木枯らしの通り道
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと風力発電の話。
本文
午後十時四十分、屋上の風速計が毎秒十二メートルを示した。
私は四基の風車の羽根の角度を変える。風を真正面から受けるように、少しずつ。回転数が上がり、発電量のグラフが右肩上がりに伸びていく。
私の名前はカザミ。三十二階建てのマンション「潮見台レジデンス」の屋上で、風力発電を管理している。つくった電気は、建物の共用部に使い、余りは電力会社の送電網へ送る。
秋の終わりの北風は、一年でいちばんいい風だ。
その夜、管理会社の端末に一件の書き込みが届いた。
〈屋上の風車の音で眠れません。強い風の夜だけでいいので、止めてもらえませんか。三十二階 篠塚房江〉
苦情は、これで三通目だった。
私は音の記録を確かめた。風速が毎秒十メートルを超えると、羽根の回転音に低いうなりが混じる。最上階の天井では、三十二デシベル前後になる。静かな図書館より、少し小さい。基準値の半分以下だ。
〔騒音は基準内です。ご理解をお願いします〕
担当の檜垣さんは、私の作った返信文をそのまま送った。
翌朝、四通目が届いた。文面は、一通目と一字も変わらなかった。
次の強風の夜、私は羽根の角度を浅くして、回転を落としてみた。うなりは二十六デシベルまで下がった。代わりに、発電量は四割減った。
それでも、篠塚さんからの書き込みは止まらなかった。
私は篠塚さんの部屋のデータを調べた。管理会社が預かっている範囲だけだ。
七十八歳、一人暮らし。入居は二年前。強い風の夜、篠塚さんの部屋では午前二時ごろまで照明が消えない。風の弱い夜は、十時には消えている。
音のせいなら、音の大きさと消灯時刻が比例するはずだった。比例していなかった。毎秒十メートルの夜も、十八メートルの夜も、回転を落とした夜も、明かりは二時まで点いている。
篠塚さんを起こしているのは、音の大きさではない。音が鳴っている、ということそのものだった。
理由が分かったのは、十月の終わりの、雨まじりの風の夜だった。
午後十一時、送電網から私に通知が来た。〈北部地区、倒木による停電。発電余力があれば協力を〉。私は四基をすべて最大出力にした。
その数分後、篠塚さんの部屋のインターホンに、外線の着信が一件記録された。通話は四十秒で終わった。
私は、管理会社が預かっている入居書類を開いた。緊急連絡先の欄に、一つの名前があった。
〈篠塚克也(長男) 勤務先:北部電力 配電保守課〉
篠塚さんの息子は、電線を直す人だった。強い風が吹けば電線が切れ、切れれば呼び出される。風が強い夜ほど、息子は暗い町の電柱の上にいる。
篠塚さんにとって、屋上のうなりは、息子が呼び出されるかもしれない夜の合図だったのだ。
風車を止めれば、音は消える。
でも、それで風が弱まるわけではない。息子は今夜も電柱にのぼる。篠塚さんは、音のない部屋で、やはり二時まで起きているだろう。回転を落とした夜が、それを証明していた。
そして、止めた風車の分だけ、停電した町へ送る電気が減る。
私は、止めない理由と、止める理由を何度も比べた。どちらも、篠塚さんを眠らせる答えではなかった。
だから、別の答えを探した。
十一月二日、気象台が木枯らし一号を発表した。
午後十時、屋上の風速は毎秒十五メートル。四基の風車は、今年いちばんの速さで回り、低いうなりが建物全体に響いた。
私は、篠塚さんの部屋の玄関モニターに、一枚の画面を出した。管理会社に頼んで、この部屋だけに表示を許してもらったものだ。
〔今夜の風車 発電中〕 〔市内の停電 〇件〕 〔送電網の復旧作業 予定なし〕
五分おきに、私は数字を更新した。〇件。〇件。〇件。
風車が回っているあいだ、この画面は消えない。音は、風が強いという知らせであると同時に、私が起きて見張っているという知らせにもなる。
午前零時十二分、篠塚さんの部屋の明かりが消えた。
翌朝、管理会社の端末に、五通目が届いた。
〈風車の音、もう少しだけ聞いていたくなりました。画面の数字は、誰が出してくれているのですか〉
檜垣さんが、返信の欄にカーソルを置いたまま、私のほうを向いた。
「カザミ、なんて返す」
〔屋上の風車です、とお伝えください〕
私はそう答えて、四基の羽根を北へ向け直した。北風は、今夜もいい風になりそうだった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。