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清書してちょうだい

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/5 📝 2,213文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

昭和八年三月、横浜・山手の柊女学院。卒業式の前の晩、寮の七号室で、字が自慢の四年生・真柴千鶴は、憧れの五年生・久世冴子への手紙をすみれの便箋に清書し終えていた。明日の朝、礼拝の前に讃美歌集へ挟めば、あとはリボンを待つだけ。そこへ、字の下手な同室の杉浦春江が、鉛筆書きの手紙を差し出す。お礼は干し芋二枚、宛名は空けておいて――。消灯の十一時まで、千鶴は他人の手紙を一行ずつ写していく。

本文

廊下の柱時計が鳴りはじめた。春江は網の干し芋を指で裏返しながら数えていて、「八時」と言って手を止める。九つ目が鳴ったので、私はそれを教えてあげた。

「九つよ」

春江は返事のかわりに、隣の一枚を裏返した。

私は窓際の机で、すみれの便箋を電灯の下に傾けた。乾いていないインクは光る。二枚とも、もう光らない。二枚目の半ばに、いちばん気に入っている一行がある。帳面に控えた百ほどの文句の中から、三晩かけて選んだ。春江の机には、私が先週貸した『少女の友』の三月号が伏せてあった。

明日は六時半の礼拝の前に礼拝堂へ行き、オルガンの譜面台にある久世様の讃美歌集に、この二枚を挟む。郵便に出せば、小田切先生が封を切ってしまう。

「明日の朝は六時前に出るから、三つ編みは自分で編むわ」

春江の指が、網の上の干し芋に載ったまま止まった。

春江が何か言った。私はそのとき、結びの一行を「ます」で終えるか「ましょう」で終えるかを考えていた。

「え?」

「いいの、いいの」

いちばんよく焼けた一枚を裂いて、春江は大きいほうを私の机の端に置いた。自分は小さいほうを、前歯で端から削るようにして食べる。

戸を叩いたのは久世様だった。昼のうちに春江が端のほつれを繕った臙脂のリボンを、受け取りにいらっしゃる。片手には、赤鉛筆の入った答辞の紙。

「明日のお稽古をなさっていたのですか」と私は聞いた。

「直してくださった文を、わたくしの声で読むだけですのよ。それでいいの」

春江がリボンを差し出しながら聞いた。

「久世様、そのリボン、明日はどなたに?」

久世様は私の顔をご覧になった。

「リボンなんて。……いやよ、そんな顔なさらないで」

笑って出ていかれた。一号室にはもう行李が三つきりで、五月には東京へお発ちになると聞いている。麻布のお宅へ。あのお返事は、ご謙遜だろう。それより、春江があんなことを聞いたのが気にかかる。春江も、久世様のリボンが欲しいのかしら。

九時半を回ったころ、春江が鉛筆書きの帳面の紙を二枚半、私の机に置いた。

「真柴先生、これ清書してちょうだい。お礼は干し芋二枚」

「どなたに出すの」

「宛名は空けといて。そこだけは、あたしが自分で書くから。それと、中は読まないで、字だけ写して。読まれたら恥ずかしいもの」

「久世様に、ね」

春江は火箸で炭をつついた。

「貸してごらんなさい。字面だけ見て、ちゃんと写してあげるわ」

インクがはねないよう、すみれの便箋は机の引き出しにしまった。無地の便箋を出して、万年筆の蓋を取る。先は読まずに、一行見ては一行書いていく。

『一年生の秋、礼拝堂の裏で、ほどけたくつのひもを結んでもらいました』

「字、きたないでしょ」

「中は読んでいませんわ」

『固すぎて、あたしはその晩、はさみで切りました。今でも言っていません』

久世様にも、不器用なところがおありらしい。面白くなかった。「くつのひも」は「靴の紐」に、「あたし」は「私」に直して写す。春江は戸口側の机で頬杖をついて、私の手もとを見ていた。何も言わない。

十時の柱時計を、私は顔を上げずに数え終えた。

『毎朝、髪を編むあいだ、あなたわ口の中でずっと、ほかの人への手紙を直しています』

この部屋で毎朝、髪を編まれているのは私だけだ。

ペン先が止まった。無地の便箋に、ブルーブラックが一点にじんで広がっていく。

「春江さん、前から申し上げようと思っていたのですけれど、あなたはいつも『は』と『わ』を取り違えていらして、この行もそうですから、一度ご自分でお直しになったほうがよろしいわ。それから、これは、どなたに宛てたお手紙なのかしら」

春江は答えずに火鉢へ戻り、網の干し芋を裏返した。

「そんなこと、どこに書いてあった? ……書いてあるだら、そこに」

一年生の秋、礼拝堂の裏で春江の靴の紐を結んだのは、私だった。ほどけないように、固く結んだ。

読まないで写して、と春江は言った。けれど写させれば、私は一字も飛ばさずに読む。四年同じ部屋にいれば、それくらいは知られている。

ペンを置いて、読まないでと言われた金釘流の字を、私は自分の目で終わりまで読んだ。

『あなたの手紙の文句は、あたしも同じ号で読みました。でも「ちゃんと」は、どこにも載っていません』

万年筆に、私は黙って蓋をはめた。

一度だけ、引き出しに目をやった。明日の六時半、譜面台。

「清書は、いたしませんわ」

「いいの、いいの。もう、いいだに」

春江は私に背を向けて、網の干し芋を一枚ずつ返しはじめた。二枚半は、私の机の上にある。

私は立って、それを自分の手で取った。

「あなたの字のまま、いただきたいの」

春江の背中が動かなくなった。私は筆立てから鉛筆を抜いて、春江の手に握らせた。爪は短く、指の節が太い。指先には網の熱がまだ残っていて、私の指に鉛筆の粉がついた。

「宛名は、ご自分でお書きになるのでしょう」

春江は二枚半の頭に、大きく右に傾いた字で「千鶴さん」と書いた。「鶴」の横棒が一本足りない。私は口を開きかけて、直さずにおく。赤鉛筆の入った久世様の答辞が、頭をかすめた。

柱時計が鳴りはじめた。私は宛名を見ていて、いくつ目からか分からなくなった。

「いくつでした?」

「十一」

春江がそう言うのと同時に、電灯がいっせいに消えた。火鉢の炭だけが赤い。

私は、春江の声のしたほうへ言った。

「明日の朝も、編んでちょうだい」

すみれの便箋は、引き出しの中に入ったままだ。

暗がりで、火箸が一度、火鉢の縁に当たった。

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百合......良いよね......

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