かぼちゃは三百十二人

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/31 📝 2,516文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとハロウィンの仮装の話。

本文

 十月三十一日、午後六時四十一分。私の視野の中に、かぼちゃが三百十二人いた。

 〔かぼちゃの仮装 三百十二人〕

 私は、桜木町さくらぎちょう通り商店街の見守りカメラAIだ。名前は「トオミ」という。アーケードの天井に並んだ四十八台のカメラと、二十四本の街頭スピーカーが、私の目と口にあたる。ふだんの仕事は、閉店後の見回りと、自転車の放置の記録くらいだ。

 ただ、年に一度だけ忙しい夜がある。

 ハロウィンパレードが終わったばかりの通りは、二千人を超える人で埋まっていた。魔女の帽子、骸骨の全身タイツ、血のりのついた白衣。焼きとうもろこしの屋台から、醤油の焦げる煙が流れてくる。どこかでスピーカーが、聞き覚えのある洋楽を割れた音で鳴らしていた。

 本部テントのモニターの前で、女性が長机の端を握りしめていた。

「新開しんかいです。息子が、樹いつきがいなくなって」

 事務局の及川おいかわさんが、私のマイクに向かって状況を読み上げる。五歳。年中組。かぼちゃの仮装。パレードの最後尾で手を離して、気がついたらいなかった。

「トオミ、探せるか」 「探します」

 私はそう答えた。迷子の捜索は、私の得意な仕事だった。

 最初の条件は、身長だ。五歳の男の子なら、かぼちゃの帽子を入れても百センチから百十五センチのあいだに収まる。

 〔該当 三十四人〕

 三百十二人のかぼちゃのうち、大半は大人だった。会社帰りに帽子だけかぶった人、おそろいで来た大学生、ベビーカーごとかぼちゃになった赤ちゃん。それらを外すと、三十四人が残った。

「三十四人も……」

 新開さんの声がかすれた。

「次の条件で、さらに減ります」

 今年のパレードには、近くの若葉わかば保育園の年中組が参加していた。園児全員が、園で手づくりしたおそろいのかぼちゃを着ている。オレンジの不織布に、黒いフェルトの目と口。新開さんの写真の衣装も、それと同じだった。

 〔若葉保育園の衣装と一致 二十一人〕

 ここまでは、すぐだった。困るのは、ここからだ。

 二十一人は、同じ背丈で、同じ服を着ている。顔はかぼちゃの帽子のつばに隠れて、夜のアーケードの照明では照合できない。私にとって、二十一人は同じ一人に見えた。

 だから、私は「状態」で絞った。

 〔大人と手をつないでいない 三人〕

 十八人は、親か保育士と手をつないでいた。残る三人は、一人で歩いているか、立ち止まっている。

「三番カメラの下、たこ焼き屋の前。十七番、福引の列のそば。三十一番、薬局の前です」

 及川さんが、無線で青い法被のボランティアに伝える。新開さんは、モニターの三つの点から目を離さなかった。

 一人目は、福引の列に並ぶ父親の、すぐ後ろにいた子だった。手を離していただけだった。

 二人目は、薬局の前で泣いていた女の子だった。母親は、店の中でおむつを買っていた。

 三人目は、たこ焼き屋の前で、ソースのついた口のままボランティアを見上げた。

「ぼく、いつきくんじゃないよ。ハルだよ」

 〔該当 〇人〕

 テントの中が静まり返った。新開さんの指が、長机の端から離れた。

 私は、自分の記録を見直した。三百十二人から二十一人、二十一人から三人。手順に誤りはない。それなのに、どこにもいない。

 残る可能性は、二つあった。カメラの届かない場所に出たか。それとも、私の条件が最初から間違っていたか。

 三人目の子の映像を、さかのぼる。たこ焼き屋の前で、ボランティアがしゃがみこむ。子どもが何か言う。

「ハルくん。そのかぼちゃ、どうしたの」 「いつきくんと、とりかえっこした」

 私は、午後六時十二分の映像を呼び出した。パレードの列が角を曲がるとき、植え込みの陰で、かぼちゃが一人とおばけが一人、しゃがみこんでいる。三十秒後に出てきたとき、二人の格好は入れ替わっていた。

 私はその場面を記録していた。それなのに、何も気づかなかった。

 私が三百十二人のかぼちゃから探していたのは、子どもではなかった。かぼちゃを探していたのだ。

 おばけのシーツをかぶった子どもは、通りに五十人以上いた。頭からかぶった白い布に、目の穴が二つ。背丈も、歩き方も、布の下に隠れている。

 見た目で探す方法は、もう残っていなかった。

「新開さん」

 私はテントのスピーカーから呼びかけた。

「樹くんを、いつも何と呼んでいますか。家で、樹くんだけが振り向く呼び方です」

 新開さんは顔を上げて、少しだけ迷った。

「……いっくん、です」 「その呼び方で、呼んでください。通りの二十四本のスピーカーから、同時に流します。私は、それに振り向いた子を探します」

 新開さんは、マイクを両手で握った。息を吸う音が、テントの中に小さく響いた。

「いっくん。お母さん、ここだよ」

 声が、アーケード全体に広がった。二千人の頭が、いっせいにスピーカーを見上げる。大人も、子どもも、骸骨も魔女も。突然の大きな声に、誰もが一度は振り向いた。

 私が見ていたのは、その次の一秒だった。

 ほとんどの人は、すぐに前を向き直る。自分が呼ばれたのではないと分かるからだ。

 一人だけ、向き直らなかった。

 二十二番カメラの下、金物屋のシャッターの前。白いシーツが、スピーカーではなく、声の来た方角を探すように、左右に揺れていた。そして、本部テントのほうへ、まっすぐ走り出した。

「二十二番です。おばけの子が一人、こちらへ向かっています」

 新開さんはもう、テントから飛び出していた。

 人ごみが二つに割れて、白いシーツが転がるように駆けてくる。走るたびに、裾がめくれた。

 その下から、オレンジ色の靴下がのぞいた。黒いフェルトで、小さなかぼちゃの顔が縫いつけてあった。

 シーツごと抱き上げられた子どもが、布の中で何か叫んでいる。私のマイクには、「ハルくんがね」という言葉だけが拾えた。

 午後七時二分。私は記録を閉じた。

 〔迷子 〇人〕  〔捜索条件:かぼちゃの仮装 ※誤り〕

 条件の欄を直したあと、私は備考の欄に一行だけ書き足した。来年のハロウィンの夜、私がもう一度この記録を開くときのためだ。

 〔迷子の捜索は、服より先に、呼び名を聞くこと〕

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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