十三夜、残業中

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/21 📝 2,363文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと十三夜の話。

本文

 午後八時を過ぎると、天井の照明が奥の列から一つずつ消えていく。

 机の端の小さな表示板に、文字が出た。

 〔在室を確認できません。このエリアを消灯します〕

 僕は右腕を頭の上で大きく振った。蛍光灯ではない、白いLEDのパネルが、ぱち、と点き直る。

 〔在室を確認しました〕

 今夜、これで四回目だった。

 ビルの照明を管理しているのは、「トバリ」という名前のAIだ。天井の人感センサーで人のいる場所だけを照らし、十五分動きがなければ消す。おかげで電気代が三割減った、と総務の朝礼で聞いた。

 十二階の営業企画部で、まだ明かりがついているのは僕の席だけだった。

 真柴ましば啓吾けいご、三十四歳。来週公開する取引先のサイトの、最後の修正が終わらない。先方の担当者が変わるたびに、確定したはずのページが一枚ずつ戻ってくる。

 キーボードを叩く指だけでは、センサーは人だと認めてくれないらしい。集中するたびに暗くなり、そのたびに僕は腕を振る。誰もいないフロアで、一人で手を挙げている自分の姿を想像して、我ながら情けなくなった。

 机の上でスマホが震えた。妻の佳乃よしのからだった。

〈今日だよ〉

 写真が一枚ついていた。マンションのベランダに、毛布にくるまった娘の日和ひよりが座っている。手すりの上には、紙皿にのせた白い団子が三つ。

 何が今日なのか、すぐには分からなかった。

 画面をさかのぼって、ようやく思い出した。

 先月の十五夜の晩も、僕はこの席にいた。九時すぎに、日和が描いた月の絵の写真が届いた。黄色いクレヨンの丸の下に、三人並んだ棒人間。〈パパもみてる?〉と、佳乃が代わりに打った字が添えてあった。

 僕は立ち上がって、窓のブラインドを指で少しだけ持ち上げた。向かいのオフィスビルの壁が、すぐそこにあった。月はどこにも見えなかった。

 ブラインドを下ろして、返事を打った。

〈見てるよ。きれいだね〉

 すぐに次のメッセージが来た。

〈日和が、十三夜もパパといっしょに見るって。十五夜だけだと片見月で、えんぎがわるいんだって〉

 佳乃の母から聞いた話らしかった。僕は〈分かった〉とだけ返して、そのまま忘れていた。

 その十三夜が、今夜だった。

 時計は八時四十分を回っていた。

 修正はまだ三ページ残っている。今から帰っても、家に着くのは十時近い。五歳の子が起きていられる時間ではない。

 僕は返事を打った。

〈ごめん。今日も遅くなる。先に寝てて〉

 送信を押してから、スマホを裏返した。

 頭の上で、また照明が消えた。

 〔在室を確認できません。このエリアを消灯します〕

「いるよ」

 声に出しても、トバリには届かない。僕は腕を振る気になれず、暗いままの机でキーボードを叩き続けた。モニターの光だけが、手もとを青白く照らしていた。

 低いモーターの音がした。

 顔を上げると、窓のブラインドが、ゆっくりと上がっていくところだった。一枚、二枚と羽根が開いて、隙間から冷たい色の光が差してくる。

 表示板に、文字が出ていた。

 〔外光を利用します〕

「外光って……夜だぞ」

 僕は思わず表示板に話しかけた。音声で質問できる機能があることは知っていたが、使うのは初めてだった。

 〔回答します〕  〔本日二十時五十二分、月が向かいのビルの屋上より上に出ます〕  〔月の光は、照明の基準値に届きません。基準値を、一時的に変更しました〕

「なんで、そんなこと」

 〔この窓のブラインドが手動で開けられた記録は、過去一年で一回です〕  〔九月二十五日、二十一時十二分。開放時間、三秒〕  〔その時刻、月は向かいのビルに隠れていました〕

 僕は黙った。

 三秒。トバリはそれを覚えていた。僕が何を探して、何も見つけられずにブラインドを下ろしたのか。その三秒のあとに、どんな返事を打ったのか。

 トバリが知っているのは、ブラインドの記録だけのはずだ。それでも、見透かされた気がした。

 八時五十二分。

 向かいのビルの屋上の、赤い航空灯の少し上に、白い縁がのぞいた。

 じりじりと、月が昇ってきた。満月より、ほんのわずかに欠けている。左の端が、指でそっと拭ったように薄い。それなのに、驚くほど明るかった。

 月の光が窓を越えて、僕の机にまで届いた。キーボードの上に、ブラインドの影が細い縞になって並んだ。

 〔照明を消灯します〕

 今度は、腕を振らなかった。

 暗くなったフロアで、月だけが明るかった。こんな色だったか、と思った。最後にちゃんと月を見上げたのがいつだったか、思い出せなかった。

 僕は作業中のファイルを保存した。残りの三ページは、月曜の朝でも間に合う。間に合わせる。

 スマホを表に返すと、佳乃からの返事が来ていた。

〈了解。日和、まだ粘ってるけど〉

 僕は急いで打ち直した。

〈今から帰る。月、見えてる〉

 一分もしないうちに写真が届いた。ベランダで、毛布から顔だけ出した日和が、目をこすりながら空を指さしていた。

 コートをつかんで席を立つ。エレベーターホールへ向かう途中、背中のほうで、ブラインドが下りていくモーターの音がした。

 駅から家までの坂道を、月がずっとついてきた。

 玄関を開けると、日和は毛布ごとリビングのソファに移されて、半分眠っていた。佳乃が、窓の外を目で示した。

 ベランダに出て、日和を抱き上げる。重くなった。いつの間にか、こんなに重くなっていた。

「パパ、みえた?」

 寝ぼけた声だった。僕は空を見上げてから、答えた。

「見えたよ」

 今度は、本当だった。

 月曜の朝、出社すると、机の表示板に先週の報告が出ていた。

 〔金曜日 二十時五十二分以降の照明使用量:〇〕

 省エネとしては満点の数字だ。僕はブラインドを、自分の手で少しだけ持ち上げてから、仕事を始めた。

ジャンル・タグ

,

作品統計

👁️ 閲覧数: 5 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 22人

作者ページを見る