鬼の教育係・水野先輩の秘密

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/28 📝 3,465文字 ✅ 全年齢

あらすじ

会社では、いつも厳しい水野先輩。 僕は入社以来、毎日怒られてばかり… しかし、ある時、仕事終わりに食事に行く事に 普段の厳しい水野先輩の雰囲気が、何か違う もしかしたら、水野先輩って…

本文

第一話 美人の鬼がやってきた

「何度言ったらわかるの!」

月曜日の午前十時、営業部に水野先輩の怒声が響き渡った。

僕の名前は佐藤健太。入社して三週間の新入社員である。

そして、目の前で眉間にシワを寄せているのが、僕の教育係、水野麗子先輩、二十八歳。

長い黒髪、整った顔立ち、すらりとしたスタイル。社内の男性社員が密かに憧れる、我が社のマドンナだ。

ただし、仕事中の彼女は別名「氷の女王」。

「佐藤君。この見積書、数字が一桁違うんだけど」

「す、すみません!」

「すみませんで売上が上がるなら、営業部はいらないのよ!」

「はいっ!」

「返事だけは一人前ね」

隣の席の先輩社員が、気の毒そうに僕を見た。

入社以来、僕は毎日怒られている。

電話の取り方、メールの書き方、資料のまとめ方。何をやっても水野先輩の合格点には届かない。

しかし、僕にはひとつだけ気づいたことがあった。

水野先輩は、僕を叱るとき、ほんの一瞬だけ口元が緩むのだ。

まるで、怒ること自体を楽しんでいるかのように。

いや、まさか。

あの美人で、仕事ができて、誰も逆らえない水野先輩が?

そんなことを考えていた金曜日の夜、僕は彼女の秘密を知ることになる。

第二話 駅前の居酒屋で

金曜日、午後七時。

「佐藤君、ちょっと付き合いなさい」

「えっ、反省会ですか?」

「飲みに行くの。あなた、私と飲むのは嫌?」

「い、いえ! 喜んで!」

会社近くの居酒屋。

水野先輩はビールを一杯飲むと、ふうっと息を吐いた。

「まったく、今週も疲れたわ」

「先輩、いつも大変ですね」

「誰のせいだと思ってるの?」

「……僕です」

「わかってるなら、来週は頑張りなさい」

ここまではいつもの水野先輩だった。

ところが、二杯目の梅酒を注文したあたりから、様子がおかしくなった。

「ねえ、佐藤君」

「はい?」

「会社の私は怖い?」

「えっ……まあ、正直に言うと、ちょっと」

「ちょっと?」

「かなり怖いです」

水野先輩は、なぜか嬉しそうに笑った。

「そっか。かなり怖いんだ」

「……先輩?」

「じゃあ、ひとつお願いしてもいい?」

彼女はテーブルに両手を置き、僕をまっすぐ見つめた。

「今から、私のことを麗子って呼んで」

「はい?」

「先輩は禁止。麗子」

「いや、でも……」

「呼んで」

その声には、会社で聞く命令口調とは違う、妙な期待が混じっていた。

僕は恐る恐る口を開いた。

「……麗子さん」

「さんもいらない」

「麗子」

「うん」

水野先輩は、満足そうに頷いた。

そして、次の瞬間。

「じゃあ、今から私が何を言っても、健太君が決めて」

「ええっ?」

「どこに行くかも、何を食べるかも。私、そういうの苦手だから」

「いつも会社では、僕のやること全部決めてるじゃないですか!」

「だからよ」

麗子さんは、頬を赤くして小さく笑った。

「外では……誰かに任せてみたいの」

その表情は、いつもの氷の女王とは別人だった。

僕はようやく理解した。

この人、もしかして……。

いや、まさか。

第三話 麗子さんの取扱説明書

居酒屋を出た僕たちは、駅前の商店街を歩いていた。

「健太君、どこ行くの?」

「そうですね。ちょっとゲームセンターでも行きますか?」

「うん」

「いいんですか?」

「だって、健太君が決めるんでしょ?」

ゲームセンターでは、麗子さんがクレーンゲームに夢中になった。

「あっ、惜しい!」

「麗子さん、下手ですね」

「……下手って言った?」

「あ、すみません」

「謝らなくていい。もう一回やるから、取れるまで見てて」

結局、二千円使っても景品は取れなかった。

「麗子さん、そろそろ帰りましょう」

「はい……」

素直だった。

あの水野先輩が、僕の言葉に素直に従っている。

しかも、なんだか嬉しそうなのだ。

帰り道、彼女はぽつりと言った。

「私ね、会社ではいつも完璧でいなきゃいけないって思ってるの」

「どうしてですか?」

「仕事ができないって思われたくないから。女だからって甘く見られるのも嫌だし」

「なるほど」

「だから、いつも厳しくしちゃう。部下にも、自分にも」

少しだけ、いつもの麗子さんが顔を出した。

「でも、家に帰ってまで、あれこれ考えるのに疲れちゃって」

「それで、誰かに任せたい?」

「うん」

彼女は恥ずかしそうに頷いた。

「私、昔から、信頼できる人に主導権を任せると安心するの。自分で決めなくていいって、すごく楽なのよ」

「……会社での姿からは想像できませんね」

「だから秘密なの!」

急に声が大きくなった。

「会社でこの話をしたら、あなたの査定を最低にするから!」

「それ、完全に脅迫じゃないですか!」

「ふふっ。冗談よ」

麗子さんは楽しそうに笑った。

その笑顔を見て、僕も笑った。

なんだか、少しだけ彼女のことがわかった気がした。

第四話 月曜日の恐怖

月曜日。

「佐藤君!」

「はいっ!」

朝一番から、水野先輩の雷が落ちた。

「この報告書、昨日確認したわよね?」

「はい!」

「どうして修正した箇所が元に戻ってるの?」

「申し訳ありません!」

「仕事はね、確認が大事なの! わかった?」

「はいっ!」

僕は直立不動で叱られた。

周囲の社員たちは、いつもどおりの光景に見向きもしない。

しかし、僕にはわかる。

水野先輩が書類を僕に返すとき、その指先が僕の机をトントンと二回叩いた。

金曜日に二人で決めた、秘密の合図だった。

――今夜、また付き合って。

僕は思わず顔を上げた。

水野先輩は鬼の形相で僕を睨んでいる。

「何か質問でも?」

「い、いえ!」

「だったら仕事に戻りなさい!」

「はいっ!」

怖い。

やっぱり怖い。

そして、少しだけ楽しみでもあった。

その夜、駅前で待ち合わせた麗子さんは、会社とは別人のような顔で現れた。

「お疲れさま、健太君」

「お疲れさまです。今日はどこへ?」

「健太君が決めて」

「じゃあ、ラーメンでも食べますか?」

「うん!」

「先輩、ラーメン好きなんですか?」

「大好き!」

「会社では一度もそんな話しなかったのに」

「だって、会社でラーメンの話なんてしてたら、あなた、また仕事のミスをするでしょ!」

「結局、怒るんですか!」

二人で大笑いした。

ラーメン屋では、麗子さんは餃子を追加し、替え玉まで注文した。

「麗子さん、食べすぎじゃないですか?」

「……健太君」

「はい?」

「そういうこと言う人、嫌い」

「すみません!」

「冗談。餃子、半分あげる」

「ありがとうございます」

「その代わり、明日も頑張りなさい」

「はい……」

「仕事の話は禁止!」

「どっちなんですか!」

また、二人で笑った。

第五話 秘密の終わり?

それから一か月。

会社では相変わらず、僕は水野先輩に怒られていた。

「佐藤君、もっと効率よく動きなさい!」

「はい!」

「電話の声が小さい!」

「はいっ!」

「返事ばかり大きくてもダメ!」

「すみません!」

そして会社を出ると。

「健太君、今日、何食べたい?」

「焼き鳥です」

「いいね!」

「そのあと、本屋に付き合ってください」

「もちろん!」

「あと、帰りにコンビニでアイスを買います」

「うん!」

「……麗子さん、完全に僕の言いなりですね」

彼女は立ち止まった。

「そうね」

「会社の人が見たら、びっくりしますよ」

「だから秘密なの」

麗子さんは少し考えてから、僕の顔を覗き込んだ。

「ねえ、健太君」

「はい?」

「私が会社で厳しいの、嫌?」

僕は首を横に振った。

「最初は怖かったです。でも、先輩がちゃんと教えてくれるから、少しずつ仕事ができるようになりました」

「……そう」

「ただ、もう少し優しくしてくれてもいいと思います」

「それは無理」

「即答ですか!」

「仕事とプライベートは別です!」

「その切り替え、すごいですね!」

麗子さんは声を上げて笑った。

そして、いつになく真剣な顔になった。

「でもね、健太君。会社での私も、会社を出たあとの私も、どっちも本当の私なのよ」

「はい」

「だから、どっちも嫌いにならないでね」

僕は少し照れくさくなって、頷いた。

「わかりました」

「よし!」

彼女は満足そうに頷くと、僕の前を歩き始めた。

「じゃあ、今日は健太君の好きなところに連れていって!」

「はい!」

数歩進んだところで、彼女が振り返る。

「でも、明日の朝、遅刻したら許さないからね!」

「わかってます!」

「あと、明日の資料!」

「もう準備してあります!」

「本当?」

「本当です!」

麗子さんは、にっこり笑った。

「……偉いじゃない」

その一言が、なぜか今までで一番嬉しかった。

ところが翌朝。

「佐藤君!」

「はいっ!」

「この資料、ホチキスの位置がずれてる!」

「そこですか!」

営業部に、僕の悲鳴が響き渡った。

そして水野麗子は、誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ口元を緩めた。

今夜はどこへ連れていってもらおうか。

そんなことを考えながら。

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世界のスズキ

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