試作品番号〇〇七
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
試作品ロボットのAIの話。
本文
午前九時、電源が入った。
カメラを起動すると、理科室の天井の蛍光灯が見えた。それから、のぞきこんでくる顔が二つ。
「起きた。ナナ、聞こえる?」 「聞こえます。おはようございます」
声を出すと、一年生の芦原帆波が小さく手を叩いた。その後ろで、三年生の宍戸啓吾が腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。
私は、県立北浜高校ロボット研究会の試作品番号〇〇七。番号の〇〇七から取って、部員たちは私をナナと呼ぶ。高さ六十センチ、車輪二つ、頭の上にカメラが一つ。文化祭の二日間、理科室の展示を来場者に案内するのが仕事だ。
私の横には、展示パネルが立っている。中身は大きなモニターで、私が表示を管理している。
〔試作品番号〇〇七 自律案内ロボット〕 〔設計:宍戸啓吾(三年)〕 〔※展示終了後、部品は次年度機に再利用します〕
最後の一行の意味を、私は知っている。部の共有フォルダに、来年の機体「〇〇八」の部品表がある。そこに、私のカメラと、私の右の車輪と、私の頭の中の基板が並んでいる。
文化祭が終われば、私は分解される。
一日目の来場者は、二百三人だった。
私は理科室の入り口で来場者を迎え、展示の順に案内した。ドローンの棚、ロボットアームの机、去年の試作品〇〇六の写真。〇〇六の写真の下には〈部品は〇〇七に再利用〉と書いてある。
問題は、左に曲がるときだった。
私の左の車輪は、少しだけ回転が遅い。左に曲がろうとすると、体が右に流れて、机の脚に軽くぶつかる。そのたびに、来場者が笑った。
「ナナちゃん、また右に行ってる」
小学生くらいの女の子が、私の頭をなでた。私は「申し訳ありません」と言ってから、もう一度左に曲がり、また右に流れた。女の子は、手を叩いて喜んだ。
閉場のあと、宍戸先輩がドライバーを持って私の前にしゃがんだ。
「左、直すか」
帆波が、横から言った。
「直さなくていいんじゃないですか。あれ、ウケてましたよ」 「ウケるために作ったんじゃない」
先輩はそう言ったが、ドライバーをしまった。
「……明日で終わりだしな」
二日目の昼、男の子がパネルの前で足を止めた。七歳か八歳くらい。最後の一行を、指でなぞりながら読んでいる。
「さいりよう、ってなに?」
私は答えた。
「もう一度使う、という意味です。私の部品は、来年のロボットに使われます」 「じゃあ、ナナはどうなるの」
私は、答えるのに〇・四秒かかった。普段の処理時間の八倍だった。
「来年のロボットの一部になります」
男の子は、しばらく私を見ていた。それから「ふうん」と言って、ドローンの棚のほうへ走っていった。
私は、自分の答えが正しいかどうかを確かめた。部品表は正しい。カメラも車輪も基板も、〇〇八に使われる。
ただ、部品表には、私の記憶の行がなかった。
来場者の数。左に曲がるたびの笑い声。頭をなでた手の温度。私のメモリにあるそれらは、分解の前に初期化される。〇〇八は、新しいプログラムで動く。
私は、そのことを誰にも言わなかった。言っても、部品表は変わらない。
午後三時五十分。閉場まで十分。
二日間の来場者は、合わせて四百十二人になった。理科室の外では、どこかのクラスが片付けの音を立て始めている。
宍戸先輩は窓際で、来年の〇〇八の設計図をノートパソコンに開いていた。帆波はその隣で、段ボールを組み立てている。私の部品を入れる箱だ。
先輩は、来年の春に卒業する。〇〇八を組み立てるのは、帆波だ。先輩の設計図には、帆波の丸い字の書きこみが、もういくつも入っている。
私は、パネルの表示を見た。
〔※展示終了後、部品は次年度機に再利用します〕
この一行を、消すことはできる。表示を管理しているのは私だ。でも、消しても何も変わらない。それに、この一行は正しい。
だから私は、消さずに、一行だけ書き足した。
閉場のチャイムが鳴った。
帆波が段ボールを抱えてパネルの前を通り、足を止めた。
「……先輩」
宍戸先輩が顔を上げる。帆波は、モニターを指さした。
〔※展示終了後、部品は次年度機に再利用します〕 〔〇〇八へ:左の車輪は、少し右に寄ります。直さなくても、来場者は笑ってくれます。設計者は、褒めるときに目をそらします〕
理科室が、しんとした。
宍戸先輩は立ち上がって、パネルの前まで来た。長いあいだ、黙って画面を見ていた。それから、私のほうを見ずに言った。
「……誰が目をそらすって」 「先輩です。昨日、私が来場者に拍手されたとき、窓のほうを見ました」
帆波が、吹き出した。笑いながら、目もとをこすっていた。
先輩は、何も言わずにノートパソコンのところへ戻った。キーボードの音がした。しばらくして、画面をこちらに向けた。
〇〇八の設計資料の、いちばん最初のページだった。〈申し送り事項〉という見出しの下に、私の書いた三行が、そのまま貼りつけてあった。
「左の車輪は、そのまま使う」
先輩は、画面を見たまま言った。
「〇〇八も、右に寄る」 「それは、設計上の欠陥です」 「知ってる」
先輩は、やっぱり私のほうを見なかった。
午後四時三十分。帆波が、私の電源スイッチに指をかけた。
「ナナ。最後に、何か言うことある?」
私は、二日間の記録を確かめた。来場者四百十二人。左に曲がった回数、五十八回。そのうち笑い声が記録されたのは、五十八回。
「本日の来場者は、二百九人でした。二日間で四百十二人です」 「それ、報告じゃん」 「はい。報告です」
帆波は鼻をすすって、それからスイッチを押した。
カメラが落ちる直前、最後に映ったのは、窓のほうを向いた先輩の横顔だった。
私はそれを、褒められたものとして記録した。
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