第4話 立ち込める暗雲と失われた温もり
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
人間と魔族が対立する世界で、少年シグルは、かつて奴隷だった自分を救ってくれた元・王国軍総司令官ゴーヴァンの養子として生きていた。 家族に囲まれた平穏な日々。 それは、シグルが初めて手にした「居場所」だった。 しかしある夜、鉄の仮面をつけた謎の刺客が一家を襲撃する。平穏を奪われたシグルの前に残されたのは、養父から受け継いだ一振りのサーベルと、胸の奥に秘めた《過剰な魔力》だけだった。 なぜ、ゴーヴァンは狙われたのか。 王国軍上層部が隠そうとしている真実とは何なのか。 そして、自分の力は何のために存在するのか。 大切な家族を奪った事件の真相を追うため、シグルは仲間たちとともに剣を取る。 その旅の先で待っていたのは、長きにわたる戦争の歴史に隠された陰謀と、両国の未来を揺るがす巨大な秘密だった。 守りたいものを失った少年は、受け継いだ剣と危険な魔力を手に、世界の真実へ立ち向かう――。
本文
屋敷の地下に設けられた冷涼な地下室。
固い石台の上に横たわるゴーヴァンの手首から手を離し、口元にかざした小さな羊毛の毛羽立ちが微動だにしないことを確かめると、老医師が深く重い頭を下げた。
「……申し訳ございません。私どもの手を尽くしましたが……心脈も、途絶えております。……お悔やみ申し上げます」
「そんな……小父様が死ぬなんて……っ!」
フィナンが溢れ出る涙を堪えきれずに膝を折る。その肩を、異変の報を聞いて急ぎ駆けつけた父パルジファル卿が痛々しそうに抱き寄せた。
東部境界線への偽招集から急ぎ取って返した長男ギャハッドは、血が滲むほど固く拳を握りしめ、片腕の叔父ボルドーは苦々しい顔で沈黙を守っている。
だが——義母ヴィヴィアンと義姉モルガナだけは違っていた。
ふたりは深く悲しみながらも、静かな手つきで遺体を奥の処置台へと運んでいった。大切な身体がこれ以上傷まないようにと、幾種もの特殊な薬草を念入りに塗り込み、丁寧に身づくろいを施していく。
胸元の傷は、素人目には即死に至る深い一撃に見えた。だが、ヴィヴィアンの指先がその傷跡に触れた瞬間、彼女の瞳の奥に凄絶な誓いが宿ったのを、誰も気づく者はいなかった。
シグルの目には、ただ悲しみの中にあっても母と姉が気丈に振る舞おうとしている姿にしか見えなかった。
◇
翌日。オークニー家の邸宅にて、しめやかに葬儀が執り行われた。
軍上層部から「事態の混乱を避けるため」と強く求められ、国葬ではなく身内とごく一部の関係者だけによる急ぎの密葬となった。だが、そこに次男ガリスの姿はなかった。
「昨日から急遽入った『和平要人の護衛』の極秘任務だ。持ち場を離れるわけにはいかんのだろう」
参列者のひとりであるパルジファル卿はそう語ったが、後ろで聞いていたシグルは強い違和感を覚えた。
(美味い酒と綺麗なお姉さんを探してくる)——昨日ガリスが残していった呑気なメモ。普段は面倒な任務から真っ先に逃げ出すあの兄が、父の急報があっても戻れないほどの護衛任務に就いている?
「悲しみに目を奪われてはダメ。……父さんはね、まだ終わっていないの。あなたの見えないところで、きっと見守っているわ」
棺を閉じる直前、モルガナがそっとシグルの肩に手を置き、静かに囁いた。その温かな声は、打ちひしがれていたシグルの胸に静かな勇気を灯してくれた。
◇
葬儀が終わり、参列者が散会し始めた屋敷の別室。
廊下から、低く抑えられたギャハッドの詰問が聞こえてきた。
「……なぜですッ。なぜ手配すら出していただけないのですか」
目の前に立つのは、豪奢な軍服に身を包んだ男——ゴーヴァンの後釜として急遽、新総司令官の座に就いた人物だった。男は疲れと重圧を滲ませ、低い声でギャハッドを制する。
「頭を冷やせ、ギャハッド少佐。これは軍上層部、ひいては国としての決定だ。ゴーヴァン前総司令官の件は病死として処置する。昨夜の不審者について追跡・公言することは一切禁ずる。すでにかん口令が発令されている」
「病死……!? バカな! 俺を遠ざけた上で父は襲われたのです! 犯人を追わず、もみ消すなど……!」
「声を落とせ!」
新総司令官は鋭い眼光でギャハッドを射抜いた。
「今、王国と魔族の和平交渉は極めて繊細な局面にあるのだ。ここで前総司令官の暗殺などという事態を表に出せば、開戦派が勢いづき、積み上げてきた和平が全て灰燼に帰す。……オークニー家の誇りを守りたい気持ちは分からんでもないが、これ以上の規律違反は家そのものへの処罰に繋がるぞ。……命令だ。引き下がれ」
新総司令官は重苦しい息を吐くと、それ以上の言及を拒むように踵を返して立ち去っていった。
「くっ……!」
規律と国情という壁の前に、ギャハッドは血の滲む拳で静かに壁を叩いた。軍人として命に従わねばならない屈辱と怒り。
シグルはそっと兄の傍らに駆け寄った。
「ギャハッド兄さん……」
「……シグルか」
ギャハッドは荒い息を吐き出すと、まっすぐにシグルの目を見つめた。
「軍は動かん。だが、父上は亡くなる直前まで、単独でこの不穏な動きを探っていたはずだ。……俺はこれから、パルジファル卿を追う。父上と深く関わっていたあの方なら、何かご存知かもしれない」
「うん……!」
「お前は母上とモルガナ姉さんの側にいてくれ。何があっても二人を護るんだ。家を……頼んだぞ」
「任せて、ギャハッド兄さん。僕も、ただ守られているだけの子供じゃない。絶対に二人を……この家を守るよ」
力強く頷き合うふたり。ギャハッドはシグルの肩を一度強く抱きしめると、静かに外へ向かって歩み去っていった。
◇
取り残されたシグルは一人、静まり返った廊下に佇んだ。
胸の中に渦巻くのは、悲しみと悔しさ、そして消えない疑問。
(父さんは……一人で何を探っていたんだ? 追跡を禁じるほど軍が隠したがる“何か”が、あの部屋にあるはずだ……)
母と姉を護り、父が追いかけていた真実を自分も知るために。
シグルは拳を強く握り締め、静まり返った父の書斎のドアへと手を伸ばした。
(第4話・完)
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