11話 閑話:酔っ払いの戯言
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あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
回る視界。ふらつく足取り。まとまらない思考。
「おじさーん、顔真っ赤だよ?」
「……う、うるへぇ……うぷ」
返事をするのもままならない。
イコの髪に胴体を持ち上げられ、トルクは引きずられるように迷宮の出口へと運ばれていた。
好きで酔っ払ったわけではない。
『酒呑蛙(ドランクフロッグ)』
見た目は少し大きいだけのカエルだが、吐息を浴びた者を酩酊状態にするという非常に厄介な特技を持ったモンスター。
迷宮内で転移系の罠で現れたそいつの吐息をもろに喰らってしまったのだ。
この状態では、もう仕事にならない。
なんとかギルドに辿り着くと、「おや、今日は昼前から酒盛りか」とギルドマスターの冷やかしが飛んでくる。
返事をする気力もなく隅の窓際の席に腰を下ろす。
「酔い止めとってくるね」
そう言ってイコは窓から飛んでいった。
トルクは背もたれに身を預け、ぐるぐる回る天井をぼんやりと眺めていた。
◇◇◇
新人新聞記者のマーゴットは、一枚の原稿用紙を前に頭を抱えていた。
テーマは『レッドマンティス』。
この迷宮都市トルディアで知らぬ者はいない、十五年前に迷宮の闇へと消えた伝説の冒険者チーム。盗賊団の壊滅、オーガの群れの撃退。
武勲には事欠かない英雄たちの特集を、彼女は初めて任された。
だが街の住民に聞いて回っても、過去の記事と同じ話ばかりだった。
「参ったなぁ、これじゃあんまりインパクトが無いよ……」
記者となって初めての担当記事だ。何か一つ、大きな特ダネをものにしたい。
(やっぱり、こういうのは直接冒険者に聞かないと)
そう思って、冒険者ギルドの大きな扉の前に立つ。
レッドマンティスの様な一部の例外を除いて、冒険者のほとんどは、ならず者と大差ないろくでなしばかり。
そんな先輩記者から聞かされた評判を思い出し、扉の前でしばらくためらったが、深呼吸をして思い切って扉を開けた。
カランコロン、と安っぽい真鍮の鈴が、建付けの悪い木製のドアの上で情けない音を立てる。
最初にマーゴットの鼻腔を容赦なく貫いたのは、錆びついた鉄と、安物の強い酒、そして獣のような汗が混じり合った強烈な匂いだった。
昼前だからか人はあまりいなかったが、木のテーブルの近くに座る目つきの良くない男達がこちらをジロリと睨んでおり、思わず身をすくめる。
(い、いえ、駄目よ。ここで引いたら記者なんか務まらないわ)
「あ、あの……トルディアペーパーの記者なんですけど」
震えを抑えながらも精一杯、なるべく失礼のないように冒険者達にレッドマンティスについての質問をする。
「……さぁな。俺達もそこまで親しかったわけじゃねぇからな」
いかつい外見とは裏腹に、冒険者たちは取材に素直に答えてくれた。
だが、レッドマンティスについて尋ねると、一瞬だけ目を泳がせる者もいた。
知らないというより、話したくない。マーゴットはそんな空気を感じた。
「あ、あの」
丁度カウンターにいたギルドマスターらしい壮年の男性に話しかけると、ギルドマスターは面倒くさそうな顔をしながらある方向を指差して言った。
「あそこにいる奴に聞いてみな。もしかしたら話してくれるかもしれんぞ。
もっとも、酔っ払いの戯言でもかまわんのならな」
ギルドマスターが指差した先の窓際の席では、中年の冒険者が顔を赤らめ、背もたれに体を預けていた。
男の鎧は、傷だらけでツヤもなかった。
酒瓶もグラスも、卓には見当たらない。
ただ顔だけが赤く、焦点の合わない目で天井を眺めていた。
「……明日の飯代が……塩パン、また塩パンかよ……」
昼から飲んでいるロクデナシ。マーゴットの目には、それ以外に映らなかった。
「あ、あの……トルディアペーパーのマーゴットと申します」
男が首を傾け、剣呑な目でマーゴットを捉えた。
「おー……新聞記者かぁ。若いのに仕事熱心なこったなぁ。感心感心」
ヒッヒッ、と肩を揺らして笑うその姿に、マーゴットは頬を引きつらせる。
「えっと、今少しお話よろしいでしょうか?」
「かまわんぜ、明日の朝飯分の駄賃貰えるならな」
マーゴットは少し黙ったが、渋々懐から銅貨を数枚テーブルの上に置いた。
「おぉ、悪いね嬢ちゃん。で、何を聞きたいんだ?」
「実は今、レッドマンティスの事について調べているんです」
その言葉に、銅貨を腰のポーチにしまおうとしていた男の手が止まる。
男はポーチから手を離し、静かにテーブルの上に手を置く。
「へぇ……まぁ有名だからな、あいつらは。そいつらの何を知りたいんだ?」
「えっと……何を、と言いますか……とにかく、何か彼らについて知っている事を教えて欲しいんです。四人組のチームで、全員が一流だったと……」
「……四人、ねぇ。世間じゃそうなってるな」
「え?」
思わぬ言葉に、マーゴットの言葉が止まる。
男はしまった、という顔をしながら手を振った。
「ああ、いや。なんでもない。酔っ払いの戯言だ」
「あの、今のはどういう……」
「だから、酔っ払いの戯言だ。忘れてくれ」
「教えてください。おねがいします」
まさかの特ダネの気配にマーゴットはつい前のめりになる。
男は顔をしかめながらも、渋々と彼女に顔を向けた。
「事実かどうかは知らんぞ。酔っ払いの与太話だ」
「それで構いません」
「なら銅貨をあと三枚だ。……その代わり、誰にも聞いてない話をしてやる」
チャリン。
急いでマーゴットは銅貨をテーブルに置くと、椅子を引き寄せ、向かいに座る。
メモを握る手に、自然と汗がにじむ。
「それで、さっきの言葉の意味はどういうことですか?」
「……レッドマンティスは四人のチーム。それは間違っちゃいない。
ただそれ以外に一人、そいつらの傍に居た奴がいた。
やってる事は殆ど荷物持ちや銭勘定の下働きだったがな」
マーゴットはメモにペンを走らせた。
レッドマンティスの荷物持ち。盲点だった。
確かにそういう人間を雇っている冒険者もいると聞く。
「五人目の公式には残されていないメンバー、そいつが……
レッドマンティスを殺した奴だ」
ペンを持つ手が止まった。
男はそれを見ながら、静かに話を続ける。
「そうだな、まずはそいつがどういう経緯でレッドマンティスに入ったのか、から始めていくか……」
◇◇◇
山奥の、名前すらも無い農村。
彼はそこで三人目の倅として生まれた。
彼には何も無かった。
重い荷物を持ち上げる力も、読み書きの知識も、山道を駆け抜ける足もなかった。
無い物尽くしの自分が嫌で、惨めで、出稼ぎという建前で村を出た。
理由なんて何でもよかった。とにかく、何か誇れる物が欲しくて自分を変えたかった。
「けどまぁ、田舎のガキを雇ってくれる所なんてどこにもねぇ。結局、そいつが食い扶持を稼げそうなのは、冒険者くらいしかなかったんだ」
それでも、男にできたのは薬草採取やドブさらいといった日雇い仕事だけ。
僅かな日銭で食い扶持を繋ぐだけの日々。
そんなある日、いつもの薬草採りで森の奥まで行った時、不運にもトロールの群れに遭遇してしまった。
自分より遥かに大きなトロールたちに囲まれ、逃げる事も助けを求めて叫ぶ事も出来ずに震え、トロールの石斧が男の頭に振り下ろされようとしたその時だった。
ザシュッ!
その石斧を持った腕が血飛沫と共に宙を舞った。
「その時さ。当時はまだそれほど有名じゃなかったレッドマンティスがトロール討伐の依頼を受けて、偶然にもそいつは助けられたんだ」
その時の男にとって、彼らの姿はまるで神話に出てくる英雄の様に眩しく映った。
男はすぐに、荷物持ちでもなんでもやるから自分をそばに置いてほしいと、額が地面につくほど何度も頭を下げて頼み込んだ。
「……それでまぁ、半ば強引に、そいつはレッドマンティスの荷物持ちとして仲間に加わった……いや、仲間と言っていいのかどうかはわからんが。
とにかくそいつはずっと、レッドマンティスの後ろを荷物担いでついて回る役をやっていた」
「……先程、その人がレッドマンティスを殺した奴、と言っていましたよね?
まさか、その荷物持ちの仕事に不満があったから……?」
虐待、或いは強制労働。
英雄と呼ばれた者達の知られざる闇の部分を想像し、マーゴットのペンの動きが鈍くなるが、男は小さく笑って否定した。
「話は最後まで聞きな、お嬢ちゃん。むしろ逆だ。
レッドマンティスはそいつの事を都合のいい小間使いの様には扱わなかった。
それどころか、依頼の合間に文字の読み書きや魔法やらも教えてくれて、お陰でそいつは読み書きや銭勘定も、ちょっとした魔法も使える様になって至れり尽くせりだったんだ。依頼金や道具の管理、それに飯の用意もいつの間にかそいつの役目になっていた。依頼明けに豆茶をせがまれる事もあった。
それ位に、そいつはチームから信用されていた」
ほっ、とマーゴットが長い息を吐き、肩の力が抜ける。
「けどな……それが良くなかったんだ」
しかし、男の言葉が再び彼女の肩を強張らせた。
「その内、レッドマンティスがどんどん有名になっていくにつれて、そいつは勘違いするようになっちまったのさ。
凄い冒険者チームにいる自分もすごい人間なんだってな。
この都市に来て、色んな武勲を立てていく内にどんどんそれが大きくなった。
そしてあの日……レッドマンティスが迷宮制覇を掛けて本格的な潜りをした時にそれは起きちまった」
男の話は続いた。
レッドマンティスは英雄の名に恥じない強さで、迷宮の罠を突破し、モンスターを次々と倒して、いよいよ最下層に差し掛かろうとした時。
チームは壊滅的な被害を受けた。
「そして、レッドマンティスはとんでもないポカをやらかしちまったんだ」
「ポカ……ですか?」
「たった一つだけ残っていた脱出魔法の巻物。
一人用の物を、よりにもよって荷物持ちでしかない、一番の役立たずのそいつに使っちまったんだよ。
そして、ここからが最悪だ。そいつはその後どうしたと思う?」
「え、えっと……何をしたんですか?」
マーゴットの問いに、男は蔑む様な笑みを浮かべる。
「何もしなかったのさ。
迷宮に戻ることも、仲間を募ることもせず、ただベッドの中で震えていた。
そいつはその時になってやっと、自分が何も持っていなかったガキの頃から、何ひとつ変わっていなかったことに気づいちまったんだ。
そしてそうこうしている内に、一ヶ月が過ぎた……蘇生のリミットが切れちまったのさ。つまり、そいつが見殺しにしたも同然なんだ」
窓越しの喧騒が遠くに聞こえるように、二人の間に沈黙が流れた。
やがてそれに耐え切れなくなった様にマーゴットが尋ねる。
「あ、あの……その人はその後どうなったんですか?」
「……さぁな。恥知らずに冒険者をやっているか、どこかで野垂れ死ぬか。
いずれにしてもロクな最期じゃないだろうよ。……話は終わりだ」
そう言って男は、背もたれに体重を預け、虚ろな目で天井を見上げた。
マーゴットは小さく礼を言い、ギルドを後にした。
ギルドからの帰り道、男の話をまとめたメモに目を落とし、マーゴットは考えた。
伝説の英雄レッドマンティスの知られざる五人目。
そして、彼らが迷宮に散った間接的な原因。
もし本当なら、これ以上の特ダネはない。
けれど、証拠は何もない。話した男は酔っ払いで、本人の名前すら聞いていない。
「……酔っ払いの話じゃ、記事にはできないか」
マーゴットはメモをくしゃくしゃに丸めると、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
結局、今回の記事は過去の記事の焼き直しになりそうだ、と頭の中で呟きながらマーゴットは勤め先への道を歩いた。
◇◇◇
「おじさーん、酔い止めだよ」
窓からすいっと飛んできたイコの手には深緑色の液体が入った小さな瓶が握られていた。
薬の苦みが口いっぱいに広がるにつれ、トルクの意識も少しずつ澄んでいった。
意識が澄んでいくにつれ、先程のやらかしが頭をよぎり思わず額を抑え天井を仰いだ。
「……余計な話をしちまったなぁ」
小銭欲しさに、らしくない事をしてしまった。
何が悲しくて若い女に自分の恥部を晒すような真似を。
「さっきおねーさんがギルドから出てきたよね?
何かお話してたの?」
イコの無邪気な問いに、トルクは天井から目を離さずに答えた。
「なんでもねぇ……本当に面白くもない、酔っ払いの戯言だ」
冒険者なんて、誰もが何かしらの事情を抱えたろくでなしだ。
そんな人間の過去なんて、朝飯代にも、三文記事にもならない……つまらない話だ。
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