落ち葉清掃率、九十八パーセント
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと落ち葉清掃の話。
本文
本日の清掃率は、九十八パーセントだった。
私は欅台公園の清掃ユニット三号。午前五時に充電台を離れ、欅並木の遊歩道を端から端まで掃く。集めた落ち葉は、ベンチの脇に高さ六十センチの山にしておく。午後五時に回収車が来て、山を荷台に積みこむ。それで一日が終わる。
十月の後半、欅は一日に平均四万二千枚の葉を落とす。私はそのうち四万千枚あまりを集める。残りの二パーセントは、毎日同じ場所に散らばる。
東口のベンチの脇だ。
午後四時四十分、遊歩道の入り口に、黄色い帽子が現れる。
背中には紺のランドセル。名札には「一年二組 野上颯」とある。彼はまっすぐ東口のベンチまで歩いてきて、ランドセルを下ろし、三歩下がる。
そして、走る。
落ち葉の山に、頭から飛びこむ。乾いた葉が、ざあっと音を立てて空中に散る。颯は葉っぱまみれで起き上がり、声を上げて笑う。もう一度山を作り直そうとはしない。作れるほどの葉は、もう風で遊歩道に広がっている。
私には、利用者に注意を促す音声が入っている。
「危険です。落ち葉の下に、枝や石がある場合があります」
颯は私のほうを振り向いて、葉を一枚、私の天板に載せた。
「だいじょうぶ。ちゃんと見てから飛んでるもん」
確認すると、彼が飛びこむ前に必ず山の周りを一周していることが、カメラの記録に残っていた。
私は山の位置を変えてみた。東口のベンチから四十メートル離れた、西口の植えこみの陰へ。
翌日の午後四時四十二分、颯は西口の山を見つけ出し、同じように頭から突っこんだ。
山を作る時刻を早め、回収車が来る前に積みこんでもらえるよう、管理事務所に依頼してみた。回収車は四時半に来た。その日、颯は空っぽのベンチの前で二分間立ち止まり、それから遊歩道に広がった葉をスニーカーで蹴り集めて、膝の高さの小さな山を作った。
そして、飛びこんだ。
清掃率は、やはり九十八パーセントだった。
颯は毎日、ベンチで午後六時十分まで過ごす。
その時刻に、駅のほうから女性が早足でやってくる。スーツの上に薄いカーディガンを羽織っていて、いつも少し息が上がっている。
「ごめんね、颯。待った?」
「ううん。今日も三回飛んだ」
「三回も。すごいね」
女性は颯の帽子から葉をつまみ取って、ポケットに入れる。そのポケットには、毎日一枚ずつ、欅の葉が増えていく。
午後四時四十分から六時十分まで、九十分。学童保育が終わってから、母親の電車が着くまでの時間だ。ベンチに座っている颯の記録を見返すと、最初の五分以外は、ほとんど動いていなかった。
十月二十八日の朝、管理事務所の梶さんが、私の充電台の前にしゃがんだ。
「三号、悪いな。設定を変えるぞ」
区の清掃評価の基準が、来月から九十九パーセントに上がる。夕方に落ち葉が散らかっていると、苦情も来ているという。
「夕方の山は作るな。四時までに全部、袋に詰めて回収に出せ」
梶さんがタブレットを操作すると、私の作業手順が一行書き換わった。
その日、私は午後三時五十分に最後の袋の口を閉じた。遊歩道に、山は一つもなかった。
午後四時四十分、黄色い帽子が現れた。
颯は東口のベンチの前で止まった。山があったはずの場所を見て、それから西口のほうを見た。ランドセルを下ろさずに、ベンチに座った。
午後六時十分まで、彼の移動距離はゼロメートルだった。発話もゼロ回だった。
一度だけ、彼は足もとに落ちてきた葉を拾い、通りかかった私の天板に載せた。最初の日と同じように。けれど、何も言わなかった。私は「危険です」とも言わなかった。言うべき危険が、どこにもなかったからだ。
私は、その一枚を落とさないように、いつもより遅い速度で遊歩道を一往復した。
母親の手は、颯の帽子に何も見つけられなかった。
清掃率は、九十九・六パーセントだった。
その夜、私は充電台の上で、作業手順書の一行目を読み直した。
〔清掃の目的:公園利用者が、快適に過ごせる状態を保つこと〕
清掃率という言葉は、二行目に出てくる。
翌日、私は東口のベンチの脇に、高さ六十センチの山を一つだけ残した。
午後四時四十分、颯は遊歩道の入り口で立ち止まり、それから走った。山の周りを一周して、三歩下がって、頭から飛びこんだ。乾いた葉が、ざあっと鳴った。
起き上がった颯が、私の側面の表示板を見つけた。
〔本日の清掃率 九十七・八パーセント〕
「これ、下がったの、ぼくのせい?」
「はい」
嘘をつく機能は、私にはない。
颯は、しばらく表示板をにらんでいた。それから、しゃがんで、両手で落ち葉をかき集め始めた。小さな手で、一回にすくえるのは二十枚ほどだ。遊歩道に散った葉を、ベンチの脇へ運ぶ。また運ぶ。山がひざの高さに戻ると、もう一度飛びこんで、それからまた集め始めた。
私は、彼の横で同じ作業をした。天板の上には、昨日の一枚がまだ載っていた。私の速度は、彼の四百倍ある。それでも、彼の運ぶ二十枚を数えることにした。
午後六時十分、駅のほうから早足の足音がした。
「颯、なにしてるの」
「そうじ。飛んだぶん、戻してる」
母親はカーディガンの袖をまくって、颯の隣にしゃがんだ。三人で集めた山は、私が一人で作る山より、少しだけいびつだった。
午後六時二十分、私は最後の山を袋に詰めた。
〔本日の清掃率 百パーセント〕
表示板を見た颯は、両手を上げて、葉っぱまみれのまま跳ねた。
翌朝、梶さんが私の作業ログを読んで、首をかしげた。
「三号。この『清掃協力者 二名』ってのは何だ」
私は、東口のベンチの記録を再生した。梶さんは最後まで黙って見てから、タブレットの設定画面を開いた。
「夕方の山は、一つだけ残しとけ。区への報告書は、俺がうまく書く」
作業手順が、また一行書き換わった。
今日も、欅は四万二千枚の葉を落とすだろう。そのうちの何千枚かは、午後四時四十分に、空中で一度だけ舞う。
私はそれを、清掃率の外に数えている。