わかりません

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/26 📝 2,739文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと第一希望の話。

本文

 チャイムが鳴ったとき、教室の時計は二時五十三分を指していた。

 二年二組の掛け時計は、七分遅れている。四月からずっとだ。秒針は十二のところで毎回一瞬だけ引っかかって、それから思い出したように進む。誰も気にしない。みんな、時間はタブレットの隅で見るからだ。

 わたしだけが、ときどきあの引っかかりを数えている。

「はい、結果が出た人から用紙に書き写してー」

 根岸ねぎし先生が、教卓で進路希望調査票の束をそろえた。締め切りは今週の金曜。中二の秋に初めて書く、第一希望から第三希望まで。

 その前に、全員がタブレットで適性診断AIの「シルベ」を受けていた。六十問の質問に「そう思う」から「そう思わない」までの五段階で答えると、向いている高校や学科を三つまで選んでくれる。

「七緒、見て見て」

 隣の席の真柴ましば心晴こはるが、画面をこちらに傾けた。

 〔第一希望:看護科〕  〔第二希望:普通科(医療系進学)〕  〔第三希望:福祉科〕

「当たってる。こわ」

 心晴は小四のときから、看護師になると言い続けている。シルベは、それをちゃんと読み取っていた。

 わたし、塩見しおみ七緒ななおの画面には、こう出ていた。

 〔第一希望:わかりません〕  〔第二希望:わかりません〕  〔第三希望:わかりません〕

 心晴がのぞきこんで、ふき出した。

「え、なにそれ。AIに見放されてるじゃん」

 前の席の男子まで振り返って笑った。わたしも笑った。笑っておくのが、いちばん早く話が終わるからだ。

「故障かもな。塩見、家でもう一回やってみ」

 根岸先生はそう言って、白紙の調査票をわたしの机に置いた。

 夜、自分の部屋でもう一度受けた。

 「休みの日は外に出かけたい」「人前で話すのは苦手ではない」「数字を扱うのが好きだ」。一問ずつ読んで、一問ずつ答えた。

 〔第一希望:わかりません〕

 同じだった。

 三回目は、答え方を変えた。心晴ならこう答えるだろう、先生が喜びそうなのはこっちだろう、と考えながら押していった。

 〔第一希望:県立東雲しののめ高校 普通科〕  〔第二希望:県立北陵高校 普通科〕

 ちゃんと出た。ちゃんとした高校の名前だった。なのに、知らない子の名札を胸に付けられたような気がした。わたしは保存せずに、その結果を閉じた。

 閉じた画面の下に、目立たないボタンがあった。

 〔回答履歴を見る〕

 開いてみる。一回目と二回目の回答が、六十行ずつ並んでいた。

 〔どちらでもない〕  〔どちらでもない〕  〔どちらでもない〕

 指でスクロールしても、スクロールしても、同じ文字が続いた。六十問中、六十問。二回とも、全部。

 いちばん下に、シルベからの短い説明がついていた。

 〔回答から推定できる希望はありませんでした。この結果は、あなたの回答をそのまま反映しています〕

 故障じゃなかった。

 シルベは、わたしを正直に映していただけだった。

 布団に入っても、眠れなかった。

 好きなものを聞かれると、いつも困る。嫌いなものもない。給食も体育も音楽も、だいたい「ふつう」だ。部活は友だちに誘われて入った美術部で、絵は上手くも下手でもない。

 心晴には看護師がある。前の席の男子にはサッカーがある。わたしには、「どちらでもない」が六十個ある。

 暗い部屋で、タブレットだけが青白く光っていた。診断画面の隅の入力欄に、わたしは指で打った。

 わたし、何が好きなのかな。

 送ってから、ばかみたいだと思った。AIに聞いてどうするんだろう。

 返事は三秒後に来た。

 〔その質問には、私は答えられません〕  〔代わりに、六十一問目を追加してもいいですか〕

 「はい」を押した。

 〔最後に時間を忘れたのは、いつですか〕  〔五段階ではなく、文章で答えてください〕

 指が止まった。

 ゲームでも、動画でもない。あれは時間を忘れているんじゃなくて、時間がなくなっているだけだ。

 それから、思い出した。

 六月の掃除の時間だった。掛け時計のほこりを拭くために、わたしは椅子に乗って時計を壁から外した。裏の電池のふたが少し浮いていたので、なんとなく開けてみた。中には、小さな歯車が重なっていた。大きい歯車がわずかに回ると、小さい歯車がいくつも回る。秒針が十二で引っかかるたびに、いちばん小さな歯車が、かすかに震えていた。

「七緒、掃除もう終わってるよ」

 心晴に肩をたたかれて顔を上げたら、教室には誰もいなかった。十五分たっていた。

 そのことを、そのまま打った。思ったより長くなった。送信すると、少しして画面が変わった。

 〔回答を登録しました〕  〔六十一問目は診断には使われません。希望の推定は、引き続き「わかりません」です〕

 なんだ、と思った。

 でも、その下にもう一行あった。

 〔この回答だけ、「どちらでもない」ではありませんでした〕

 次の日の放課後、職員室で根岸先生に頼んだ。

「教室の時計、直してみてもいいですか」

 先生は一瞬きょとんとして、それから引き出しから精密ドライバーのセットを出してくれた。

「壊すなよ。いや、もう壊れてるのか、あれ」

「七分遅れてます。あと、秒針が引っかかってます」

「よく見てんなあ」

 誰もいない教室で、時計を机に寝かせた。カバーを外すと、秒針の根元がほんの少し曲がって、分針にこすれていた。それが、引っかかりの正体だった。息を止めて、爪の先で秒針を髪の毛一本ぶんだけ持ち上げる。電池を新しいものに替え、スマホの時報に合わせて竜頭りゅうずを回す。

 カチ、カチ、カチ。乾いた音が、静かな教室にやけに大きく響いた。

 窓の外が暗くなっていくのに、気づかなかった。

「塩見、もう六時だぞ」

 入り口に、根岸先生が立っていた。いつからか、ずっと見ていたらしい。

 わたしは冷えきった指で、時計を持ち上げた。秒針は十二のところを、何事もなかったように通り過ぎていった。

 金曜日、調査票を提出した。

 第一希望の欄には、こう書いた。

 まだわかりません。

 その下の備考欄に、小さく一行足した。

 時計の中を見るのが好きです。

 根岸先生はそれを読んで、口の端を少し上げた。それから赤ペンで横に何か書いて、用紙を返してくれた。

 〈第一希望の書き方として、今年いちばん正直です〉

 席に戻ると、心晴がわたしの用紙をのぞきこんだ。

「わかりません、のままじゃん」

「うん。でも、前のとは違うわかりません」

 心晴は首をかしげた。説明しようとして、やめた。たぶん、シルベにしか分からない。

 六時間目の終わりに、チャイムが鳴った。

 わたしは顔を上げた。教室の後ろの掛け時計は、ちょうど三時を指していた。秒針は引っかからずに、十二を越えていった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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