序章:2026年9月25日・G県N市国道256号線
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
Kindle電子書籍「心(理×)霊カウンセラー」のスピンオフ第3弾 街の何でも屋。自称探偵・原アイラが理不尽な社会を締め上げる!? 「謎を解かない系探偵」が出会う怪異「中年ハンマー」の悲劇とは?
本文
その日の雨の勢いをどう表現すればいいだろう。【しとしと】とするには強く、【ザーザー】とするには弱い。車の間欠ワイパーを、どの設定にするか決めかねる絶妙な微妙感。そんな勢いの雨の中、G県N市T町から市内へ向けて一台の美しさ際立つ赤色の車が走っている。
マツダCX-3・XD。G県N市で自称探偵をしている原アイラの友人、バイク雑誌にコラムを持つライター、モトブロガー川崎ハルナの車だ。平日の午前中ということもあり交通量は比較的少なく、車の流れを言えば快調の一言で誰もが理解できるそんな中、喪服を着た二人の女性を乗せたこの車は国道246号線を何やら微妙に重い空気を積んで走っていた。
この車の持ち主「川崎ハルナ」がハンドルを握り、助手席には「原アイラ」が座る車内。お互いバイク好きの二人は、地元のバイク愛好家のクラブで知り合って以降意気投合し、時にアイラはハルナの仕事の手伝いのためカメラマンとして共に長距離ツーリングに出かける仲だ。
いつもであれば、顔を合わせればバイクに関する雑談で盛り上がるはずの二人。だが、いつもに反して会話は無く、車内の重い空気が漂っているのは、今二人は「地元のバイク愛好家クラブ会員の葬儀の帰り」だからである。
◇◆◇
藤前コウジ。享年五十歳。初代ホンダ・ゴールドウイングにこだわる大柄で豪快な勢いのあるいい意味で言うなら「ワイルドガイ」。その突然の訃報に、クラブのLINEが騒然となったのは三日前の9月22日16時。
この時ハルナとアイラは北海道で動画撮影を終え、函館発のフェリーで青森港に着いたばかりだった。六曜の関係で通夜が24日、葬儀が25日の10時からと確認し二人は25日の葬儀に参列することにして、23日から2日間かけてG県に戻ることになった。
同じクラブに在籍しているとはいえ藤前は、二人にとってそれほど繋がりの深くないメンバー。だが、同じクラブに在籍している「仲間」である以上、素知らぬ顔をしているわけにもいかない。本来は動画撮影をしながら3日ほどをかけて、ゆっくり戻る予定の二人だったが、1日予定を早めて二人がG県N市に着いたのは24日の23時。
そして今、雨降る9月25日の11時30分35秒。葬儀への参列を終え国道256号線をN市内へ向かって走っているのである。
◇◆◇
「五十歳で突然死なんてね…」
葬儀への参列以降、帰りの車内の14分59秒間の沈黙のカーテンを静かに開いたのはハルナだった。その表情は【無】と表現しても誰もが頷くだろう。アイラは彼女の言葉に「そうだなぁ」と相槌と共にそう返して、胸の前で両手を組み小さな息を【ホッ】と一つ吐く。
「でも私、こんなことを言うのもどうかと思うけど、ちょっとホッとしている。私、あの人苦手だったから。」
雨の降る道を走る二人だけの車内。ここでの会話は誰にも聞かれることはない。必然的に二人の秘密の会話になる。それだからかハルナは、アイラに以前から内に秘めていた心のうちを【ポツリ】と打ち明けた。
「それ、何となくわかっていた。まあ、俺もどちらかといえばハルナと同じ気持ちだしさ。」
アイラも同じように、ハルナへと【ポツリ】と打ち明ける。二人とも藤前のことを『よく言えば豪快な男・悪く言えば俺様気質』という共通認識を持っていたからだ。二人が葬儀に参列したのも、弔意からではない。同じクラブに在籍している者として、義理を果たすためだった。
「ホントあの時は俺、ドン引きだったしさ。」
アイラのその言葉だけでハルナも【あー、あれね】と理解を完了できるほど印象に残っている出来事を思い浮かべた二人。クラブに新しく入った若い男性の250ccスポーツバイクを見てあからさまに排気量マウント発言。大型以外はバイクじゃないと言わんばかりの発言で場の空気を南極の氷も凍えるかの如くの極寒にまで落としたあの出来事。
(……あ~、嫌なこと思い出した)
アイラはドア側にもたれ掛かるように頬杖をつき、苦虫を噛み潰したような表情で雨粒が【ススス】と流れる窓の外に視線を向ける。それはハルナも同じようだが、ハルナの目線はワイパーとの微妙な駆け引きを今も続けているフロントウインドウを伝う雨粒の方、よそ見することなくしっかりと前を向いていた。
◇◆◇
依然として絶妙な微妙感のまま、雨は降り続ける。少し変わったのは、【しとしと】とするには強く、【ザーザー】とするには弱いが、【しとしと】にしては弱く【ぱらぱら】にしては強いというところなのだが、やはりそれは車の間欠ワイパーを、どの設定にするか決めかねる絶妙な微妙感であることに変わりはなかった。
「そういやさ、最近うちの近所で救急車のサイレンをよく聞くんだよな」
「え、N市もそうなの?」
急な話題の変化だったものの、アイラの言葉に間髪入れず反応したハルナと、そのあまりの間の無さに驚くアイラ。
「なんだよ、E市もそうなのか?」
「うん、9月に入ってからかな。気持ち多い気がするのよね。仕事中なんかだと、プツっと集中力が途切れちゃうから、イーってなっちゃう。」
「イーってって……」
十二歳年上(年齢を二十九歳と偽っているアイラから見れば、本当はハルナの方が相当年下なのだが)のハルナが時折見せる四十代の大人の女性とは思えない仕草。そんなところが彼女を見た目年齢二十代、密かにモトブロガー界の美魔女と呼ばれている所以なのだろう。前々からそう思っているアイラは、ハハハと笑い話を続けた。
「ハルナの仕事柄、サイレン音は嫌だよな。」
「ホント、こんなこと言うのはよくないと思うけど原稿書いているときに【ウゥゥゥゥー】って聞こえるとびっくりして集中が途切れちゃったり、考えていた文章がそのせいで飛んじゃったりするからね。そんな時は本当に、イーってなっちゃう。」
「何というか、わからなくもないなぁ、それ。」
そのときだった。
【ぽぽぽぽ・ぽぽん】と、アイラのスマートフォンがメールを着信したことを知らせた。手早くそれを手に取り、画面を確認する。
「お、カレンからだ。」
「黄泉野さんから?」
「そうそう……これは――仕事だな。」
画面を見て送り主を確認すると、アイラはサッとスマホをポケットに戻し【ふう】と一息吐く。その【ふう】にハルナは、
「なに、気が進まない仕事?」
「いや、仕事に気が進むも進まないもないって。むしろ有難い話だぜ。」
「ふふ。それじゃあ、私もアイラにいろいろお願いしちゃおうかな。」
「はははは、いいけどさ。ハルナからの時はお手柔らかにって言っておかないとなぁ。」
先日ハルナから受けた仕事「北海道ツーリング動画の撮影カメラマン」を思い出すアイラ。それは仕事ながらもたしかに楽しく良い思い出になったと感じていたが、同時に移動距離の長さという大変な記憶も溢れ出し、アイラは思わず心の中で半歩身を引くのだった。
◇◆◇
あれから十五分が過ぎる頃、アイラは自宅マンション前にあるバス停で車を降り、ハルナの「次の仕事は近い場所だからよろしく」の言葉に笑い合ってその日は別れた。時計はもうすぐ正午を――「昼食時」を知らせようとしている。
だが、どこかへ昼食を取りに行くにも喪服のままというわけにもいかない。アイラはひとまず、マンションに戻って普段着に着替えることにした。
部屋の扉を開け、雨模様のため薄暗い室内に灯りを点ける。そしてポケットに入ったスマホをソファーにポイっと投げ置き、ふう、と一息。その一息は、とりあえず俺、お疲れ!と自身に声をかける意味と同時に、一応義理は果たしたぞという可もなく不可もない気持ちの区切りとも見えるものだった。
そのとき、アイラはふとカレンからのメールを思い出す。
二人は滅多に電話で連絡を取り合わない。よほど緊急でない限りは確実に履歴の残るメールで十分事足りるからだ。そして、メールの内容は――
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
Karen_Yomino
宛先:Aira_Hara
件名:仕事の依頼
おつかれさま。北海道はどうだった?
まだ疲れている中かもしれないけど、お願いしたい仕事があります。
9月26日(土)2時。ヨミノカウンセリング室へお願いします。
ヨミノカウンセリング室
室長:黄泉野カレン
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
普段であればなんてこともない仕事の依頼メールとして受け止めているのだが、今回は少し違っていた。
いつもカレンからの仕事を受けるときは、メールで完結することが多く会って話を聞くことはあまりない。だが今回は、会って話をすることに加え、時間の指定までついてきた。
その時間――9月26日(土)2時。
いつもであればカレンとは「13時から20時」と「2時から3時」を外した時間で顔を合わせている。何故ならその時間、彼女はヨミノカウンセリング室で仕事をしている時間帯だからだ。
それなのに、メールには「9月26日(土)2時」と明記されている。
「なんだろうなぁ~」
喪服から普段着のダメージジーンズと白いシャツに着替えながら、アイラはふんわりとそんなことを考えていた。
この、いつもとは違う仕事依頼メールが、自称探偵・原アイラの今日から三週間の、何とも言えない結末への入り口になることを、この一件に関わる全ての者はまだ気づいてはいなかった――