紅葉前線、ここで止まる

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/18 📝 2,056文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと紅葉前線の話。

本文

 〔杉ノ沢町 紅葉情報 十月十八日〕  〔もみじ谷 色づき始め/不動滝 見ごろ/旧分校跡 見ごろ〕

 画面に並んだ地図の上で、赤い印が一つずつ灯っていく。

 町の観光案内AI「ヤマビコ」は、毎朝六時に町じゅうの定点カメラを見て、紅葉の見ごろを発表する。阿久津あくつ創はじめ、高校二年。母さんが観光協会で働いているせいで、俺は土日だけ、ここで写真の差し替えを手伝っている。

 地図の北のはずれ、うちの裏山だけが、毎年灰色のままだった。

「創くん、これ見た?」

 事務局長の諸岡もろおかさんが、スマホを俺の机に置いた。

 SNSに上がった一枚の写真だった。杉林の奥にぽっかり開けた斜面があって、一本の大きなカエデが空ごと燃えているみたいに赤い。〈杉ノ沢の裏山、すごすぎる。なんで観光マップに載ってないの〉。いいねは三万を超えていた。

 見覚えがあった。カエデの根もとに、崩れかけた板の小屋が写っている。

「ヤマビコに聞いたら、ここだけ『非公開』だって言うのよ。設定、外せる?」

 俺は管理画面を開いた。

「ヤマビコ。裏山のカエデの見ごろ、出してないのはなんで」

 〔登録者の要請により、この地点の情報は公開していません〕

「登録者って」

 〔間宮まみや千草ちぐさ 八年前に「みんなの紅葉スポット」へ投稿〕  〔投稿文:ここはひみつきち。だれにもおしえないで〕

 キーボードの上で、指が止まった。

 小学四年の秋、千草と二人で、あの小屋を作った。

 拾ってきた板と、千草の家の物置にあったブルーシート。屋根は雨が降るたびに落ちた。千草は「ここ、学校のタブレットで登録しといた」と得意そうに言った。誰にも教えないでって書いたから大丈夫、と。

 俺はそのとき、それがどういう意味なのかよく分かっていなかった。

 六年生の夏、千草は父親の仕事で町を出ていった。見送りには行かなかった。行ったら何か言わなきゃいけない気がして、裏山の小屋で一人、カエデの葉が青いまま揺れるのを見ていた。

 それきりだ。連絡先も知らない。

 三日後、写真はテレビの情報番組にも出た。

 観光協会の電話が鳴りやまなくなった。「裏山にはどう行けばいいの」「駐車場はあるの」。諸岡さんは受話器を置くたびに、俺の机のほうを見た。

「創くん、管理者権限、持ってたよね」

 俺は黙ってうなずいた。

「子どもの投稿でしょう。八年も前の。町にとっては大事なチャンスなのよ」

 分かっている。町の人口は、俺が生まれてから三割減った。バスは一日四本になった。紅葉の季節の観光客が、この町の一年分の稼ぎを左右することも知っている。

 その夜、俺は一人で事務所に残って、管理画面を開いた。〈非公開設定を解除〉のボタンが、灰色の地図の上に浮かんでいる。

「ヤマビコ。これ、押したらどうなる」

 〔裏山の地点に見ごろ情報が表示されます。現在の色づきから、見ごろは十月二十五日と予測しています〕  〔なお、設定を変更する前に、登録者へ通知が送られます〕

「通知?」

 〔子ども向け投稿の非公開設定を解除する場合、登録者本人に確認を求める決まりです〕  〔通知は、本日十七時に送信済みです。管理者の操作要求を受けた時点で、手順どおりに送りました〕

 俺は椅子の背にもたれた。蛍光灯の音が、じいっと耳に残る。

 諸岡さんが昼間に試したのだ。そして、ヤマビコは律儀に、千草のもとへ手紙を出していた。

「……返事は」

 〔まだありません〕

 返事は、それから四日間来なかった。

 観光協会の前には、カメラを提げた人たちが何人も来た。俺は「私有地なので」と頭を下げ続けた。本当は町の土地だ。うそをつくたびに、喉の奥がざらついた。

 五日目の夜、俺はボタンの上にカーソルを置いた。

 千草は八年前の約束なんて、もう覚えていないのかもしれない。覚えていないものを守っても、誰も得をしない。

 指先に力を入れかけたとき、画面の端で、小さな光が点いた。

 〔登録者から設定が更新されました〕

 俺は息を止めた。

 〔公開範囲:一名まで〕  〔追記:見ごろの日に、そっちに帰ります。屋根、まだ落ちてる?〕

 十月二十五日の朝、ヤマビコの地図に、灰色のままの点が一つ残った。

 〔杉ノ沢町 紅葉情報 十月二十五日〕  〔裏山のカエデ 情報非公開(公開範囲一名)〕

 俺は始発のバスの時刻を確かめてから、物置のブルーシートを肩にかついだ。新しい板も二枚、ホームセンターで買ってある。

 杉林を抜けると、斜面の上でカエデが真っ赤に燃えていた。落ち葉を踏む音が、自分のものとは別に、もう一つ聞こえる。

 小屋の前に、誰かがしゃがみこんでいた。崩れた屋根の板を一枚ずつ拾い上げて、振り向く。

「遅い」

 八年ぶりの声は、少し低くなっていた。でも、言い方は変わらなかった。

「……屋根、まだ落ちてる」 「知ってる。見れば分かるよ」

 千草は笑って、手に持った板を俺に差し出した。

 帰ったら、ヤマビコにだけは報告しようと思う。今年の見ごろは、予測どおりだったと。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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