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第五話 三国会議の招集

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📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: Reincarnation -Record of memories- 📝 12,179文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。

本文

シェイン王国に、朝の鐘が鳴った。

それは普段の起床を告げる鐘ではなかった。

もっと重く、もっと低い音。

城に仕える者たちは、その鐘を聞いた瞬間に足を止めた。

兵たちは剣の手入れを中断し、魔法兵たちは詠唱の途中で顔を上げた。

リトルヴァルキリーたちもまた、訓練場へ向かう途中で立ち止まった。

三国会議。

その招集が正式に決まったのだ。

シェイン、ベイル、テリア。

三つの王国が一つの場に集まり、同じ議題について話し合う。

それは決して珍しいことではない。

ヴァルキリートーナメントの日程調整や、復興地域の分担、国境付近の魔物討伐など、三国が協力しなければならない事柄は多い。

だが、今回の空気は違った。

議題の中心は、二つ。

一つは、レッドフラッグス。

どの国にも属さず、紅い旗を掲げる二人組。

セイレンとルーク。

もう一つは、空から落ちてきた記憶なき男。

トーマ。

そして彼が持つ、忘却の剣。

【トーマ】

「つまり、俺は会議で見世物になるわけか」

トーマは、訓練場の隅で木剣を握りながら言った。

その前に立っていたロイドは、眼鏡の位置を直す。

【ロイド】

「見世物ではありません。重要参考人です」

【トーマ】

「言い方が変わっただけじゃないのか」

【ロイド】

「少なくとも、見世物よりは格上です」

【トーマ】

「それは喜ぶところか?」

【ロイド】

「判断は任せます」

ロイドはいつも通り淡々としていた。

だが、その表情にはわずかな疲労が見える。

三国会議に向けて、彼女は朝からずっと書類と報告書に追われていた。

トーマの身元不明記録。

落下地点の調査報告。

剣の魔力反応。

セイレン侵入時の被害状況。

ルークとソルの交戦記録。

その全てが、今回の会議で扱われる可能性がある。

【ロイド】

「あなたには会議に出てもらいます」

ロイドが言う。

【ロイド】

「ただし、発言は求められた時だけにしてください」

【トーマ】

「分かった」

【ロイド】

「挑発されても乗らないこと」

【トーマ】

「……分かった」

【ロイド】

「ベイル女王が笑いながら試しに殴りかかってきても、反撃しないこと」

トーマは一瞬黙った。

【トーマ】

「そんなことがあるのか?」

【ロイド】

「可能性は低くありません」

【トーマ】

「女王だよな?」

【ロイド】

「はい」

【トーマ】

「女王って何なんだ…」

その疑問に、後ろから元気な声が飛んできた。

【レナ】

「強いやつだ!」

振り返ると、レナが腕を組んで立っていた。

赤毛を高く結び、いかにも朝から走ってきましたという顔をしている。

その目は相変わらず大型犬めいてきらきらしていた。

【ロイド】

「レナ。あなたはもう少し王という概念を丁寧に理解してください」

ロイドが言う。

【レナ】

「でも間違ってないだろ!」

【ロイド】

「間違ってはいませんが、雑です」

レナは胸を張った。

【レナ】

「ベイル女王は強い!テリア女王も強い!うちの女王も強いぞ、たぶん!」

【ロイド】

「最後が不安ですね」

トーマは少し笑った。

【トーマ】

「レナは会議に出るのか?」

【レナ】

「私は護衛だ!」

【トーマ】

「命令されたのか?」

【レナ】

「された!」

レナは嬉しそうに答える。

ロイドは小さく頷いた。

【ロイド】

「今回は正式な護衛任務です。トーマ、あなたの近くには私とレナが付きます。ソルは別動で会場全体の警戒を担当します」

【トーマ】

「ソルは会議に出ないのか?」

【ロイド】

「出ます。ただし、彼女は存在そのものが抑止力です。席に座っているより、周辺にいた方が効果的な場合があります」

【トーマ】

「抑止力……」

トーマは昨日のルークとの戦闘を思い出した。

ソルでさえ傷を負った。

あのシェイン最高戦力でさえ。

それでも、もしソルがいなければ、城門は破られていた。

「トーマ!」

訓練場の反対側から、ミアが走ってきた。

その後ろをユナとノアが歩いてくる。

ミアは勢いよくトーマの前で止まり、目を輝かせた。

【ミア】

「三国会議行くんだろ!? すごいな!」

【トーマ】

「すごいのか?」

【ミア】

「なんか偉い人がいっぱい来る!」

【トーマ】

「つまり怖いな」

【ミア】

「たしかに!」

ミアは一瞬で納得した。

ユナが淡々と言う。

【ユナ】

「トーマは変な発言をしないように気をつけて」

【トーマ】

「俺はそんなに危なっかしいか?」

【ユナ】

「自分の過去が絡むと、すぐ前に出ようとする」

トーマは返す言葉を失った。

ノアが心配そうに見上げる。

【ノア】

「トーマ、大丈夫?」

【トーマ】

「ああ。たぶん」

【ノア】

「たぶんは、大丈夫じゃない時に使う言葉だよ」

【トーマ】

「そうなのか?」

【ノア】

「ミアがよく使う」

【ミア】

「なんで私!?」

ユナが頷く。

【ユナ】

「だいたい大丈夫じゃない」

ミアが頬を膨らませる。

【ミア】

「ひどい!」

そんなやり取りに、トーマの表情が少しだけ緩む。

だが、ノアだけはまだ不安そうだった。

【トーマ】

「ノア?」

トーマが声をかける。

ノアは少し迷ってから言った。

【ノア】

「会議に、テリア女王も来るの?」

ロイドが答える。

【ロイド】

「本人が出席する可能性が高いです。少なくとも、代理だけで済ませるとは思えません」

【ノア】

「セイレンのお母さん……」

その言葉に、場の空気が少しだけ沈んだ。

セイレンがテリア女王に抱く憎しみ。

その理由の一部を、彼らは知ってしまった。

娘として愛されたかった少女。

けれど、結界研究の器として扱われたと感じた少女。

テリア女王が本当は何を思っていたのかは分からない。

けれど、セイレンが傷ついたことだけは確かだった。

【トーマ】

「会えば、何か分かるかもしれない」

トーマは言った。

【トーマ】

「セイレンのことも。俺の剣のことも」

ロイドがすぐに釘を刺す。

【ロイド】

「だからといって、会議中にテリア女王へ詰め寄るのは禁止です」

【トーマ】

「分かってる」

【ロイド】

「本当に?」

【トーマ】

「たぶん」

ノアが小さく「あ」と言った。

ユナが眉を細める。

【ユナ】

「大丈夫じゃない」

レナが笑った。

【レナ】

「大丈夫だ! いざとなったら私が止める!」

ロイドが冷静に言う。

【ロイド】

「あなたが止める側に回れるかも不安ですが」

【レナ】

「信じてくれ!」

【ロイド】

「努力します」

その時、訓練場の入口にソルが現れた。

今日のソルはいつもの訓練着ではなく、シェイン王国の正式な戦闘装束を身につけていた。

青と銀を基調とした軽装甲。

肩には白いマント。

腰には細身の剣。

美しく、静かで、近寄りがたい。

だが、トーマはもう知っている。

その孤高の姿の奥に、少し不器用な寂しさが隠れていることを。

【ソル】

「準備は」

ソルが短く問う。

ロイドが頷く。

【ロイド】

「整っています。会場は中立地帯の白月宮。各国代表は昼までに到着予定です」

【トーマ】

「白月宮?」

トーマが聞く。

ロイドは説明する。

【ロイド】

「三国会議や重要な条約締結に使われる中立施設です。三国のどこにも属さない場所に建てられています」

【トーマ】

「俺が落ちた演習場の近くか?」

【ロイド】

「少し離れていますが、同じ中立地帯です」

ソルはトーマを見る。

【ソル】

「今日、お前は三国に見られる」

【トーマ】

「ああ」

【ソル】

「値踏みもされる。疑われもする。利用しようとする者も出る」

【トーマ】

「……だろうな」

【ソル】

「だが、黙って下を向くな」

トーマは顔を上げる。

ソルの瞳は静かだった。

【ソル】

「お前はまだ何者でもない。だからこそ、これから何者になるかを見せろ」

その言葉に、トーマは深く息を吸った。

何者でもない。

昨日までは、その言葉が怖かった。

だが今は違う。

何者でもないなら、ここから始められる。

【トーマ】

「分かった」

トーマは頷いた。

【トーマ】

「行こう」

白月宮は、中立地帯の湖のほとりに建っていた。

白い石造りの宮殿。

月を模した丸い屋根と、三国の旗が等間隔で掲げられた広場。

周囲には武装した兵が立っているが、どの国の兵も互いに一定の距離を保っている。

緊張の糸が、湖面のように薄く張り詰めていた。

シェイン王国の馬車が広場に入ると、他国の視線が一斉に向いた。

トーマは馬車の窓から外を見る。

ベイルの兵たちは体格が大きく、鎧も厚い。

武器は大剣、斧、槍など、力強いものが多い。

対してテリアの兵たちは、装飾の少ない黒や青の魔導服を身につけていた。

武器よりも杖や魔法具を持つ者が目立つ。

【トーマ】

「国によって全然違うな」

トーマが呟く。

ロイドが頷いた。

【ロイド】

「シェインはバランス型。ベイルは武力と突破力。テリアは魔法と結界技術。それぞれの国柄が軍装にも出ます」

【トーマ】

「レッドフラッグスは?」

【ロイド】

「国に属さないため、規格外です」

レナが拳を握る。

【レナ】

「次に来たら、今度こそ私が止める!」

ロイドが釘を刺す。

【ロイド】

「勝手に突撃しないでください」

【レナ】

「命令があれば突撃する!」

【ロイド】

「命令がなければ?」

【レナ】

「待つ!」

【ロイド】

「よろしい」

レナは誇らしげだった。

馬車が止まる。

扉が開き、最初にロイドが降りた。

続いてレナ。

最後にトーマ。

足を地面に下ろした瞬間、視線が突き刺さった。

好奇。

警戒。

敵意。

期待。

昨日の訓練場とは比べ物にならない。

三国の兵たちが、トーマを見ている。

空から落ちた男。

忘却の剣の持ち主。

レッドフラッグスに名指しされた存在。

【ロイド】

「堂々と」

ロイドが小さく言った。

トーマは頷き、背筋を伸ばす。

その時。

広場の反対側から、豪快な笑い声が響いた。

「おお!お前が空から落ちた男か!」

声の主は、一人の大柄な女性だった。

金の髪を後ろで束ね、巨大な盾を軽々と担いでいる。

腰には光を帯びた剣。

その存在感だけで、周囲の兵たちが一歩引いていた。

ベイル女王。

彼女はトーマの前まで大股で歩いてくると、じろじろと彼を見た。

【ベイル】

「ふむ!思ったより細いな!」

【トーマ】

「初対面で言うことか?」

トーマが思わず返す。

ロイドの肩がわずかに動いた。

レナが「おお、返した」と小声で言う。

ベイル女王は一瞬目を丸くし、それからさらに大笑いした。

【ベイル】

「ははは!口は動くようだな!よし!」

【トーマ】

「何がよしなんだ」

【ベイル】

「気に入った!」

ロイドが即座に割って入る。

【ロイド】

「ベイル女王陛下。会議前です。試しに殴るなどはご遠慮ください」

ベイル女王は不満そうに眉を上げた。

【ベイル】

「なぜ分かった?」

【ロイド】

「あなたの行動パターンは記録しています」

【ベイル】

「シェインの眼鏡は相変わらず細かいな!」

【ロイド】

「ロイドです」

【ベイル】

「うむ、ロイド!」

その横に、ゆったりとした足取りでリンが現れた。

大小のチャクラムを腰に下げ、妖艶な笑みを浮かべている。

【リン】

「あなたがトーマくん?」

彼女は距離を詰め、覗き込むようにトーマを見る。

【リン】

「へえ……綺麗な目をしているのね。何も覚えていない目、というのも悪くないわ」

レナがすぐにトーマの前に出た。

【レナ】

「近いぞ!」

リンはくすりと笑う。

【リン】

「あら、番犬さん?」

【レナ】

「番犬じゃない!護衛だ!」

【リン】

「似たようなものじゃない?」

【レナ】

「違う!たぶん!」

ロイドが小さくため息をつく。

【ロイド】

「レナ、そこで迷わないでください」

トーマはリンを見た。

ロイドが言っていた人物。

勝つためには手段を選ばず、誘惑すら戦術に使う妖艶なヴァルキリー。

確かに、ただ立っているだけで相手の調子を崩すような雰囲気がある。

リンはトーマの腰の剣に目を落とした。

【リン】

「それが噂の剣?」

トーマの手が自然と剣に触れる。

リンの目が細くなる。

【リン】

「ふふ。取ったりしないわよ。今は、ね」

【トーマ】

「…今は?」

【リン】

「強くなったあなたと遊ぶ楽しみを、今ここで壊すのはもったいないでしょう?」

レナがさらに警戒を強める。

【レナ】

「やっぱり危ない人だ!」

リンは楽しそうに笑った。

その時、白月宮の入口付近の空気が変わった。

ベイルの豪快さとは違う。

静かで、冷たく、深い魔力の気配。

テリア王国の一行が到着したのだ。

先頭に立つのは、黒と青の衣をまとった小柄な女。

見た目だけなら少女のようにも見える。

だが、その周囲に漂う魔力は、誰よりも濃かった。

空間そのものが彼女の周囲だけわずかに歪んでいるように見える。

テリア女王。

彼女はトーマを見つけると、ゆっくりと歩いてきた。

その横にはアリス。

そして少し後ろに、黒い装束の女性。

ロイ。

ソルの昔からのライバル。

ロイは無言で周囲を見渡し、最後にソルの姿を見つけた。

少しだけ目が動く。

ソルもまた、無言でロイを見る。

二人の間に、見えない刃が交わった。

【テリア】

「久しいのう、シェインの者たち」

テリア女王が言う。

声は軽い。

だが、背後の魔力は重い。

ロイドが礼を取る。

【ロイド】

「お久しぶりです、テリア女王陛下」

ベイル女王は豪快に笑った。

【ベイル】

「相変わらず小さいな、テリア!」

【テリア】

「お主も相変わらず声がでかいのう、ベイル」

【ベイル】

「ははは!」

二人の女王は、昔からのライバルだという。

その空気は険悪というより、長くぶつかり合ってきた者同士の奇妙な親しさがあった。

だが、トーマはそこに集中できなかった。

テリア女王を見た瞬間、腰の剣がかすかに震えたのだ。

そして、頭の奥に声が響く。

――結界。

短い言葉。

誰の声か分からない。

だが、テリア女王の周囲にある魔力を見た瞬間、トーマの中の何かが反応した。

テリア女王の目が、すっと細くなる。

【テリア】

「ほう」

彼女はトーマの前に立った。

【テリア】

「お主が、トーマか」

【トーマ】

「ああ」

【テリア】

「記憶がないと聞いた」

【トーマ】

「名前以外は何も」

【テリア】

「それで、その剣だけは手放せぬか」

トーマは剣に触れたまま答える。

【トーマ】

「そうだ」

テリア女王は少しだけ笑った。

【テリア】

「厄介じゃな。剣に選ばれた者は、だいたい厄介事を連れてくる」

【トーマ】

「俺が望んだわけじゃない」

【テリア】

「じゃろうな。厄介事というのは、だいたい本人の都合など聞かぬ」

その言葉には、不思議な重みがあった。

トーマは彼女を見る。

この女が、セイレンの母。

娘に憎まれている女。

結界のために、娘を傷つけたかもしれない女。

【トーマ】

「あなたは、セイレンを知っているな」

ロイドが一瞬、険しい顔をした。

【ロイド】

「トーマ」

だが、テリア女王は手で制した。

【テリア】

「よい」

彼女はトーマを見上げる。

【テリア】

「知っておる。ワシの娘じゃ」

トーマは眉を寄せた。

【トーマ】

「娘だと思っているのか」

空気が凍った。

アリスが目を見開く。

ロイドが頭を抱えそうな顔をする。

レナが小声で「言った……」と呟く。

ベイル女王は面白そうに笑みを深めた。

テリア女王はしばらく黙っていた。

その瞳の奥に、何かが揺れる。

怒りではなかった。

痛みに近いものだった。

【テリア】

「思っておる」

テリア女王は静かに言った。

【テリア】

「たとえ、あの子がそう思ってくれぬとしてもな」

トーマは言葉を失った。

セイレンの言葉だけを聞けば、テリア女王はただの加害者に見えた。

だが、目の前の彼女は単純な悪人には見えない。

それが余計に難しかった。

【テリア】

「会議で話そう」

テリア女王は言った。

【テリア】

「お主の剣のことも、セイレンのこともな」

その時、白月宮の鐘が鳴った。

三国会議の開始を告げる鐘だった。

会議場は、円形だった。

中央に大きな白い円卓。

その周りに三国の代表席が置かれている。

シェイン側にはロイド、ソル、レナ、そしてトーマ。

ベイル側にはベイル女王、リン、そして重戦士ガーネ。

テリア側にはテリア女王、アリス、ロイ。

ガーネは初めてトーマが見るベイルのヴァルキリーだった。

大斧を背負った寡黙な女性。

リンとは正反対の、まっすぐで重い気配を持っている。

彼女はトーマと目が合うと、短く頷いた。

【ガーネ】

「ガーネだ」

【トーマ】

「トーマだ」

【ガーネ】

「空から落ちたと聞いた」

【トーマ】

「ああ」

【ガーネ】

「丈夫だな」

【トーマ】

「たぶん」

【ガーネ】

「いいことだ」

会話はそれで終わった。

トーマは少し戸惑う。

リンが隣で笑った。

【リン】

「ガーネは必要なことしか喋らないの」

【トーマ】

「今のは必要だったのか?」

【リン】

「彼女の中ではね」

ロイドが咳払いをした。

【ロイド】

「始めましょう」

会議の最初の議題は、レッドフラッグスだった。

ロイドが昨日のシェイン襲撃について報告する。

セイレンの空間裂傷。

ルークの西門突破。

ソルとの交戦。

トーマへの接触。

忘却の剣という発言。

報告が進むにつれ、会議場の空気は重くなる。

ベイル女王は腕を組み、いつもの豪快な笑みを消していた。

テリア女王も目を閉じ、静かに聞いている。

【ロイド】

「ルークは、シェイン側に死者を出しませんでした」

ロイドが言う。

【ロイド】

「ですが、それはセイレンが制止したためと見られます。今後、同様の保証はありません」

ベイル女王が低く言った。

【ベイル】

「ルークは戦う時、加減を忘れる」

リンが微笑みを消して続ける。

【リン】

「普段はぽやっとしているのですけどねぇ。戦いとなると、世界の見え方が変わるのでしょう」

ガーネが短く言う。

【ガーネ】

「止めるのは難しい」

ベイル女王は頷いた。

【ベイル】

「我が娘ながら、正面から止めるには骨が折れる!」

【アリス】

「笑うところではないでしょう」

アリスが呆れたように言う。

ベイル女王は肩をすくめた。

【ベイル】

「笑わずにいられるか。あれほど強い娘を持ったのだ。誇らしくもあり、頭も痛い」

テリア女王が静かに言った。

【テリア】

「セイレンも同じじゃ」

アリスが横を見る。

【アリス】

「同じ?」

【テリア】

「強い。賢い。傷ついて。そして、止まらぬ」

テリア女王の声は淡々としていた。

だが、トーマにはそれが無理に抑えた声に聞こえた。

【ロイド】

「セイレンの目的は何ですか」

ロイドが問う。

テリア女王は少し沈黙した。

【テリア】

「ワシを壊すことじゃろうな」

【ロイド】

「テリア王国そのものではなく?」

【テリア】

「それも含むかもしれぬ。じゃが、あの子の憎しみの中心はワシじゃ」

アリスが唇を噛む。

ベイル女王も黙った。

トーマは口を開きかけたが、ロイドの視線を感じて止まった。

今は発言を求められていない。

ロイドとの約束を思い出す。

挑発されても乗らない。

求められた時だけ話す。

テリア女王はそんなトーマを見て、少しだけ目を細めた。

【テリア】

「言いたいことがある顔じゃな」

ロイドが小さくため息をつく。

トーマは彼女を見る。

【トーマ】

「言っていいのか」

【テリア】

「よい」

トーマは一度、息を吸った。

【トーマ】

「セイレンは、自分が娘じゃなく器として扱われたと言っていた」

会議場の空気が硬くなる。

【トーマ】

「それは本当なのか」

アリスが小さく「踏み込んだわね」と呟いた。

テリア女王はトーマから目を逸らさなかった。

【テリア】

「半分は本当じゃ」

トーマの手が膝の上で握られる。

【トーマ】

「半分?」

【テリア】

「ワシはあの子を結界研究に関わらせた。あの子の魔力と血筋が、テリアを守る結界の発展に必要だと考えた。それは事実じゃ」

ノアがここにいなくてよかった、とトーマは思った。

この話は、彼女には重すぎる。

【テリア】

「じゃが、娘と思っていなかったわけではない」

テリア女王の声が、わずかに揺れた。

【テリア】

「その二つを、ワシは分けられると思っておった。母として愛し、王として利用する。その矛盾を、ワシは見ないふりをした」

誰も喋らなかった。

【テリア】

「セイレンは見ておった。子どもは、大人が思うよりもずっとよく見ておる。ワシが何を優先したか。自分がどこに置かれていたか。あの子は全部知っておった」

テリア女王は目を伏せる。

【テリア】

「だから、あの子は去った」

その言葉は、謝罪に聞こえた。

だが、セイレン本人がいない場所での謝罪だった。

トーマは思った。

この人は後悔している。

けれど、後悔しているから許されるわけではない。

セイレンの傷は、セイレンだけのものだ。

【ロイド】

「レッドフラッグスへの対処は、三国共同で行う必要があります」

ロイドが話を戻した。

【ロイド】

「ただし、彼女たちは大会ルールの外にいます。戦闘になれば、こちらにも死者が出る可能性がある」

その言葉に、場が重くなる。

ベイル女王が低く笑った。

【ベイル】

「つまり、遊びでは済まんということだ」

【ロイド】

「最初から遊びではありません」

ロイドが返す。

【ロイド】

「ですが、ヴァルキリートーナメントとは根本的に違います。ルールを前提とした戦術は通用しません」

ソルが口を開いた。

【ソル】

「ルークは、一対一なら危険すぎる」

ベイル女王が頷く。

【ベイル】

「なら我が相手をするか!」

【リン】

「あなたが出ると地形が変わります」

リンがさらりと言った。

【ベイル】

「ははは!褒めるな!」

【リン】

「褒めてはいません」

ロイが初めて口を開いた。

【ロイ】

「セイレンは逃げるのが上手い」

全員の視線が彼女へ向く。

ロイは淡々と続ける。

【ロイ】

「空間を裂いて移動する。追跡は難しい。罠を張るなら、剣を餌にするしかない」

その視線がトーマへ向く。

会議場の空気が、一気に張り詰めた。

レナが即座に立ち上がりかける。

ロイドが手で制した。

【ロイド】

「トーマを囮にする、という意味ですか」

ロイは表情を変えない。

【ロイ】

「可能性の話」

ソルの目が鋭くなる。

【ソル】

「却下だ」

【ロイ】

「早い」

【ソル】

「当然だ」

ロイは少しだけソルを見た。

【ロイ】

「相変わらず」

【ソル】

「お前もな」

二人の間に火花のような沈黙が走る。

テリア女王が軽く手を叩いた。

【テリア】

「そこまでじゃ。今トーマを囮にするのは早い。餌にするには弱すぎる」

トーマは思わず顔をしかめた。

【トーマ】

「本人の前で言うんだな」

テリア女王はにやりと笑う。

【テリア】

「事実じゃろう?」

【トーマ】

「……否定はできない」

【テリア】

「よい。弱さを知っておる者は伸びる」

ベイル女王が豪快に頷く。

【ベイル】

「うむ!強くなれ、トーマ!強くなったら我と戦え!」

ロイドが額を押さえる。

【ロイド】

「会議中です」

【ベイル】

「分かっている!」

【ロイド】

「本当に?」

【ベイル】

「たぶん!」

ユナがいたら「大丈夫じゃない」と言っていただろう、とトーマは思った。

次の議題は、忘却の剣だった。

テリア女王が古い文献の写しを円卓に広げる。

そこには、トーマの剣とよく似た絵が描かれていた。

黒い鞘。

刻まれた紋様。

そして、周囲に書かれた古い文字。

【テリア】

「忘却の剣」

「……世界が覚えていてはならぬものを封じる剣。あるいは、持ち主が耐えられぬ記憶を代わりに抱く剣。文献によって説明は異なる」

トーマは剣を見る。

【トーマ】

「つまり、俺の記憶はこの剣の中にあるのか?」

【テリア】

「可能性はある」

【トーマ】

「どうすれば戻る」

【テリア】

「分からぬ」

テリア女王はあっさりと言った。

トーマは眉を寄せる。

【トーマ】

「分からないのか」

【テリア】

「分からぬものを分かったふりするよりはマシじゃ」

アリスが隣で呟く。

【アリス】

「こういうところだけはまともなのよね」

【テリア】

「聞こえておるぞ、アリス」

【アリス】

「聞こえるように言ったの」

テリア女王は文献を指で叩く。

【テリア】

「ただし、剣の封印が緩む条件はいくつか推測できる」

【トーマ】

「条件?」

【テリア】

「強い魔力反応。命の危機。持ち主の精神的衝撃。そして、剣に関係する人物との接触」

トーマはセイレンを思い出す。

彼女と会った時、剣は反応した。

レッドフラッグスが、剣のことを知っている。

【トーマ】

「セイレンはこの剣をなぜ必要としている?」

テリア女王は少しだけ目を細めた。

【テリア】

「おそらく、あの子も何かを忘れておる」

【トーマ】

「セイレンも?」

【テリア】

「あるいは、忘れさせられておる」

会議場が静まり返る。

【テリア】

「ワシにも心当たりがあるわけではない。じゃが、あの子が忘却の剣を追うなら、単にトーマの過去に興味があるだけではないはずじゃ」

トーマは剣の柄に触れた。

自分の記憶。

セイレンの記憶。

世界が忘れたがっている何か。

それらが、この剣を中心に絡み合っている。

【ロイド】

「提案があります」

ロイドが言った。

【ロイド】

「トーマをシェイン王国の監視下に置いたまま、三国共同で調査を進めます。剣の解析はテリア、戦闘訓練と身辺警護はシェイン、レッドフラッグスに関する情報収集はベイルも含めて共同で行う」

ベイル女王は頷いた。

【ベイル】

「よかろう!」

テリア女王も頷く。

【テリア】

「異論はない」

リンが微笑む。

【リン】

「つまり、トーマくんは三国公認の重要人物になるわけですねぇ」

【ロイド】

「言い方が不穏ですね」

ロイドが睨む。

【リン】

「褒めていますよ?」

【ロイド】

「信用できません」

ロイが静かに言った。

【ロイ】

「監視は必要」

ソルが答える。

【ソル】

「シェインで行う」

【ロイ】

「抜け道は多い」

【ソル】

「なら塞ぐ」

【ロイ】

「セイレンなら裂く」

【ソル】

「その時は私が止める」

ロイは少しだけ目を細めた。

【ロイ】

「止められる?」

ソルの声が低くなる。

【ソル】

「止める」

また、二人の間に空気が張り詰める。

トーマは思った。

この二人、仲が悪いのか。

それとも、良すぎてこうなのか。

判断が難しい。

会議はその後、具体的な連絡体制や警戒区域の確認へ移った。

トーマは途中からほとんど聞いているだけだった。

だが、一つだけ分かったことがある。

自分の問題は、もう自分だけの問題ではない。

三国が動き始めた。

レッドフラッグスも動いている。

忘却の剣は、確実に何かを引き寄せている。

そして、その中心に自分がいる。

会議が終わる頃、陽は傾き始めていた。

白月宮の外へ出ると、湖面が夕陽を映して赤く染まっていた。

トーマは一人で少し離れた場所に立ち、剣を見ていた。

【テリア】

「考え事かの?」

声に振り返ると、テリア女王がいた。

護衛もつけず、一人で歩いてきたらしい。

【トーマ】

「一人でいいのか?」

【テリア】

「ワシと戦いたがる者は少ない。護衛よりワシの方が危ないからの」

【トーマ】

「それは冗談か?」

【テリア】

「半分本気じゃ」

テリア女王はトーマの隣に立ち、湖を見る。

しばらく沈黙が続いた。

先に口を開いたのはトーマだった。

【トーマ】

「セイレンを連れ戻したいのか」

テリア女王は湖面を見たまま答える。

【テリア】

「戻るなら、な」

【トーマ】

「戻らないと思っているのか」

【テリア】

「今のままでは戻らぬ」

【トーマ】

「なら、どうする」

【テリア】

「まずは向き合わねばならぬ。あの子の憎しみと。ワシの過ちと」

テリア女王の声は静かだった。

【テリア】

「じゃが、あの子は今、殺し合いの場所に立っておる。母と娘の話し合いだけでは、もう済まぬ」

トーマは何も言えなかった。

【テリア】

「トーマ」

【トーマ】

「何だ」

【テリア】

「お主は、セイレンの言葉に引っ張られすぎるな」

【トーマ】

「どういう意味だ」

【テリア】

「あの子は真実を持っているかもしれぬ。じゃが、真実をそのまま渡すとは限らぬ。傷ついた者は、時に自分の痛みに合わせて世界を切り取る」

トーマはセイレンの紅い瞳を思い出した。

あの憎しみは本物だった。

でも、本物だからこそ危うい。

【トーマ】

「それでも、俺は知りたい」

【テリア】

「うむ」

テリア女王は頷いた。

【テリア】

「なら強くなれ。知る力と、耐える力を持て。記憶とは、戻れば救いになるとは限らぬ」

その言葉が、胸に沈む。

思い出すな。

剣の声。

世界が、自分を忘れたがっている。

それでも。

【トーマ】

「俺は思い出す」

トーマは言った。

【トーマ】

「たとえ、それが悪い記憶でも」

テリア女王は小さく笑った。

【テリア】

「よい目じゃ」

その時、遠くからレナの声が響いた。

【レナ】

「トーマー! ロイドが探してるぞー!」

ロイドの声も聞こえる。

【ロイド】

「呼び捨てで大声を出さないでください」

【レナ】

「分かった! トーマ様ー!」

【ロイド】

「そういう意味ではありません!」

テリア女王がくすりと笑った。

【テリア】

「シェインは賑やかじゃな」

【トーマ】

「だいぶ」

トーマも少し笑う。

だが、その笑みはすぐに消えた。

湖の向こう。

夕陽で赤く染まる森の奥に、一瞬だけ紅い旗が見えた気がした。

トーマは目を凝らす。

何もない。

風に揺れる木々だけ。

けれど、腰の剣が微かに震えた。

テリア女王も同じ方向を見る。

【テリア】

「……見られておるな」

【トーマ】

「セイレンか?」

【テリア】

「おそらくの」

トーマは拳を握る。

追いかけたい衝動が胸を叩く。

だが、動かなかった。

今の自分が行っても届かない。

弱いまま真実に触れれば壊れる。

セイレンの言葉が蘇る。

【テリア】

「行かぬのか?」

テリア女王が問う。

【トーマ】

「行かない」

トーマは答えた。

【トーマ】

「今はまだ」

テリア女王は満足そうに目を細めた。

【テリア】

「少し賢くなったのう」

【トーマ】

「少しか」

【テリア】

「少しじゃ」

トーマは息を吐いた。

遠くの森には、もう何も見えない。

だが、確かに感じた。

セイレンは見ている。

ルークも、きっと近くにいる。

レッドフラッグスは、まだ去っていない。

森の奥。

紅い旗が木々の間で静かに揺れていた。

セイレンは白月宮を見下ろす丘に立っている。

隣ではルークが木の実を手に取り、じっと見つめていた。

【ルーク】

「食べられる?」

【セイレン】

「毒よ」

【ルーク】

「そっか」

ルークは木の実を投げ捨てた。

セイレンは白月宮から出てくる三国の一行を見ていた。

【セイレン】

「三国が手を組んだわ」

【ルーク】

「うん」

【セイレン】

「トーマはまだこちらへ来ない」

【ルーク】

「うん」

【セイレン】

「少しは学んだみたいね」

ルークはぼんやりとトーマの方を見る。

【ルーク】

「弱い」

【セイレン】

「ええ」

【ルーク】

「でも、逃げてない」

セイレンは少し黙った。

【セイレン】

「そうね」

風が吹く。

紅い旗が揺れる。

【セイレン】

「あの剣が目覚めるには、まだ足りない」

【ルーク】

「何が?」

【セイレン】

「痛み。強さ。記憶に耐えるだけの器」

ルークは少し考えた。

【ルーク】

「鍛える?」

【セイレン】

「結果的にはそうなるわね」

【ルーク】

「優しい?」

セイレンはルークを睨む。

【セイレン】

「違うわ」

【ルーク】

「そっか」

ルークはそれ以上追及しなかった。

セイレンは白月宮から離れていくトーマを見つめる。

【セイレン】

「早く上がってきなさい、トーマ」

その声は風に溶けた。

【セイレン】

「あなたの記憶は、あなた一人のものじゃない」

その言葉に応えるように、遠くで忘却の剣が一度だけ淡く光った。

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