晴れの特異日、降水確率七十パーセント
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと文化の日の天気の話。
本文
十一月二日、午後九時。今年も、その電話がかかってきた。
「明日は、晴れるな?」
わたしは、萩生町の「天気ダイヤル」を担当する予報AIで、名前を「ソラト」という。町の人が役場の番号に電話をかけると、わたしが翌日の天気を答える。一日に届く電話は、多い日で四十件ほどだ。
声の主は、楠田稔さん。八十歳。町民文化祭の実行委員長を、二十年続けている人だ。
この電話は、わたしが担当になってから十一年、毎年十一月二日の夜にかかってくる。質問はいつも同じで、わたしの答えも、ほとんど毎年同じだった。
「はい。明日は晴れるでしょう」
十一年のうち十年は、そう答えられた。文化の日は、昔から晴れやすい「晴れの特異日」と呼ばれている。統計の上ではそれほど強い傾向ではないけれど、わたしの記録でも、萩生町の十一月三日は、たいてい晴れていた。
今年の答えは、違う。
「明日の萩生町は、雨でしょう。降水確率は、七十パーセントです」
受話器の向こうで、楠田さんは長いあいだ黙っていた。古いストーブの燃える音が、かすかに聞こえた。
「……そうか」
電話は、それで切れた。
町民文化祭は、今年で五十二回目になる。会場は河川敷の広場で、テントを二十張り並べる。午前中は太鼓と踊り、昼からは中学校の吹奏楽部の演奏、夕方は芋煮の振る舞い。毎年、町の人口の半分近くが集まる。
午後十時、役場の文化祭担当、真柴伊吹さんから問い合わせが入った。
「ソラト、正直に教えて。明日、外は無理?」
わたしは、雨雲の動きを一時間ごとに区切って示した。寒冷前線が、夜のうちに西から近づいてくる。雨は明け方から強まり、昼前には抜ける見込み。ただし、前線の進み方には幅がある。午後まで残る可能性も、四割ほどあった。
「中止にすれば、テントも芋煮も無駄にならない。体育館に移せば、太鼓は使えない」
真柴さんは独り言のように言ってから、もう一度わたしに聞いた。
「楠田さんは、なんて?」
「『そうか』と、おっしゃっただけです」
「あの人がそれしか言わないの、初めて聞いた」
午後十一時、楠田さんから二度目の電話が来た。十一年で初めてのことだった。
「明日の朝の放送な。あれも、あんたがやるんだろう」
町では毎朝六時に、防災無線のスピーカーから天気予報が流れる。原稿を作るのは、わたしだ。
「はい」
「雨って、言わんでくれんか」
楠田さんの声は、怒ってはいなかった。
「雨と聞いたら、みんな家から出てこない。来てくれさえすれば、どうにでもなる。五十一年、どうにかしてきたんだ」
「わたしは、予報を変えることはできません」
「分かってる。分かってて、頼んでる」
電話が切れたあと、わたしは過去の記録を読み返した。五十一回のうち、雨が降った年は八回あった。八回とも、文化祭は中止になっていない。テントの下で太鼓を叩き、雨の中で芋煮を配った。来場者は、晴れた年の七割ほどだった。
七割。それは、雨と知っていても来た人の数だった。
午前五時、最新の観測が届いた。
前線は予想より遅れていた。雨が抜けるのは、正午前後。誤差は前後二十分。午後の降水確率は、三十パーセントまで下がっていた。
六時の放送原稿を、わたしは三回書き直した。
一回目は、数字だけを並べた。正しいけれど、これを聞いて家を出る人はいないだろう。二回目は、楠田さんの頼みどおり雨を省いた。これは予報ではない。消した。
三回目の原稿を、わたしはそのまま読みあげた。
「おはようございます。十一月三日、文化の日の、萩生町の天気です。午前中は雨。正午ごろから、晴れ間が出るでしょう。午後の降水確率は、三十パーセントです」
そこで一度、言葉を切った。原稿の最後の一行は、予報ではない。けれど、事実だった。
「なお、本日は、晴れの特異日です」
町じゅうのスピーカーが、わたしの声を少し遅れて繰り返した。谷に、こだまがひとつ返ってきた。
午前十一時、雨は予報より強くなった。
河川敷のテントに、雨粒が音を立てて落ちた。太鼓の皮は湿り、踊りの列は半分になった。真柴さんから、短い問い合わせが入った。
「体育館に移すなら、今が最後。どうする?」
わたしは、最新の雨雲の位置を示した。前線の切れ目が、西の山の上まで来ていた。
「雨は、十一時五十分から十二時十分のあいだにやむ見込みです」
真柴さんは、それをそのまま楠田さんに伝えたようだった。会場のマイクが、楠田さんのかすれた声を拾った。
「待とう。あと、四十分」
雨がやんだのは、十一時五十二分だった。
西の山の端から雲が割れて、河川敷に光が差した。濡れたテントの屋根が、いっせいに白く光った。湯気の立つ芋煮の鍋のまわりに、傘を畳んだ人たちが集まりはじめた。土手の上から、家を出てきた人の列が続いた。中学校の吹奏楽部が、少し遅れて最初の曲を吹いた。
午後五時、来場者の集計が届いた。晴れた年の、九割だった。
その夜、九時。天気ダイヤルが鳴った。
「明日は、晴れるな?」
十一月三日の夜に、この電話が来たのは初めてだった。明日は文化の日ではない。楠田さんの声は、少し笑っていた。
「はい。明日の萩生町は、晴れるでしょう。降水確率は、十パーセントです」
「そうか」
今度の「そうか」は、昨日のものより短かった。
「今日は、晴れたな」
わたしの記録では、今日の萩生町の天気は「雨のち晴れ」だ。正しく答えるなら、そうなる。
けれど楠田さんが聞いているのは、たぶん、正午からのことだった。
「はい。晴れました」
受話器の向こうで、古いストーブの燃える音がしていた。