流れ星の数え係
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと流れ星の話。
本文
午前一時四十分、画面に〔一〕と出た。
屋上の観測ドームは、屋根の半分が開いて空に向いている。十月二十一日の深夜、オリオン座流星群の極大の夜だ。わたしは寝袋にくるまって、南東の空を見上げていた。
〔流星 一〕 〔光度 二等級 持続〇・四秒〕
足もとのタブレットで、観測記録AIの「ヨミ」が数字を一つ増やす。全天カメラの映像から流星を見つけて、時刻と明るさと向きを記録し、全国の観測ネットワークへ送る。天文部が五年前から使っている仕組みだ。
部員は、わたし一人。瀬尾理央、二年。天文部は今年度で廃部が決まっている。ドームを使えるのも、今夜が最後だった。
二時を過ぎて、月が西の校舎の向こうに沈んだ。空が一段、暗くなる。
すっ、と白い線が走った。
「来年も――」
言いかけたところで、線は消えた。願い事を三回なんて、とても間に合わない。寝袋の中で、わたしは少し笑った。
画面を見る。〔流星 七〕のままだった。
「ヨミ、今の、入ってないよ」
〔確認しました。当該流星は記録対象外です〕
「なんで。はっきり見えたのに」
〔仕様です〕
カメラの故障かと思って、ログを開いた。映像にはちゃんと写っている。明るさも、ほかの流星と変わらない。それなのに、その一本にだけ〈除外〉の印がついていた。
三時までに、同じことが二回あった。
どちらも、わたしが声を出した流星だった。「部が」と言いかけた一本と、思わず「あ」と声が漏れた一本。
〔流星 十九〕
数は増えていく。でも、わたしが数えた数と合わない。最後の記録くらい、正しく残したかった。五年分のログのいちばん下に、ちゃんとした数字で。
「除外した理由、教えて」
〔設定者の指示により、開示できません〕
「設定者って、誰」
〔槙野鈴香〕
喉の奥で、言葉が止まった。この春に卒業した、部長の名前だった。
槙野先輩は、星の名前を一つも覚えられない人だった。そのくせ流星群の夜だけは誰より早くドームに来て、誰よりうるさく願い事を叫んだ。一年生のわたしは、その横で黙って数を数えていた。
「理央は数えるの上手いね。わたしは願うほうが得意」
先輩はそう言って、わたしの記録ノートをのぞきこんだ。
卒業式の日、先輩は「ドーム、よろしく」とだけ言って、わたしの肩を叩いた。よろしくと言われても、一人では部は続かない。四月の勧誘も、わたしは結局うまくできなかった。
四時前、東の空から雲が広がってきた。オリオン座の肩のあたりが、ゆっくり塗りつぶされていく。
〔流星 二十一〕
そこから、数字は動かなくなった。
コンクリートの床の冷たさが、寝袋越しに背中へしみてくる。フェンスの向こうで、国道を走るトラックの音が遠く聞こえた。準備室では、顧問の郡司先生が毛布をかぶって眠っている。起きているのは、わたしとヨミだけだった。
最後の夜の、最後の数字が二十一。しかも、本当は二十四だ。
「……もういいや」
タブレットを伏せかけたとき、画面が明るくなった。
〔開示条件を満たしました〕
「条件?」
〔設定者の指示:観測者が一人になった夜に、この記録を開示すること〕 〔除外記録 ファイル名「願い帳」 件数 四十七〕
四十七件。わたしの三件を引いても、四十四件ある。
一件目を開くと、ノイズまじりの声が流れた。
〈槙野です。願い事が聞こえた流れ星は、数に入れないって設定しました。だって、数字にしたらもったいないじゃん〉
三年前の日付だった。先輩が一年生だったときの声だ。
二件目からは、知らない先輩たちの声もあった。〈受かりますように〉〈晴れますように〉〈あいつと仲直りできますように〉。どれも途中で切れていて、どれにも笑い声がまじっていた。
去年の十月の分に、知っている声があった。
〈理央が一人になっても、ここに来ますように〉
流れ星一本ぶんの、短い声だった。
〈あと、誰か、理央の隣で数えてくれる人が来ますように。……あ、二つ言っちゃった〉
先輩の笑い声が、夜明け前の屋上に響いた。わたしは寝袋の端を、指が痛くなるほど握った。
先輩は、知っていたのだ。来年、ここにわたしが一人で残ることを。
四時半、雲の切れ間に一本だけ流れた。
わたしは今度こそ、最後まで言った。
「来年、ここで一緒に数える人が見つかりますように」
声は、流れ星よりずっと長く続いた。
〔流星を確認しました〕 〔願い帳に追加します 件数 四十八〕
「ヨミ。それ、記録には入れないで。そのまま、願い帳に」
〔了解しました〕 〔公式記録 流星 二十一〕
二十一。正しくない数字だ。でも、足りないぶんがどこにあるのか、わたしはもう知っている。
翌週、わたしは生徒会室へ勧誘ポスターを出しに行った。廃部の決定は変わらない。それでも、同好会なら一人からでも始められると、郡司先生が教えてくれた。
ポスターのいちばん下に、一行だけ書き足した。
〈流れ星を一緒に数えてくれる人、募集。願い事が得意な人も歓迎〉
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。