そのコートは、去年一度だけ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/20 📝 2,368文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとコートの話。

本文

 月曜の朝七時、スマホが短く鳴った。

 〔本日のおすすめ〕  〔からし色のチェスターコート/白のニット/黒のワイドパンツ〕

 画面の写真の中で、コートは去年と同じ形のまま、ハンガーにかかっていた。

 〔着用回数:一〕

 わたしはスマホを伏せて、パーカーを頭からかぶった。

 週末に衣替えをした。夏物を収納ケースに詰めて、押し入れの奥から冬物を引っぱり出す。ワンルームのクローゼットは狭いから、半年ごとに中身を入れ替えるしかない。

 その間、扉の内側に貼った小さなカメラが、服を一枚ずつ読み取っていった。コーデ提案アプリの「アワセ」は、手持ちの服と天気予報から、毎朝その日の組み合わせを選んでくれる。大学に入った年、母に「あんた、放っとくと毎日同じ服着るでしょ」と言われて入れたアプリだった。

 皆川みながわ文乃あやの、文学部の三年。母の言うとおり、わたしは放っておくと毎日同じ服を着る。

 アワセは、服を着るたびに記録をつける。着た回数と、その日の着心地。帰ってきたら、五段階で星をつけるだけだ。

 衣替えが終わった翌朝から、アワセは毎日あのコートを勧めてくるようになった。

 火曜も、水曜も同じだった。

 〔本日のおすすめ〕  〔からし色のチェスターコート〕

 ニットとパンツは日によって替わる。コートだけが、毎朝いちばん上にある。

 去年の十月、初めてのバイト代で買ったコートだった。駅前の古着屋で、ガラス越しにひと目で決めた。からし色は派手かな、と迷って、店の鏡の前で三回着て、三回脱いだ。

 着て出かけたのは、一度だけだ。

 木曜の夜、わたしはアワセの設定画面を開いた。〈この服を提案から外す〉というボタンがあった。押すと、入力欄が出てきた。

 〔外す理由を教えてください。今後の提案に使います〕

 指が止まった。サイズが合わない。色が好みじゃない。生地が傷んでいる。用意された選択肢は、どれも本当ではなかった。

 わたしは何も選ばずに、画面を閉じた。

 金曜の朝、またコートが出てきた。

 さすがに腹が立って、わたしは声に出した。

「ねえ、アワセ。なんで毎日これなの」

 アプリには音声で質問できる機能がある。使ったのは初めてだった。

 〔回答します〕  〔明日、十月二十四日の予報は、最高気温十四度、北寄りの風、湿度四十%です〕  〔昨年このコートを着用した十月二十四日と、ほぼ同じ条件になります〕

 去年の、同じ日。

 〔その日、あなたは着心地を〈五〉と評価しています〕  〔登録されている衣類のうち、評価五がついているのは、このコートだけです〕

 わたしは床に座りこんだまま、その数字を見ていた。窓の外で、自転車のブレーキがきいっと鳴った。

 五。

 そうだった。あの日の朝、わたしは鏡の前で一回だけくるりと回った。ウールの襟が首に当たって、ちくりとして、そのちくりまで嬉しかった。家を出る前に星を五つ押したのを、今になって思い出した。

 アワセが知っているのは、そこまでだ。

 去年の十月二十四日は、写真サークルの撮影会だった。

 大学の裏の公園で、色づき始めた銀杏を撮った。集合写真を撮る前に、四年の国分こくぶ先輩がわたしを見て笑った。

「皆川、それどうしたの。なんか、借りてきたみたいだな」

 悪気のない声だった。まわりも笑った。わたしも笑った。笑いながら、コートを脱いで、腕にかけた。

「暑くなっちゃって」

 そう言った。本当は、銀杏の下は少し寒かった。

 集合写真のわたしは、白いニット一枚で、肩をすくめて写っている。帰り道、紙袋に入れたコートが、やけに重かった。

 あの日の夜に、わたしは評価を直さなかった。直す欄がなかったからだ。アワセが聞くのは着心地だけで、着心地は、ずっと五のままだった。

「似合わないって、言われたの」

 声に出してから、ばかみたいだと思った。アプリに打ち明けて、どうするのだろう。

 画面に、短い返事が出た。

 〔「似合う」は、私の評価項目にありません〕

 それだけだった。

 おかしくなって、息だけで笑った。そうしたら、鼻の奥がつんとした。そうだよね、と思った。あなたには分からないよね。分からないくせに、毎朝、勧めてこないでよ。

 スマホを置こうとしたとき、もう一行、表示が増えた。

 〔評価項目にないため、私には判断できません〕  〔判断できるのは、着た人だけです〕

 土曜日の朝は、窓ガラスがうっすら曇っていた。予報どおり、この秋いちばんの冷え込みだった。

 クローゼットを開けると、からし色が目に入った。ハンガーから外して、袖を通す。ウールの重みが肩にのる。襟が首に当たって、やっぱり、ちくりとした。

 鏡の前で、一回だけ回った。

 似合うかどうかは、分からなかった。ただ、暖かかった。去年の今日と同じくらいに。

 午後、図書館の前で、ゼミの岡部おかべ千鶴ちづるとすれ違った。

「あれ、そのコート初めて見た」 「去年買ったの。一回しか着てないけど」 「えー、もったいな。いい色じゃん」

 千鶴はそう言って、すぐにスマホに目を戻した。それくらいの言い方だった。それくらいで、よかったのだと思う。

 キャンパスの銀杏は、去年より少し早く色づいていた。北風が吹くたびに、葉が一枚ずつ落ちてきた。わたしはコートの前を合わせて、写真を一枚だけ撮った。

 夜、アパートに帰ると、スマホが鳴った。

 〔本日の着心地を評価してください〕

 わたしは星を五つ押した。

 その下に、今まで一度も使ったことのない、自由記入のメモ欄があった。少し迷ってから、わたしは四文字だけ打ちこんだ。

 〈似合った〉

 〔メモを保存しました〕  〔この項目は、私には評価できません〕

 知ってる、とわたしは小さく言った。

 画面の下で、数字が一つ増えた。

 〔着用回数:二〕

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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