手紙はもう、いらない。
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
『リョウくんへ』冷めた夕飯の横に置かれた手紙。 それが、僕と母さんを繋ぐ唯一のものだった。
本文
テーブルの上に置かれた手紙。
傍らにはラップに包まれた夕食が転がる。
『リョウちゃんへ
今日はお仕事で遅くなります。
チンして食べて、食べ終わったら台所へ置いておいてください。
夜になったら鍵をかけて先に寝ててください
おかあさんより』
おかずは焼き鯖だった。
お母さんは僕が鯖アレルギーなのを忘れたのかな。
お仕事なんて書いてあるけどわかっている。
本当は男の所に行ったんだろう。
僕が子供で何もわからないと思っているんだろうな。
お父さんと別れてからお母さんはずっと家にいない。
最後に顔を見たのはいつだったっけ。
ゴミ箱の底へ、焼き鯖をそのまま落とし込む。
箸が進むのは、味の薄い白飯と冷めたお味噌汁だけ。
炊飯器の使い方も、お味噌汁の丁度いい火加減も手慣れてきた。
◇◇◇
『今日はご飯を用意する時間がありませんでした。
レンジでチンして食べてください
おかあさんより』
テーブルの上には手紙と冷凍のチャーハンだけが置かれている。
お化粧する時間はある癖にご飯は用意してくれないんだね。
今日は、という言い訳が何か月続いているのか、お母さんは覚えているのかな。
昨日一応机の上に置いておいた授業参観のプリントはそのままだった。
多分目にも入っていないと思う。
そろそろ冷凍チャーハンの味もコンプ間近だ。
◇◇◇
『好きな物を食べて下さい おかあさん』
それだけ書かれた手紙の傍には500円が置かれていた。
今時500円じゃ大した物も食べられない事をお母さんは知っているのかな。
閉店間際のスーパー。
お弁当コーナーで値引きのシールを貼られているのを待ってる僕の横にはお母さんと同じ位の年の人がおかずや野菜を選んでいた。
お母さんと最後にスーパーに来たのはいつだったっけ。
思い出そうとするとスーパーの明るい曲が響いてきたから、やめた。
最近じゃカップラーメンも高くなったよ。お母さん。
割引シールが貼られた100円のパンと半額のおにぎりを、ぎゅっと握りしめる。
お母さんは毎晩高い値段の料理ばかり食べてて知らないんだろうね。
SNSで誰に自慢をしているの?
僕なんかより知らない人に褒められる方が嬉しいのかな。
◇◇◇
500円。
それだけがポツンと置かれている。
傍には手紙すらも無い。
最近はゴミ袋が増えてきたな。
ちょっと臭い。
コバエがプンと飛んで、鼻の頭を掠めていく。
掃除ぐらいはした方がいいんじゃないのかな。
きっと、お母さんにとってはどうでもいい事なのかもしれない。
だって今日は夜景のみえる綺麗なホテルに泊まってるってSNSで自慢してたから。
画面の向こうで眩しく光るグラス。
僕の部屋に届くのは、生ごみの酸っぱい嫌な匂いだけ。
◇◇◇
テーブルの上。
いつもと違う匂いが鼻をくすぐる。
ぽつんと置かれた一枚の紙切れ。
『リョウちゃんへ
いつもお仕事で家にいなくてごめんね。
今日はリョウちゃんの好きなハンバーグを焼いてみました。
レンジでチンして食べ終わったら台所へ置いておいてください。
今日もお仕事でおそくなっちゃうから鍵をかけて先におやすみしててね。
おかあさん』
お皿の上には、ふっくらした肉のかたまり。
端っこが少し黒く焦げている。
お箸を伸ばすと、肉汁がじんわりあふれ出た。
口いっぱいに広がる香ばしさ。
ちょっと焦げてるけど、そんなのが気にならない位においしかった。
ありがとうおかあさん。
でも、部屋の掃除はした方がいいと思うな。
足元に転がるゴミ袋から、少し嫌な匂いが漂ってくる。
忙しいのかな。
◇◇◇
『リョウちゃんへ
いつもお仕事で家にいなくてごめんね。
今日もリョウちゃんの好きなハンバーグを焼いてみました。
レンジでチンして食べ終わったら台所へ置いておいてください。
今日もお仕事でおそくなっちゃうから鍵をかけて先におやすみしててね。
おかあさん』
机の上に置かれたメモ。
傍らにはラップに包まれた皿がある。
今日もまたハンバーグだった。
湯気が逃げないように慎重にラップを剥がす。
この前よりかは焦げてる部分が少なくなっておいしかった。
同じ物だけどそんなの気にならない。
おかあさんのごはんだから。
小さなお肉の塊を最後の一粒までお腹に収める。
でもそろそろ部屋の掃除はした方がいいと思うな。
廊下にも部屋の隅にも積み重なる黒いポリ袋。
ゴミ袋だらけでちょっと狭くなってきたから。
足の踏み場を探すのも、少しだけ苦労する。
おかあさんやっぱり仕事が忙しいのかな
だったら困らせない方がいいよね
◇◇◇
今日、学校の階段でこけてしまった。
右手の手首がすごく痛くて、病院に運ばれた。
救急車に乗ったの初めてだった。
骨は折れてなかったけど、しばらくは動かしちゃダメってお医者さんに言われて包帯みたいなのをグルグル巻かれた。
おかあさんは病院には来なかった。
仕事が忙しいのかな。
◇◇◇
『-√ℓ/』
手紙にはミミズみたいな文字だけがあって読めなかった。
いつもあるはずのハンバーグの皿は、どこにも見当たらない。
どうしたんだろう。
おかあさん。
その日から手紙は無くなった
その次の日も
その次の次の日も
手紙は無かった。
ハンバーグも無かった。
◇◇◇
やっと包帯が取れた。
皮膚に残る白い痕。
その次の日。
『リョウちゃんへ
ケガが治って良かったね。
お祝いにハンバーグを焼いたからチンして食べてください。
いつもお仕事でおそくてごめんね
夜はかぎをかけて先に寝ててください
おかあさん』
包帯がとれた僕の手を見た。
小さくて、まだ細い手のひら。
台所で包丁を握ってみたらすごくしっくりきた。
肉を切る事に大分慣れていた。
固い関節を断ち切る感触。
トントンと刻むリズムが指に馴染んでいる。
やっと、全部わかった。
もういい。
手紙はもういらない。
おかあさんはもういない。
でも、冷蔵庫にお肉はまだまだたっぷりある。
大きな扉を開けると、冷気が頬を撫でた。
奥にギッシリと詰まった白いラップの塊。
また今日からハンバーグだ。
食べ終わったらもう、部屋を掃除しよう。
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