点けた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。