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2-2 窓越しの聖女

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/25 📚 シリーズ: アストラリア大陸事変 📝 4,337文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。

本文

新暦628年、4月11日。

昼頃。

街道を走る三台の馬車があった。

王国へ向かう主要街道から少し外れた道。

草原と疎らな林が続くその道を、馬車はゆっくりと進んでいる。

先頭と最後尾の馬車には、ギノマイ教の関係者や護衛が乗っていた。

そして中央の馬車には、一人の少女と、その両親が座っている。

少女の名は、アリア・レイシア。

年齢は十三。

白に近い淡金色の髪を肩口で整え、薄い青の瞳を伏せ気味にしている。

身にまとっているのは、白を基調とした聖女服だった。

清らかな布地。

胸元に施された女神の紋章。

袖と裾に縫い込まれた淡い金糸。

少女には少し重たく見えるその衣装は、彼女を一人の子供ではなく、

特別な存在として見せるためのものだった。

アリアは膝の上で両手を重ねていた。

その指先は、わずかに震えている。

明日、アリアは初めて王国の外で、ギノマイ教の聖女として人々の前に立つ。

王都の聖堂や、教団関係者に囲まれた儀式の場ではない。

旅人、商人、農民、冒険者、異国の者たちが行き交う宿場町で、

街頭演説を行う。

そう聞かされた時から、アリアの胸はずっと重かった。

「アリア」

隣に座る父が、優しく声をかけた。

アリアは顔を上げる。

父は柔らかく微笑んでいた。

その笑顔は、いつもと同じだった。

自分を励まし、導き、そして信じていると告げる時の笑顔。

「だいぶ緊張しているみたいだね。大丈夫だよ。

父さんと母さんが付いているし、他の教団の人たちも手伝ってくれる。

何も怖がる必要はないよ」

父はそう言って、アリアの手を取った。

その手は温かい。

けれど、アリアの胸の重さは消えなかった。

反対側に座る母も、そっと身を寄せてくる。

「そうよ。それに、セラフィナ様もお墨付きをくださっていたでしょう?」

母の声には、誇らしさが滲んでいた。

「アリアなら上手くできる、って。

セラフィナ様だけじゃないわ。みんな、そう思っているのよ」

みんな。

その言葉が、アリアの胸に沈んだ。

みんなが思っている。

みんなが期待している。

みんなが、自分ならできると信じている。

だから、失敗してはいけない。

そう聞こえた。

アリアは小さく息を吸った。

そして、無理に笑顔を作る。

「うん……ありがとう、お父さん、お母さん。私、頑張るよ」

父と母は、その笑顔を見て安心したように顔を見合わせた。

「そうだ。アリアは強い子だ」

「ええ。女神様も、きっと見守ってくださっているわ」

両親は満足そうに頷く。

アリアも、もう一度微笑んだ。

けれど、その笑顔はすぐに消えそうになった。

アリアは再び視線を落とす。

馬車の揺れに合わせて、膝の上の手が小さく震える。

物心ついた時から、アリアは祭り上げられてきた。

あなたは特別な子。

女神様に愛された子。

いずれ多くの人々を導く子。

何度も、何度も、そう言われた。

理由も分からないまま、周囲の大人たちはアリアを崇め、

涙を流し、膝をつき、祈りを捧げた。

やがて、理由を聞かされるようになった。

アリアには、生まれつき加護があるのだという。

加護。

神聖な力。

高位の聖職者でも、生涯を信仰に捧げた末に

授かれるかどうか分からない特別なもの。

それを、アリアは生まれながらに持っている。

アリアには、それがどれほど凄いことなのか分からなかった。

自分の中に、女神がいる感覚などない。

朝起きれば眠い。

甘い菓子を食べれば嬉しい。

知らない人の前に立つのは怖い。

期待されれば苦しい。

失敗すれば泣きたくなる。

それでも、周りは絶えず期待を寄せる。

中には、こう言う者もいる。

あなたはいずれ、女神になるのです、と。

アリアはその時、何も言えなかった。

恐ろしいとさえ思った。

けれど、その恐ろしさを口にすることもできない。

父も母も、教団の人たちも、自分を愛してくれている。

少なくとも、そう見える。

だから、裏切れない。

失望させてはいけない。

アリアは膝の上で手を握りしめた。

大丈夫。

私ならできる。

絶対に上手くいく。

頭の中で、何度も繰り返す。

馬車の外では、車輪が街道の土を踏みしめている。

アリアは小さく息を吐き、窓の外へ目を向ける。

その瞳は、まだ不安に揺れていた。

◇

同じ日の夕方。

「着いた〜〜〜!」

宿場町の入口で、フィリア・エルフェリアが両手を上げた。

頭には、茶色の外套のフードを目深に被っている。

リュシアに何度も念を押された成果だった。

ただし、声の明るさまでは隠せていない。

「お〜、結構いっぱい人いるね〜」

フィリアはフードの奥から、きょろきょろと周囲を見回した。

宿場町は、想像していたよりも賑わっていた。

大きな町ではない。

だが、街道沿いに宿屋、食堂、馬小屋、雑貨屋、簡易の商店が並んでいる。

旅人の荷馬車が停まり、商人が店先で客を呼び、

冒険者らしい一団が食堂の前で談笑していた。

馬の鳴き声。

車輪の音。

焼いた肉の匂い。

人々の話し声。

それらが混ざり合い、夕方の宿場町に独特の活気を作っている。

レオンは町の入口を見回しながら頷いた。

「そうだね。俺もここには初めて来たけど、結構賑わってるな。

ヴェントゥスとリュミエール王国を結ぶ街道沿いだし、

エルフの里にも近い。それなりに人の通りがあるんだろうね」

「そうですね」

リュシアも周囲を確認しながら言った。

「エルフの里に観光目的で来る方々もいますから、

そういう方々も利用しているのかもしれませんね」

「なるほど〜」

フィリアは感心したように頷く。

次の瞬間、ぴたりと足を止めた。

「ん?」

鼻をひくひくと動かす。

「なんか、美味しそうな匂いがする!」

そう言うが早いか、フィリアは匂いのする方へ駆け出した。

「フィリア様!」

リュシアがすぐに声を上げる。

「フードはそのままです!」

「分かってる〜!」

フィリアは走りながら答えた。

レオンは苦笑し、リュシアと一緒に後を追う。

フィリアが向かった先には、屋台がいくつか並んでいた。

串焼き。

焼き菓子。

煮込みを小さな椀で出している店。

果実水を売る店。

旅人が手早く食べられるものを中心に、

夕方の客を相手に商売しているらしい。

その中の一つ、肉の串焼きを焼いている屋台の前で、

フィリアは完全に足を止めていた。

「お〜……すごく美味しそう〜」

フードの奥からでも分かるほど、目がきらきらしている。

店主の中年男が、豪快に笑った。

「いらっしゃい! お嬢さん……でいいんだよな。

良かったら食べていってくれよ!」

「食べます! 食べます! おいくらですか?」

「お、ありがとよ! 串焼き一本、二百リルだ!」

フィリアは腰の小袋から硬貨を取り出した。

旅立ちの前に、アルヴァンが持たせてくれた旅費である。

「はい!」

「毎度あり!」

店主は焼きたての串を一本取り、紙で根元を包んで渡した。

香ばしい煙がふわりと上がる。

炭火で焼かれた肉には、塩と香草が振られており、

表面には薄く脂が浮いていた。

フィリアはそれを受け取ると、嬉しそうに頬張った。

「ん〜〜! おいしい!」

「そいつはよかった!」

店主が満足げに笑う。

その隣で、リュシアは額に手を当てていた。

「全く……夕飯前に何を食べているのですか」

「大丈夫大丈夫!」

フィリアは串焼きを片手に、元気よく答える。

「めちゃくちゃお腹すいてるから、全然余裕だよ!」

「そういう問題ではありません」

「リュシアも食べる?」

「食べません」

「美味しいよ?」

「……今は食べません」

ほんのわずかに間があった。

レオンはそれを聞き逃さず、笑いをこらえた。

リュシアはそんなレオンの視線に気づき、静かに目を細める。

レオンはすぐに目を逸らした。

その時だった。

宿場町の入口の方から、馬車の音が聞こえてきた。

レオンは自然とそちらを振り向いた。

大きめの馬車が三台、宿場町の入口で止まっている。

普通の商人馬車よりも整っており、荷馬車というより、

人を運ぶためのものに見えた。

御者が門番と一言二言話す。

門番は中を軽く確認し、すぐに通行を許可した。

三台の馬車は、ゆっくりと宿場町の中へ入ってくる。

「貴族かな?」

レオンが小さく呟く。

「馬車の作りは良いですね」

リュシアも同じ方向を見た。

「ただ、護衛の雰囲気は貴族の私兵というより、教団関係者にも見えます」

「教団……」

レオンの表情がわずかに引き締まった。

ノクティス教団のことが、すぐに頭をよぎる。

だが、馬車に刻まれている紋章は黒い王冠ではなかった。

白と金を基調にした、女神教系のものらしき意匠。

少なくとも、エルフの里で見たノクティス教団の雰囲気とは違っていた。

馬車は、レオンたちの前を通り過ぎていく。

フィリアも、串焼きを頬張りながら何気なくその馬車を見ていた。

そして、中央の馬車が目の前を通った時だった。

窓の向こうに、少女がいた。

白い聖女服を着た、幼い少女。

その少女が、窓越しにこちらを見ていた。

フィリアと少女の目が合う。

特別な何かを感じたわけではない。

けれど、フィリアは目を逸らせなかった。

少女もまた、目を逸らさなかった。

馬車の窓越しに、二人はしばらく見つめ合う。

少女の瞳は綺麗だった。

けれど、その奥に、薄い不安が滲んでいた。

まるで、どこか遠くへ連れて行かれる途中の小鳥のような目。

馬車はそのまま通り過ぎていく。

フィリアは、しばらく馬車の後ろ姿を追っていた。

「どうしました?」

リュシアが声をかける。

「どなたか知り合いでも乗っていましたか?」

「ううん」

フィリアはゆっくり首を横に振った。

「ただ、すごく幼そうな子が乗ってて、目が合ったの」

「幼い子ですか」

リュシアは馬車が去っていった方を見る。

フィリアは串焼きの残りを持ったまま、少し考える。

「なんだか、不安げな目だったかな」

「不安げな目……」

レオンも馬車の方を見た。

すでに三台の馬車は、宿場町の奥へ進んでいる。

「まぁ、何にせよ、今のところ私たちには関係がないでしょう」

そう言って、リュシアはレオンを見る。

「それよりレオン、宿を取りにいきませんか?

それなりに賑わっていますし、部屋が埋まっても困りますから」

「そうだね。部屋を取ったら、食事ができるところを探そうか」

「やった! ご飯だ!」

フィリアが元気よく声を上げた。

リュシアはすぐに冷ややかな視線を向ける。

「今、串焼きを食べたばかりですよね」

「これはおやつ!」

「夕方に食べる肉の串焼きを、おやつとは呼びません」

「いいの!」

レオンは二人のやり取りに苦笑しながら、宿屋が並ぶ通りへ歩き出した。

リュシアもその横に並び、フィリアは串焼きの最後の一口を

名残惜しそうに食べてから後を追う。

だが、数歩進んだところで、フィリアはもう一度だけ振り返り、

馬車が去っていった方を見る。

あの不安げな瞳だけが、なぜか心に残っていた。

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