カラド平原の戦い ―セルヴァン対オルドラン―
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あらすじ
第一章 布陣 ハルザ暦三一八年、初秋。エルド王国軍一万二千と、西のカラド王国軍一万一千が、カラド平原で向かい合った。カラドを率いるは老将オルドラン。四十年の戦歴で野戦に敗れたことがなく、「盤上の狐」と呼ばれる男である。
本文
第一章 布陣
ハルザ暦三一八年、初秋。エルド王国軍一万二千と、西のカラド王国軍一万一千が、カラド平原で向かい合った。
カラドを率いるは老将オルドラン。四十年の戦歴で野戦に敗れたことがなく、「盤上の狐」と呼ばれる男である。
平原の東には低い丘があり、西には小川が流れる。カラド陣の右手奥には、小さな林があった。
先に陣を敷いたのはオルドランだった。中央に歩兵、左翼の丘寄りに騎兵の大部隊。軍旗がずらりと並び、その数は三十を超えた。
エルドの幕僚たちはざわめいた。
「狐の得意は、左からの騎兵の鉄槌です。丘側を厚くすべきかと」
セルヴァンは長いあいだ敵陣を見ていた。そして気づいた。旗の数に比べて、立ち上る土埃が少ない。
(旗が多いところに、兵はいない)
ならば、本当の兵はどこにいるのか。西の林は霧に沈んで見えなかった。
セルヴァンは決めた。左翼の小川側に重装歩兵を回し、中央はやや薄くする。丘には軽装兵を五百だけ送り、旗は三本しか持たせなかった。予備隊三千は、本陣の後ろに伏せた。
対するオルドランも、エルドの布陣を見て目を細めていた。
「丘に五百か。小僧め、こちらの旗を見破りおったな」
だが老将は笑っていた。見破られることまでが、狐の手のうちだったからである。
第二章 読み合い
霧が晴れた辰の刻、カラドの左翼騎兵が丘へ向けて動いた。
セルヴァンは予備を動かさなかった。やはり見せかけだ。案の定、騎兵は丘の麓で止まり、矢を射かけるだけで突っ込んでこない。
そのとき、西の林から喊声が上がった。
隠れていたカラドの精鋭歩兵二千が、小川を渡ってエルド左翼に襲いかかったのである。ここまではセルヴァンの読みどおりだった。厚くしておいた重装歩兵が、これを受け止める。
だが、敵の勢いは読みを超えていた。林から出てきたのは二千ではなく、三千を超えていた。エルド左翼がじりじりと押し下げられていく。
「将軍、予備を左へ!」
セルヴァンは予備のうち千を左翼へ送った。戦線はかろうじて持ちこたえた。
そして、気づいた。林の兵が多すぎる。それだけの兵をどこから出したのか。
カラドの中央歩兵の列が、明らかに薄くなっていた。
「中央が空いています。今なら突破できます!」
幕僚が叫ぶ。セルヴァンは答えなかった。
あまりにも、わかりやすすぎる。
オルドランほどの将が、中央の薄さを隠しもしない。それは、そこへ来いという誘いではないのか。中央を破って突き進んだ兵を、背後に伏せた予備で左右から挟み込む。古来の名将たちが好んだ、包囲の罠である。
セルヴァンは丘を振り返った。旗三本の丘を。
「伝令。丘の五百に伝えよ。合図があるまで、決して旗を増やすな」
そして残る予備二千に、中央への突撃を命じた。
第三章 決着
エルドの予備二千が、カラドの薄い中央へなだれ込んだ。
オルドランは本陣で静かにうなずいた。
「かかったな」
狐が手元に残していた最後の予備二千五百が、左右から動き出す。中央に食い込んだエルド兵を、袋の口を締めるように挟み込むためである。
だが、エルドの突撃隊は深入りしなかった。敵の列を半ばまで崩したところで足を止め、盾を並べて踏みとどまった。突破のための突撃ではない。敵の予備を引き出すための突撃だったのである。
その瞬間、丘の上で狼煙が上がった。
旗三本、兵五百のはずの丘から、二千の兵が駆け下りてきた。開戦前の霧に紛れて、セルヴァンが本陣の騎兵と歩兵を少しずつ丘の裏へ移していたのだ。旗は増やさずに。
丘の麓にいたカラド騎兵は、見せかけのために数を減らしていた。止めきれない。エルド兵はそのまま斜面を下り、中央へ向かって動き出したカラド予備隊の背後を突いた。
予備を失ったカラド軍は、もはや支えきれなかった。左翼が崩れ、中央が崩れ、林から出た精鋭も退路を断たれて降った。
正午を待たずに、戦は終わった。
オルドランは逃げなかった。本陣の床几に座ったまま、捕縛に来たエルド兵を待っていた。
引き出された老将は、セルヴァンに一つだけ尋ねた。
「丘の兵を隠そうと決めたのは、いつだ」
「霧が晴れる前です。あなたの左翼の旗が多すぎた」
「旗の多いところに兵はおらぬ。ならば、兵の多いところに旗はない、か」
オルドランは声を上げて笑った。
「わしの手で、わしを討ったな」
カラド平原の戦いは、盤上の狐が生涯ただ一度喫した野戦の敗北として、史書に刻まれている。