忘れ物、引き渡し所
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
心がとても暖かくなる短編小説です
本文
商店街のいちばん端っこ、古びた赤煉瓦の建物の隙間に、その店はありました。 看板も出ていません。ただ、木製の古い扉の横に、小さな黒板がぽつんと置かれているだけです。
【ちょっとした忘れもの引き渡し所】 ※物理的なもの(傘や財布など)はお取り扱いしておりません。
扉を開けると、チリンと心地よい鈴の音が響きます。店内はどこか懐かしい香りがして、壁一面には番号の振られた無数の小さな引き出しが並んでいました。
カウンターの奥からひょっこり顔を出したのは、白髪交じりの穏やかな店主と、その肩にちょこんと乗った太っ腹な三毛猫の「ルーク」です。
「いらっしゃいませ。今日は、何を忘れてこられましたか?」
店主がそう声をかけたのは、仕事帰りのスーツ姿の陸でした。陸は疲れた顔で額の汗を拭いながら、困ったように笑いました。
「あの……変に聞こえるかもしれませんが、今日、会社への途中で『子どもの頃のワクワクした気持ち』をどこかに落としてきちゃった気がするんです。最近、何を見てもただ通り過ぎるだけで……」
店主はうなずくと、「なるほど、よくあるお忘れ物ですね」と言って、壁の引き出しの一つに歩いてていきました。鍵を開け、そっと中を覗き込みます。
「『子どもの頃のワクワク』ねぇ……。たしか、このへんに……おっ、ありましたありました」
店主が取り出したのは、ビー玉のようにキラキラと虹色の光を放つ、小さなガラス瓶でした。カウンターの上に置くと、瓶の中から、夏休みの夕方のような匂いや、秘密基地を作ったときのワクワクする胸の高鳴りが、ふわりと広がりました。
陸が恐る恐るその瓶に手を触れると、胸の奥にじんわりとした温かさが戻ってきます。 「あ……そうだ。僕、あの頃は落ち葉を踏む音だけでも楽しかったんだ……」
「お戻りになってよかったですね。お代は不要ですよ、また心が軽くなったときに笑顔を置いていってもらえれば」 店主が優しく微笑むと、陸は深いお辞儀をして、まるで子供のように軽やかな足取りで店を出ていきました。
次にカランと鈴が鳴ったのは、少し不安そうな顔をしたJKの花でした。 「あの、私……『明日への自信』を、どこかで失くしちゃったんです。次のテスト、なんだか怖くて……」
ルークが「ニャー」と短く鳴いて、自分の座布団を前足でちょいちょいとめくりました。すると、座布団の下から、小さな星の欠片のような、温かく光る石ころが出てきました。
「これだよ、お嬢さん。君が友達と笑い合った日の思い出からこぼれ落ちたやつだ。自信なんて、誰しもポケットの穴からポロッと落としちまうもんさ」
花がその石を両手で包み込むと、ピカッと光が強くなり、花の瞳に力が戻りました。 「……うん、私、まだやれるだけのことはやってみる!」 花は元気よくお礼を言い、小走りで帰っていきました。
静かになった店内で、店主はお茶を一口すすり、ルークの頭をなでました。 「今日もいいお仕事ができたねぇ、ルーク」 「ニャー」
今日もこの小さな店には、誰かが忘れてしまった大切な気持ちが、
そっと集まり、そして誰かのもとへ帰っていくのでした。
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