きつねの落とし物郵便局
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
みどりが原小学校のうら山には、おかしなうわさがありました。夕暮れどき、学校のチャイムが鳴り終わるころにうら山の森へ迷い込むと、見たこともない「赤いポスト」が見つかるというのです。四年生のハルトは、放課後にそのポストの前に立っていました。
本文
みどりが原小学校のうら山には、おかしなうわさがありました。
夕暮れどき、学校のチャイムが鳴り終わるころにうら山の森へ迷い込むと、見たこともない「赤いポスト」が見つかるというのです。
四年生のハルトは、放課後にそのポストの前に立っていました。
べつに迷い込んだわけではありません。なくしてしまった「大切なもの」を、どうしても見つけたかったのです。
「本当にあったんだ……」
ハルトがつぶやくと、カサリと草が鳴り、ポストのうしろからだれかが出てきました。
それは、つやつやした茶色の毛並みに、大きな耳を立てた「きつね」でした。おどろいたことに、きつねは郵便局員の紺色の帽子をかぶり、小さなカバンを肩にかけています。
「おや、人間の男の子。ここは『落としもの郵便局』だよ。きみに届ける手紙はないはずだけど、どうしたんだい?」
きつねは、人間の言葉で、すこし気取った声で言いました。
「ぼく……探しているものがあるんだ。おじいちゃんがくれた、金色の万年筆」
ハルトは、ぎゅっとこぶしを握りしめました。
「先週、おじいちゃんが病気で亡くなったんだ。その万年筆は、おじいちゃんが『これでたくさん勉強するんだぞ』って、ぼくの誕生日にくれた大切なものなのに……どこかで落としちゃって。家の中も学校も探したけど、どこにもないんだ。ここならあるって、うわさで聞いて」
きつねの郵便局員は、ふむ、とヒゲを揺らしました。
「なるほどね。ぼくの名前はコン。この郵便局の局長さ。ここは、世界中の『なくしたもの』が、手紙や荷物になって届く場所なんだ。ちょっとついておいで」
コンがしっぽをひと振りすると、赤いポストの横の空間が、ぐにゃりと歪みました。気がつくとハルトは、大きな木のうろ(穴)の中に作られた、不思議な郵便局の中に立っていました。
棚には、たくさんの箱や、キラキラ光るガラスのビンが並んでいます。
コンはカウンターの奥から、一台の「はかり(天秤)」を取り出しました。
「ハルトくん、その万年筆をなくして、いまどんな気持ちだい?」
「すごく……悲しい。おじいちゃんに申し訳なくて、胸がちくちくして、お腹の奥がずーんと重たい感じがする」
「そうか。じゃあ、その『重たい気持ち』を、このはかりの上に乗せてごらん。手でつかむみたいにして、乗せるイメージさ」
ハルトが言われたとおりに、胸の痛みをすくい取るようにしてはかりの上にかざすと、不思議なことに、透明な青い光の玉がぽろりとこぼれ、はかりの皿に乗りました。
ガチャン!
はかりは大きな音を立てて、一瞬で下まで傾きました。
「うわあ、重たいね!」コンは目を丸くしました。「きみの悲しみの重さは、十キログラムの鉄アレイよりも重いよ。これじゃあ、毎日歩くのも大変だったろう。よし、きみの万年筆が届いているか、探してあげる」
コンは棚の奥へ向かい、一つの小さな木箱を持って戻ってきました。箱を開けると、中にはハルトが探していた、あの金色の万年筆が入っていました。
「あった!」
ハルトは手を伸ばそうとしましたが、コンはそれをパッと隠しました。
「待って。この郵便局のルールを説明しなきゃ。落としものを返す代わりに、きみは『同じ重さのもの』をここに置いていかなきゃいけない。つまり、そのはかりの上にある『悲しい気持ち』を、ぼくに引き渡すんだ」
「えっ? 悲しい気持ちを置いていけば、万年筆が戻ってくるの?」
「そうさ。きみはおじいちゃんを亡くした悲しさも、万年筆をなくした苦しさも、ぜんぶ忘れてすっきりできる。どうだい、いい話だろう?」
ハルトは一瞬、それはすごく素敵なことのように思えました。毎日胸が苦しくてたまらなかったから、これが消えるならどんなに楽でしょう。
でも、ハルトは立ち止まりました。
「待って……。おじいちゃんが死んで悲しいっていう気持ちをぜんぶ忘れたら、ぼく、おじいちゃんとの思い出も忘れちゃうの?」
「思い出は消えないよ」とコンは言いました。「でも、おじいちゃんの顔を思い浮かべても、もう涙は出なくなる。『へえ、そんな人がいたっけな』って、他人のことを思い出すみたいに、なにも感じなくなるだけさ」
ハルトは、胸が締め付けられるように痛みました。
おじいちゃんは、ハルトが自転車に乗れるようになったとき、自分のことみたいに大喜びしてくれました。ハルトが風邪をひいたときは、ずっと手を握っていてくれました。
あの温かい手の感触や、おじいちゃんの優しい笑顔。それを思い出したときに「なにも感じなくなる」なんて、そんなの、おじいちゃんが本当にいなくなってしまうみたいで、絶対に嫌だと思いました。
「……やっぱり、いらない」ハルトは静かに首を振りました。
「え? 万年筆はあきらめるのかい?」
「ううん。この『悲しい気持ち』は、ぼくが持っていく。悲しいのは、ぼくがおじいちゃんを大好きだったからだもん。これをなくしちゃったら、おじいちゃんのことが大好きだった自分まで、いなくなっちゃう気がする。万年筆は……おじいちゃんには謝るよ。見つからなくても、おじいちゃんがくれた言葉は、ここに残っているから」
ハルトは自分の胸に手を当てました。
コンはしばらくハルトをじっと見つめていましたが、やがて、にこりとキツネの顔をほころばせました。
「合格、さ」
「え?」
「きみがもし、その悲しみをあっさり捨てていたら、ぼくはこの万年筆を渡さなかったよ。自分の痛みを忘れるために、大切な人への気持ちまで捨てるような子には、この万年筆を使う資格はないからね」
コンははかりの上に乗っていた青い光の玉を、ふっと息で吹き消しました。すると、ハルトの胸の奥にあった重みが、すーっと消えていきました。悲しみが消えたわけではありません。でも、冷たくて重かった塊が、ぽかぽかと温かい光に変わったような気がしたのです。
「きみはおじいちゃんの愛をちゃんと心に持っている。だから、この万年筆はきみの元へ戻るたびをしてきたんだよ。はい、どうぞ」
コンは、金色の万年筆をハルトの手に握らせました。
「ありがとう、コンさん!」
「どういたしまして。さあ、もうすぐ夜になる。お家の人に怒られないうちに、人間の世界へ帰りなさい。あ、その万年筆で、最初におじいちゃんへお手紙を書いてみるといいよ。届かなくても、気持ちは必ず空へ進んでいくからね」
コンがしっぽをもう一度振ると、目の前が白い霧でいっぱいになりました。
次にハルトが気がついたとき、彼は学校のうら山の入り口に立っていました。手の中には、ずっしりと心地よい重みのある、金色の万年筆が握られています。
ハルトは急いで家に帰ると、机に向かい、ノートを開きました。
おじいちゃんからもらった万年筆のキャップを外し、ゆっくりと文字を書きます。
『おじいちゃんへ。万年筆、なくしちゃってごめんなさい。でも、きつねの郵便局でちゃんと見つけたよ。ぼく、この万年筆でたくさん勉強して、おじいちゃんみたいに優しい大人になるね』
書き終えると、窓からさわやかな夕方の風が吹き込んできて、ノートのページをパタパタとめくりました。まるで、おじいちゃんが「よくがんばったね」と言って、頭をなでてくれたような気がしました。