サラミス戦記(サラミスの海戦を題材にしています)
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あらすじ
第一章 木の壁 アテナイの南、ラウリオンの山から銀が湧き出たのは、ペルシアの大軍が来る三年ほど前のことであった。掘れば掘るほど出る銀に、市民は沸いた。「この富は、市民ひとりひとりに分けるべきだ」。広場ではそんな声が大きくなっていた。
本文
第一章 木の壁
アテナイの南、ラウリオンの山から銀が湧き出たのは、ペルシアの大軍が来る三年ほど前のことであった。
掘れば掘るほど出る銀に、市民は沸いた。「この富は、市民ひとりひとりに分けるべきだ」。広場ではそんな声が大きくなっていた。
そのとき、一人の男が壇に上がった。テミストクレスである。名家の生まれではない。だが弁が立ち、人の心の動きを読むことにかけては、右に出る者がいなかった。
「この銀で、船を造ろうではないか」
市民はざわめいた。分ければ懐が潤う銀を、なぜ船に変えねばならぬのか。テミストクレスは、遠いペルシアの名を口にしなかった。代わりに、海を隔てた隣の島アイギナの名を挙げた。長年アテナイと争い、海で幾度も苦汁をなめさせてきた相手である。
「アイギナに勝つには、船が要る」
目の前の敵の名は、人々の心をたやすく動かした。こうしてアテナイは、三段櫂船を次々と造り始めた。三段に並んだ漕ぎ手が櫂をそろえて漕ぎ、船首に付けた青銅の衝角で敵船に体当たりする軍船である。
テミストクレスの本当の狙いは、別にあった。十年前、マラトンの野でアテナイはペルシアの軍を退けている。しかし、あの大国がそれで諦めるはずがない。次に来るときは、陸だけでなく海からも、比べものにならぬ大軍で来る。そう彼は見ていた。
その読みは当たった。
ペルシアの先王ダレイオスの跡を継いだクセルクセスが、ついに動いたのである。帝国の四方から兵を集め、海峡に船を並べて橋をかけ、陸と海の両方から西へ進んでくるという。その数、百万とも号した。
アテナイの人々は震え上がり、デルフォイのアポロンの神殿へ使者を送った。最初に下った神託は、あまりに恐ろしいものであった。逃げよ、地の果てまで逃げよ、と。
使者たちは嘆き、もう一度ひざまずいて祈った。すると巫女は、新たな言葉を告げた。
「木の壁のみが、汝らを守るであろう。神聖なるサラミスよ、汝は女の産みし子らを滅ぼすであろう」
アテナイに持ち帰られたこの言葉をめぐって、議論は割れた。老人たちは言った。「木の壁とは、アクロポリスを囲むいばらの垣のことだ。あそこに立てこもれというお告げだ」。神託を読み解く者たちは言った。「サラミスで滅ぶとある。海で戦えば我らは負けるのだ。この地を捨て、よそへ移るべきだ」
テミストクレスは、静かに首を振った。
「もしサラミスでアテナイ人が滅ぶというなら、神は『むごいサラミス』と言ったはずだ。だが神は『神聖なるサラミス』と言った。滅ぶのは敵のほうだ。そして木の壁とは、船のことである」
人々は彼の言葉を選んだ。アテナイの運命は、銀から生まれた船に託されることになった。
第二章 燃える都
紀元前四百八十年の夏。ペルシアの大軍は北からギリシアへなだれ込んだ。
ギリシアの諸国は、スパルタを盟主として手を結んだ。陸ではスパルタ王レオニダスが、山と海に挟まれた狭い道テルモピュライに陣を敷いた。海では連合艦隊が、その沖合のアルテミシオンに集まった。陸と海の両方で、敵を同時に食い止めようという策である。
艦隊の総大将は、スパルタのエウリュビアデスであった。アテナイは最も多くの船を出していたが、他の国々は「アテナイの指図は受けぬ」と言った。テミストクレスは争わなかった。「ギリシアが一つにまとまるなら、誰が上に立とうと構わない」。そう言って、彼は総大将の座を譲った。
アルテミシオンの海で、ギリシア艦隊はペルシアの船と三日にわたって戦った。嵐にも助けられ、互角の戦いを演じた。だが、そこへ陸から悲報が届いた。
テルモピュライ、破れる。
裏道を知る土地の者が敵に通じ、ペルシア軍は山を越えてギリシア軍の背後に回ったという。レオニダスは味方の多くを退かせ、三百のスパルタ兵とわずかな者たちだけで残り、最後の一人まで戦って果てた。
陸の守りが崩れた以上、海にとどまる意味はない。艦隊は南へ退くことになった。
去り際、テミストクレスは船を水場に寄せ、岸の岩に言葉を刻ませた。それはペルシア軍に加わっているイオニアのギリシア人に向けたものであった。
「イオニアの者たちよ。父祖の地に刃を向けるのは正しいことではない。我らの側につけ。それができぬなら、せめて戦いの場では手を抜け」
イオニア人の心が揺らげばよし。揺らがずとも、ペルシア王がそれを読めば、イオニア人を疑うだろう。どちらに転んでも損はない。テミストクレスとは、そういう男であった。
艦隊がアテナイの沖に戻ったとき、もはや都を守る手立てはなかった。ペルシアの陸軍は、すでにすぐそこまで迫っていた。
アテナイの民会は決めた。都を捨てる、と。
女や子ども、老人たちは、船でサラミスの島や、対岸のトロイゼンへ渡った。戦える男たちは軍船に乗り込んだ。家財を背負う者、泣き叫ぶ子の手を引く者。港は人で埋まった。飼い主に置いていかれた犬が、船を追って海へ飛び込み、泳いでサラミスまでたどり着いて息絶えたという話も、のちまで語り継がれた。
やがてペルシア軍が、からっぽの都へ入った。
アクロポリスの丘には、神託の「木の壁」を信じたわずかな者たちが、木の柵を築いて立てこもっていた。彼らは石を落として激しく抵抗したが、ペルシア兵は崖をよじ登って丘の上に現れた。守る者たちは討たれ、神殿には火が放たれた。
サラミスの浜から、アテナイの人々はそれを見ていた。父祖が祈りを捧げてきた丘から、黒い煙が空へ昇っていく。
都は燃えた。残ったのは、海に浮かぶ船だけであった。
第三章 国なき者
アクロポリスが燃えたという知らせは、サラミスに集まった諸国の将たちを大きく揺さぶった。
軍議が開かれた。総大将エウリュビアデスのもと、各国の将が顔をそろえる。口火を切ったのは、ペロポネソス半島の国々であった。
「アテナイはもう落ちた。ここで戦う理由はない。コリントスの地峡まで退き、陸の守りと力を合わせてペロポネソスを守るべきだ」
地峡ではすでに、スパルタなどの兵が石を積み、壁を築いていた。そこまで退けば、陸軍と並んで戦える。多くの将がうなずいた。中には、話し合いが終わる前に船へ戻り、帆を上げる支度を始める者さえいた。
テミストクレスは立ち上がった。
「地峡まで退けば、広い海で戦うことになる。我らの船は敵より少なく、重い。広い海では囲まれて終わりだ。それに、ここを離れれば艦隊はばらばらになる。それぞれが自分の国へ逃げ帰り、ギリシアは一つの軍として戦えなくなる」
そのとき、コリントスの将アデイマントスが口をはさんだ。
「競走では、合図より先に飛び出した者は鞭で打たれるものだぞ、テミストクレス」
「だが、出遅れた者が勝利の冠を得ることもない」
テミストクレスは言い返した。アデイマントスはさらに嘲った。
「国を失った者に、口を開く資格があるのか。まずは自分の国を見せてから物を言え」
アテナイはすでに敵の手に落ちている。国のない男に、よその国の行く末を決める権利はない、というのである。
テミストクレスの目に、怒りの火が灯った。
「たしかに、我らは家も都も捨てた。だが、それは生き延びるためだ。我らにはまだ二百の船がある。それを漕ぐ兵がいる。この船こそが、我らの国だ。今のギリシアに、これほどの国を持つ者がほかにいるか」
議論はますます熱を帯びた。エウリュビアデスは苛立ち、手にした杖を振り上げた。周りの者たちは息をのんだ。
しかしテミストクレスは、一歩も退かずに言った。
「打つなら打て。だが、聞け」
その落ち着きに、エウリュビアデスの手が止まった。テミストクレスは総大将に向き直り、最後の言葉を投げた。
「もしあなたが退くというなら、我らアテナイ人は妻子を船に乗せ、イタリアへ渡る。あちらには古くから我らのものとされる土地がある。そうなったとき、アテナイの船を失ったあなた方は、どうやって敵と戦うつもりか」
将たちは黙り込んだ。アテナイの艦隊がいなくなれば、連合艦隊は半分近くを失う。それはもはや戦いではなく、ただの敗走である。
エウリュビアデスは、ついに決めた。サラミスにとどまる、と。
だが、それで心がそろったわけではなかった。ペロポネソスの将たちは陰で不満を漏らし続けた。自分の国が危ういのに、なぜアテナイのために、この狭い島に閉じこもらねばならないのか。
そこへ、さらに悪い知らせが届いた。ペルシアの陸軍が、地峡に向かって動き出したというのである。
夜になって、再び軍議が開かれた。今度こそ、退こうという声が勝ちそうであった。
テミストクレスは、そっと席を立った。
第四章 夜の使者
その頃、ペルシアの陣でも軍議が開かれていた。
ファレロンの浜に集まった艦隊の将たちを前に、クセルクセスは問いかけた。サラミスにこもるギリシア艦隊に、海で戦いを挑むべきかどうか。
将たちは口をそろえた。「戦うべきです」。王の望む答えが何であるか、皆よく分かっていたのである。
ただ一人、違う答えを返した者がいた。小アジアの町ハリカルナッソスを治める女王、アルテミシアである。夫を亡くしたあと自ら国を継ぎ、五隻の船を率いてこの遠征に加わっていた。
「王よ、海で戦うのはおやめください。海の上では、ギリシア人は我らよりはるかに強うございます。王はすでにアテナイを手に入れられました。このまま陸軍をペロポネソスへ進めれば、ギリシアの船は自分の国を守ろうとして散り散りになるでしょう。戦わずとも、勝てるのです」
周りの者たちは、彼女が王の怒りを買うのではないかと案じた。だがクセルクセスは、むしろその率直さを喜んだ。それでも、決定は変わらなかった。アルテミシオンで勝ちきれなかったのは、自分がそこにいなかったからだ。今度は自らの目で見守る。そうすれば兵は奮い立つ、と王は考えたのである。
その夜、ペルシアの陣に一艘の小舟がやってきた。乗っていたのは、シキンノスという男であった。テミストクレスの召使いで、その子どもたちの守り役でもある。
シキンノスは、主人に教えられたとおりの言葉を伝えた。
「私はアテナイの将テミストクレスに遣わされて参りました。わが主は、心の底では王の味方でございます。ギリシアの者たちは恐れおののき、仲間割れし、今宵にも逃げ出そうとしています。今こそ好機です。逃げ道を塞げば、ギリシアの艦隊をまとめて討ち取ることができましょう」
そう言い終えると、シキンノスは闇の中へ去っていった。
クセルクセスはこれを信じた。ギリシアの将たちが争っていることは、ペルシア側にも聞こえていたからである。王は命じた。夜のうちに艦隊を動かし、サラミスの海峡の出口をすべて塞げ。さらに、海峡に浮かぶ小島プシュッタレイアに兵を上陸させよ。戦いになれば、流れ着いた敵を討ち、味方を救うためである。
闇の海を、ペルシアの船が静かに進んでいった。漕ぎ手たちは一睡もせず、朝まで櫂を握り続けた。
一方、ギリシアの軍議はまだ続いていた。退くか、とどまるか。声を荒らげる将たちの外に、一人の男が訪ねてきた。
アリステイデス。「正義の人」と呼ばれたアテナイの政治家である。かつてテミストクレスと激しく争い、陶片追放によって国を追われていた。だが国の危機にあたって追放は解かれ、彼は島から島へと渡ってきたのだった。
アリステイデスはテミストクレスを呼び出して言った。
「我らが争うのは、いつでもいい。だが今は、どちらがより国のために尽くすかを争おうではないか。知らせがある。もはや退くことはできない。私は敵の船のあいだを抜けてここへ来た。海峡の出口は、すでにすべて塞がれている」
テミストクレスは、かつての政敵の顔を見つめた。そして打ち明けた。
「それは、私が仕組んだことだ。将たちが自ら進んで戦わぬなら、戦わざるを得なくするしかなかった。だが私が言っても、彼らは信じまい。あなたの口から伝えてくれ」
アリステイデスは軍議の場に入り、見てきたことを語った。それでも疑う者がいたが、まもなくペルシア側から寝返ってきた船が着き、同じことを告げた。
退く道は、もうない。
将たちはようやく覚悟を決めた。夜明けは、もうすぐであった。
第五章 海峡の朝
夜が明けた。
サラミスの島と本土とのあいだに横たわる海峡は、狭いところでは幅わずか一・五キロほど。その入り口に、ペルシアの大船団がひしめいていた。フェニキアの船、エジプトの船、イオニアの船。帝国の海の力が、ここに集められていた。
対岸の丘の上には、黄金の玉座が据えられていた。クセルクセスはそこに腰を下ろし、そばに書記たちを控えさせていた。手柄を立てた者の名と国を、一人残らず書き留めるためである。
ギリシアの浜では、テミストクレスが兵たちに語りかけていた。人の生き方には、よいものと悪いものがある。どちらを選ぶかは自分次第だ。そう言って、彼は船に乗り込んだ。
やがて、ギリシアの艦隊から賛歌が響いた。
朗々とした歌声が、海峡の岩壁にこだまする。それに続いて、ラッパの音。漕ぎ手たちの掛け声。ペルシアの兵たちは驚いた。逃げようとしているはずの敵が、歌いながら向かってくるのである。
ギリシアの船が漕ぎ出した。いったん少し下がり、敵を海峡の奥へと誘い込む。そして、一隻のアテナイの船が飛び出し、敵船に体当たりした。それを合図に、両軍がぶつかった。
ペルシアの船は、夜通し漕ぎ続けた疲れを抱えていた。そのうえ、狭い海峡に次々と後ろから船が押し寄せる。前の船は退こうにも退けず、横の船とぶつかり、櫂と櫂が絡み合った。
そこへ、ギリシアの三段櫂船が突っ込んだ。船首の青銅の衝角が、敵船の横腹を突き破る。木が裂ける音、海に投げ出される兵の叫び。ペルシアの兵の多くは泳ぐことを知らず、重い鎧とともに沈んでいった。一方のギリシア兵は、船が壊れても泳いでサラミスの岸へたどり着いた。
混乱のさなか、ひとつの出来事があった。
女王アルテミシアの船が、アテナイの船に追われていた。前には味方の船がふさがり、逃げ場がない。そのときアルテミシアは、ためらわず舵を切った。前にいた味方の船に、全力で体当たりしたのである。
その船は沈んだ。追ってきたアテナイの船は、彼女の船をギリシア側の船か、寝返った船だと思い込み、追うのをやめて去っていった。
丘の上でこれを見ていたクセルクセスのそばで、誰かが言った。「王よ、ご覧ください。アルテミシアが敵の船を沈めました」。王は感じ入り、こう言ったという。
「わが軍の男たちは女となり、女たちは男となった」
沈められた船の乗り手は、一人も生き残らなかった。真相を王に告げる者は、誰もいなかったのである。
戦いは、日が傾くまで続いた。
その間に、アリステイデスはアテナイの重装の兵を率いて小島プシュッタレイアへ渡った。前の晩、ペルシア王が流れ着く敵を討つために送り込んでいた兵たちがいる島である。今や海に投げ出されているのは、ペルシアの兵のほうであった。アリステイデスは島の敵を、ことごとく討ち取った。
夕暮れ、海峡には壊れた船の破片と、数え切れぬ亡骸が浮かんでいた。それらは潮に流され、遠くの浜にまで打ち上げられた。
クセルクセスの書記たちが書き留めたのは、手柄の記録ではなかった。帝国の艦隊が敗れていくさまであった。
第六章 勝者の行方
敗れたクセルクセスは、恐れた。
ギリシア艦隊が勢いに乗って北へ向かい、自分が海峡にかけた船の橋を壊してしまえば、アジアへ帰る道がなくなる。王の心を見抜いていたのは、またしてもアルテミシアであった。
「王よ、ご自身はアジアへお戻りください。この地には将軍マルドニオスと兵を残せばよろしいのです。マルドニオスが勝てば、それは王の手柄。負けたとしても、王さえご無事なら、失うものはわずかです」
クセルクセスはこの言葉に従い、軍の多くを率いて北へ去った。アテナイの都を焼いた王は、二度とギリシアの地を踏むことはなかった。
ギリシアの側では、勝利を祝う声が上がった。戦いのあと、諸国の将たちは地峡のポセイドンの神殿に集まり、この戦いで最も手柄を立てた者を決めることにした。それぞれが、一番と二番にふさわしい者の名を書いて投じるのである。
開いてみると、おかしなことになっていた。将たちはみな、一番に自分の名を書いていた。そして二番には、ほとんどの者がテミストクレスの名を書いていたのである。
ねたみが邪魔をして、褒美は誰にも与えられなかった。だがその名声は、ギリシア中に響き渡った。スパルタは彼を招いて、オリーブの冠と国一番の戦車を贈り、帰りには三百の精兵に国境まで見送らせた。スパルタが他国の者にそれほどの礼を尽くしたのは、後にも先にもないことだったという。
翌年、残されたマルドニオスの軍は、プラタイアの野でギリシア連合軍に敗れた。同じ頃、海でもギリシア艦隊が勝利を収めた。ペルシアがギリシアを呑み込もうとした大遠征は、ここに終わった。
焼け跡に戻ったアテナイの人々は、都を建て直した。テミストクレスは、二度と敵に攻め込まれぬよう城壁を築かせ、港を整えた。アテナイは海の国として栄え、やがてギリシアの中心となっていく。
だが、人の心は移ろいやすい。
救国の英雄はやがて、あまりに名を誇りすぎると疎まれるようになった。自ら建てた神殿に、己の知恵をたたえるような名をつけたとも、手柄を何度も語りすぎたともいう。サラミスから十年ほどののち、テミストクレスは陶片追放によってアテナイを追われた。さらにペルシアに内通したとの疑いをかけられ、ギリシアのどこにも身を置けなくなった。
逃れに逃れた末に、彼がたどり着いた先は、ペルシアであった。
王はすでにクセルクセスから、その子アルタクセルクセスへ代替わりしていた。かつてペルシアの艦隊を海に沈めた男を、若い王は迎え入れた。そして小アジアの町マグネシアなどを与えて治めさせた。テミストクレスはそこで年を重ね、生涯を終えた。
狭い海峡に大軍を誘い込み、帝国を打ち破った知恵者も、故郷の人々の心を読みきることはできなかったのである。
サラミスの海は、今も変わらず静かに波を寄せている。
後書き
サラミスの海戦は、調べれば調べるほど面白い話でした。
大軍を破ったのは、力の強さよりも「戦う場所の選び方」だったんですよね。広い海なら負ける。だから狭い海峡に誘い込む。自分たちが力を出せる場を選ぶというのは、戦に限らず大事なことなんだろうなと思います。
それから、テミストクレスはずっと人の心を読んで動かしてきた人でした。市民も、味方の将も、敵の王も。それなのに最後は、故郷の人たちの心を読みきれずに追われてしまいます。
勝った人が、ずっと勝ち続けるわけではない。思い通りにいかないのが人の心、ということなのかもしれません。
個人的に好きなのは、政敵だったアリステイデスとの場面です。「争うのはいつでもいい。今は、どちらがより国のために尽くすかを争おう」。こういう大人でありたいものです。
長いお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。