第十話 リトルヴァルキリートーナメント
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あらすじ
遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。
本文
────────試合、開始じゃ!
鐘の音が、フィールド全体に広がった。
試合開始。
その瞬間、ミアは迷わず前へ出た。
短槍を低く構え、草を蹴り、一直線にベイル側へ向かう。
「速攻か!」
観覧席の一部がざわめく。
だが、トーマはすぐに気づいた。
違う。
あれはただの突撃ではない。
ミアは前に出ている。
けれど、いつものように一人で飛び込みすぎてはいない。
三歩ごとにほんの少し速度を落とし、後ろの気配を確認している。
ユナとの距離。
ノアの魔法範囲。
敵の位置。
荒いが、ちゃんと見ている。
【トーマ】
「ミア、成長してるな」
トーマが呟くと、隣のロイドが小さく頷いた。
【ロイド】
「突撃衝動を完全には抑えられていませんが、合図を待つ意識はあります」
【トーマ】
「それ、褒めてるのか?」
【ロイド】
「褒めています」
【トーマ】
「厳しい褒め方だな」
レナは身を乗り出していた。
【レナ】
「いいぞミア!行け!でも行きすぎるな!」
【ロイド】
「応援は控えめに」
ロイドが言う。
【レナ】
「控えめだぞ!」
【ロイド】
「声量が控えめではありません」
フィールドの中で、ユナが左手を小さく上げた。
ミアがその合図に気づき、踏み込みを止める。
その直後。
地面が弾けた。
ミアの目の前に、細い金属針が数本飛び出す。
【ミア】
「うわっ!?」
ミアは反射で後ろへ跳んだ。
針は、さっきまで彼女の足があった場所を貫いている。
【ユナ】
「罠!」
ユナが叫ぶ。
森の入口付近。
木陰に立つキリカが、にやりと笑った。
【キリカ】
「へえ。止まったんだ」
その手には、小さな札のようなものが握られている。
魔力を込めた罠札。
地面に仕込んでおき、近づいた相手に反応して起動する仕掛けらしい。
【キリカ】
「突っ込んでくると思ったのに」
キリカは曲刀を抜く。
【キリカ】
「少しは考えるんだ、シェインの突撃娘」
ミアは頬を膨らませる。
【ミア】
「誰が突撃娘だ!」
ユナが横から言う。
【ユナ】
「事実」
【ミア】
「今は我慢しただろ!」
【ユナ】
「だから偉い」
【ミア】
「おお、褒められた!」
ユナは視線をキリカから逸らさない。
【ユナ】
「でも油断しないで。今ので位置を誘導された可能性がある」
【ミア】
「え?」
その瞬間、柔らかな声が響いた。
【メル】
「正解だよぉ」
ノアがはっとして後ろを向く。
三人の背後、少し離れた丘の上に、淡い桃色の光が浮かんでいた。
メルの補助魔法。
それは攻撃ではなかった。
光はふわりと広がり、周囲の草を揺らす。
次の瞬間、ミアたちの足元がぬかるんだ。
【ミア】
「なっ!?」
地面が柔らかくなり、足が沈む。
泥ではない。
魔力で地面の抵抗を変えられている。
動きが鈍る。
【キリカ】
「もらった!」
曲刀を両手に、低く駆ける。
狙いはミア。
いや、ミアを抜けた先にいるノア。
トーマの手に力が入った。
【トーマ】
「速い」
【ロイド】
「キリカは罠と奇襲に優れたタイプですね」
ロイドが記録しながら言う。
【ロイド】
「メルは地形干渉と補助。厄介な組み合わせです」
ソルは無言でフィールドを見ていた。
その目は、キリカではなくノアに向いている。
ノアがどう動くか。
そこを見ている。
フィールド内。
ノアは一瞬、固まった。
キリカが来る。
ミアは足を取られている。
ユナも動きにくい。
自分が防がなければ。
魔力が膨らむ。
強く。
大きく。
光の壁を張ろうとする。
だが、その出力は一気に高まりすぎた。
周囲の空気が震える。
ユナが叫ぶ。
【ユナ】
「ノア、強すぎる!」
その声で、ノアは息を呑んだ。
強すぎれば、壁は大きくなる。
だが、制御を失えば仲間の視界も塞ぐ。
最悪、ミアたちの動きまで妨げる。
訓練で何度も水晶を割った。
強く出せばいいわけじゃない。
ノアは唇を噛む。
怖い。
でも、逃げない。
【ノア】
「……小さく」
ノアは自分に言い聞かせる。
【ノア】
「小さく、薄く、必要なところだけ」
光が収束する。
巨大な壁ではない。
ミアとユナの前、キリカの進路上にだけ、斜めの防御膜が張られた。
キリカの曲刀がそこに当たる。
甲高い音。
防御膜は砕けない。
だが、完全には止めない。
刃の軌道を逸らす。
【キリカ】
「っ、何これ!」
キリカの体勢が崩れた。
その瞬間、ミアが足元のぬかるみを力任せに蹴った。
【ミア】
「今だ!」
短槍の柄がキリカの横腹へ向かう。
しかしキリカも速い。
体を捻り、曲刀の背で受ける。
衝撃で両者が弾かれた。
ミアは泥に足を取られながらも踏みとどまる。
キリカは後方へ跳び、木陰へ戻る。
【キリカ】
「へえ」
キリカはノアを見た。
【キリカ】
「今の防御、嫌な角度だった」
ノアは息を吐く。
手が震えている。
でも、失敗しなかった。
大きすぎない防御。
必要なところに、必要な分だけ。
トーマは思わず拳を握った。
【トーマ】
「今の、成功だよな」
ロイドの口元がわずかに緩む。
【ロイド】
「はい。訓練の成果です」
レナが小声で言う。
【レナ】
「ノア、すごいぞ……!」
【ロイド】
「声」
【レナ】
「小さく言った!」
【ロイド】
「まだ大きいです」
フィールドの中で、ユナがノアに短く言った。
【ユナ】
「良かった」
ノアは少し驚いた顔をする。
ユナが戦闘中に褒めるのは珍しい。
【ノア】
「ありがとう」
【ユナ】
「でも次が来る」
メルは丘の上でにこにこしたまま、杖を振った。
【メル】
「じゃあ、もうちょっと遊ぼうねぇ」
草むらのあちこちに淡い光が灯る。
地形干渉。
今度はぬかるみだけではない。
右側の地面が硬く盛り上がり、小さな壁になる。
左側の草が伸び、足を絡めようとする。
細い道が塞がれ、進路が限定される。
ベイル側は、最初から地形を支配するつもりだった。
キリカが前に出て、メルが場を変える。
二人なのに、フィールド全体がベイルの味方になっていく。
【ユナ】
「メル、思ったより厄介」
ミアが短槍を構え直す。
【ミア】
「なら、あのふわふわを先に叩く!」
【ユナ】
「たぶん罠」
【ミア】
「じゃあどうする?」
ユナは一瞬だけ考える。
その間にもキリカが木陰を移動している。
見えたり、消えたり。
【ユナ】
「こっちは三人」
ユナが言った。
【ユナ】
「それを使う」
【ミア】
「どう使う?」
【ユナ】
「ミアが派手に動く」
ミアの顔が輝く。
【ミア】
「得意!」
【ユナ】
「ただし、突っ込むんじゃなくて、敵の目を引く」
【ミア】
「それもたぶん得意!」
【ユナ】
「ノアはミアの周囲に小さい防御を細かく張って。大きい壁はいらない」
【ノア】
「うん」
【ユナ】
「私はメルの魔力の流れを見る」
ミアが首を傾げる。
【ミア】
「魔力の流れ?」
ユナはメルが立つ丘を見た。
【ユナ】
「地形を変える魔法には、必ず起点がある。全部を同時には動かせないはず。どこかに癖がある」
【ミア】
「つまり?」
【ユナ】
「メルの隙を探す」
【ミア】
「よし、分かった!」
【ユナ】
「本当に?」
【ミア】
「たぶん!」
ノアが少し笑った。
ユナもほんの少しだけ表情を緩める。
【ユナ】
「じゃあ行くよ」
ミアが前へ出た。
【ミア】
「おーい、キリカ!」
森の影へ叫ぶ。
【ミア】
「隠れてばっかりか!」
キリカの眉がぴくりと動く。
【キリカ】
「は?」
【ミア】
「正面から来い!」
ユナが小声で言う。
【ユナ】
「挑発が雑」
ミアは構わず続ける。
【ミア】
「ベイルは強いんだろ!ならこそこそするな!」
キリカの額に青筋が浮かぶ。
【キリカ】
「こそこそじゃない。戦術よ」
【ミア】
「こそこそ戦術!」
【キリカ】
「言ったわね!」
メルが丘の上で困ったように笑う。
【メル】
「キリカ、乗っちゃだめだよぉ」
【キリカ】
「乗ってない!」
【ユナ】
「乗ってる」
ユナが即座に呟く。
次の瞬間、キリカが飛び出した。
だが、完全に怒り任せではない。
右手の曲刀で牽制し、左手で罠札を投げる。
ミアの周囲に三つの罠札が突き刺さった。
【ノア】
「足元!」
ノアが叫ぶ。
三枚の札が同時に光る。
針、泥、風圧。
三種類の妨害がミアを襲う。
だが、ノアの防御が間に合った。
大きな壁ではない。
足元に薄い光の板。
横から来る針の前に小さな盾。
風圧を受け流す斜めの膜。
ミアは防御を踏み台にして跳んだ。
【ミア】
「おおっ!?」
自分でも驚きながら、ミアは空中へ出る。
キリカが目を見開く。
【キリカ】
「防御を足場にした!?」
トーマも驚いていた。
【トーマ】
「今の、狙ってやったのか?」
ロイドは記録を見ながら言う。
【ロイド】
「おそらく半分は偶然です」
レナが嬉しそうに言う。
【レナ】
「でもすごいぞ!」
【ソル】
「偶然を再現できればそれは技術だ」
ソルが静かに言った。
フィールドの中。
空中のミアは短槍を構える。
キリカは迎撃姿勢を取った。
だが、ミアの狙いはキリカではなかった。
【ミア】
「ユナ!」
【ユナ】
「分かってる」
ミアが派手に跳んだことで、メルの視線が一瞬だけ上に向いた。
その瞬間、ユナの魔力糸が地面を這った。
狙いはメル本人ではない。
丘の下。
メルが地形干渉に使っていた、小さな魔法具。
薄い桃色の石が、草むらに隠れていた。
【ユナ】
「そこ」
ユナの糸が石を絡め取る。
メルの目が少しだけ見開かれる。
【メル】
「あ」
糸が引かれ、魔法具が地面から外れた。
周囲の草の動きが止まる。
盛り上がった地面の一部が崩れる。
ぬかるみも少しずつ戻っていく。
【ミア】
「見つけた!」
ミアが着地しながら叫ぶ。
メルはぱちぱちと瞬きをする。
【メル】
「すごいねぇ。よく分かったねぇ」
ユナは魔法具を糸で引き寄せ、軽く掲げた。
【ユナ】
「魔力の流れが不自然だった」
キリカが歯噛みする。
【キリカ】
「メル!」
【メル】
「ごめんねぇ。隠し方、甘かったかもぉ」
【キリカ】
「のんびり言わない!」
だが、ベイル組は崩れない。
魔法具を一つ失っただけだ。
メルはまだ杖を持っているし、キリカの罠札も残っている。
【キリカ】
「なら、作戦変更」
キリカが低く言った。
その声で、メルの雰囲気が少し変わる。
ふわふわした笑みはそのまま。
けれど、目が細くなる。
【メル】
「うん。じゃあ、ちょっとだけ本気」
メルの杖から、淡い光が広がった。
今度の魔法は地形干渉ではない。
シェイン三人の周囲に、桃色の小さな光球がいくつも浮かぶ。
ミアが身構える。
【ミア】
「攻撃か!?」
ユナが即座に言う。
【ユナ】
「違う、これは……」
光球が弾ける。
音は小さい。
だが、次の瞬間、ミアの体がぐらついた。
【ミア】
「え、何だこれ……」
視界が揺れる。
足元の距離感が狂う。
ノアもふらつき、杖を支えにする。
【ノア】
「頭が……」
ユナだけが歯を食いしばり、片目を閉じた。
【ユナ】
「感覚妨害……!」
メルの補助魔法。
相手の視覚と平衡感覚をわずかにずらす魔法だった。
強烈ではない。
だが、戦闘中には十分すぎる。
一歩の距離が狂う。
攻撃の角度がずれる。
防御の位置が遅れる。
そこへキリカが走る。
【キリカ】
「今度こそ!」
狙いはノア。
ノアは防御を張ろうとする。
だが、視界が揺れて、キリカの位置を正確に掴めない。
光の膜が少し右へずれる。
キリカはその隙間を抜けた。
【トーマ】
「ノア!」
トーマが思わず声を上げかける。
だが、叫んでも届かない。
それに、外からの助言は禁止だ。
彼は歯を食いしばる。
見る。
今は見るしかない。
キリカの曲刀がノアへ迫る。
ミアは間に合わない。
ユナも感覚妨害で糸の精度が落ちている。
ノアは震える手で杖を握った。
怖い。
近い。
攻撃が来る。
防げないかもしれない。
大きく張れば止められる。
でも、強すぎればまた暴走する。
その一瞬の迷い。
キリカは見逃さなかった。
【キリカ】
「もらった!」
曲刀の背が、ノアの肩へ向かう。
戦闘不能判定を狙った一撃。
その瞬間。
ノアの中で、何かが静かに沈んだ。
怖い。
でも、逃げない。
トーマが言った。
怖いのに逃げていないから、大丈夫だと。
ミアがいる。
ユナがいる。
見てくれている人がいる。
だから。
【ノア】
「……見えなくても」
ノアは杖を握る手に力を込めた。
【ノア】
「守る場所は、分かる」
ノアは自分自身の周囲ではなく、キリカと自分の間に防御を張った。
視界に頼らない。
魔力の気配で位置を読む。
キリカの体から発せられる熱。
曲刀に流れる微かな魔力。
足音。
空気の揺れ。
それらを感じ取って、最小限の盾を作る。
キリカの曲刀が、防御膜に当たった。
今度は逸らすのではない。
止める。
小さく、硬い盾。
キリカの一撃が弾かれた。
【キリカ】
「なっ!?」
キリカの体勢が崩れる。
その瞬間、ノアは小さく叫んだ。
【ノア】
「ミア!」
【ミア】
「おう!」
ミアは感覚のズレた視界の中、声だけを頼りに動いた。
真っ直ぐではない。
一度、地面を蹴って横へ。
ユナがその動きに合わせ、魔力糸を伸ばす。
糸はミアの腰に軽く触れ、軌道を補正した。
【ユナ】
「行ける」
ユナの声。
ミアの短槍が、キリカの足元を払った。
キリカは跳ぼうとする。
だが、ノアの小さな防御膜が、今度はキリカの着地点に置かれていた。
足が弾かれる。
【キリカ】
「っ!」
バランスを崩したキリカの腕に、ユナの糸が絡む。
ミアが踏み込み、短槍の先をキリカの胸元で止めた。
判定魔法が光る。
キリカ、戦闘不能。
観覧席が大きくどよめいた。
【ミア】
「やった!」
ミアが叫ぶ。
だが、ユナはすぐに言った。
【ユナ】
「まだ終わってない!」
そう。
ベイルにはまだメルがいる。
しかも、メルはキリカが倒された瞬間も、笑っていた。
【メル】
「すごいねぇ」
丘の上で、メルは杖を掲げる。
【メル】
「じゃあ、こっちも頑張らないと」
彼女の足元に、二つ目の魔法具が光った。
ユナの表情が変わる。
【ユナ】
「まだあった……!」
メルの魔法が発動する。
今度はシェインの拠点方向。
遠く離れたシェイン側の拠点核の周囲に、桃色の光が灯った。
【ロイド】
「まずい」
ロイドが呟いた。
トーマは魔法映像盤を見る。
シェイン側の拠点核。
その周囲の地面が、ゆっくりと崩れ始めている。
直接攻撃ではない。
地形干渉で、拠点核を支える地面を沈ませているのだ。
【トーマ】
「メルは最初からキリカを前に出しつつ、裏で拠点を狙っていたのか」
トーマが言う。
ロイドは頷く。
【ロイド】
「ベイルらしからぬ、と言うと失礼ですが、非常に狡猾です」
【トーマ】
「ベイルは力押しの国じゃないのか?」
【ロイド】
「力押しが目立つだけです。勝つために必要なら、搦め手も使います」
リンが遠くで微笑んでいるのが見えた。
まるでこの展開を楽しんでいるようだった。
フィールド内。
キリカは戦闘不能判定で動けないが、悔しそうに叫ぶ。
【キリカ】
「メル!やっちゃえ!」
【メル】
「うん。任せてぇ」
メルは杖を振る。
シェイン拠点核の耐久値が減っていく。
しかもシェイン側は、例外処置のため拠点核の耐久値が通常より低い。
長くは持たない。
ミアが焦る。
【ミア】
「戻るか!?」
ユナが即座に判断する。
【ユナ】
「間に合わない。メルを止める方が早い」
【ミア】
「でも遠いぞ!」
【ユナ】
「ノア」
ユナがノアを見る。
ノアは息を切らしていた。
キリカを止めるため、かなり集中した。
でも、まだ立っている。
【ノア】
「私の防御、足場にできる?」
ミアが目を輝かせる。
【ミア】
「さっきのやつか!」
ノアは一瞬不安そうにした。
だが、すぐに頷く。
【ミア】
「やってみる!」
ユナが言う。
【ユナ】
「ノアが足場を作る。ミアがそこを使って最短で丘へ。私は糸で軌道を補正する」
【ミア】
「失敗したら?」
ミアが聞く。
ユナは短く答えた。
【ユナ】
「落ちる」
【ミア】
「分かりやすい!」
ノアは杖を構えた。
小さな防御膜を作る。
一枚。
二枚。
三枚。
宙に浮かぶ、淡い光の足場。
強すぎれば割れる。
弱すぎれば踏めない。
位置がズレればミアが落ちる。
手が震える。
でも、ノアは息を整えた。
【ノア】
「小さく。硬く。必要な場所に」
トーマは見ていた。
ノアの顔が、さっきまでと違う。
怖さは消えていない。
でも、その怖さに飲まれていない。
ミアが走る。
一枚目の足場を踏む。
光が揺れる。
だが、割れない。
二枚目。
ユナの糸がミアの腰を引き、角度を変える。
三枚目。
ミアは空中で短槍を構えた。
【ミア】
「届けぇぇぇっ!」
丘の上のメルへ向かって飛び込む。
メルは驚いたように目を丸くする。
【メル】
「わあ、すごい」
それでも、杖を構える。
桃色の光が盾のように広がる。
ミアの短槍とメルの魔法盾がぶつかった。
衝撃。
ミアの体が弾かれる。
だが、ユナの糸が彼女を空中で引き戻した。
同時にノアが最後の防御膜を、メルの背後に張る。
逃げ場を塞ぐ壁。
メルが初めて、少し困った顔をした。
【メル】
「あ、これは……」
ユナの糸がメルの杖に絡む。
ミアが着地と同時に踏み込み、短槍の石突きをメルの足元に打ち込んだ。
メルの体勢が崩れる。
ノアが叫ぶ。
いま──────!!!!!
ミアが短槍の先をメルの胸元で止めた。
判定魔法が光る。
メル、戦闘不能。
同時に、シェイン拠点核の耐久値低下が止まった。
沈黙。
一瞬、誰も声を出さなかった。
そして。
魔法陣が空に広がり、テリア女王の声が響く。
【テリア】
「勝者、シェイン王国!」
観覧席が大きく沸いた。
ミアは一瞬ぽかんとしていた。
それから、飛び上がる。
【ミア】
「勝ったぁぁぁ!」
ユナはその場に座り込む。
【ユナ】
「……ぎりぎり」
ノアは杖を握ったまま、呆然としていた。
【ノア】
「勝った……?」
ミアが駆け寄り、ノアの手を掴む。
【ミア】
「勝ったぞ、ノア!」
ユナも小さく頷いた。
【ユナ】
「ノアの防御がなかったら負けてた」
ノアの目が揺れる。
【ノア】
「私……ちゃんと、できた?」
ミアが即答する。
【ミア】
「できた!」
ユナも言う。
【ユナ】
「できた」
ノアは二人を見た。
そして、少しだけ泣きそうな顔で笑った。
【ノア】
「よかった……」
トーマは記録板を握りしめたまま、深く息を吐いた。
手に汗をかいていた。
ただ見ているだけなのに、戦っている時より緊張したかもしれない。
【ソル】
「勝ったな」
ソルが隣で言う。
【トーマ】
「ああ」
【ソル】
「何を見た」
トーマは少し考えた。
【トーマ】
「ノアは強い。でも、一人で強いんじゃない。ミアとユナがいたから、力をちゃんと使えた」
ソルは小さく頷く。
【ソル】
「いい見方だ」
【トーマ】
「それと」
トーマはフィールドの三人を見る。
【トーマ】
「守るって、ただ防ぐことじゃないんだな」
ソルの目がわずかに動く。
【ソル】
「どういう意味だ」
【トーマ】
「ノアの防御は、盾にもなった。足場にもなった。逃げ場を塞ぐ壁にもなった。守る力でも、攻めに繋がる」
ロイドが記録しながら言う。
【ロイド】
「その通りです。力の使い道は一つではありません」
レナは両手を上げていた。
【レナ】
「よくやったぞー!」
【ロイド】
「声が大きいです」
【レナ】
「今はいいだろ!」
【ロイド】
「まあ、今回は」
ロイドが珍しく止めなかった。
フィールドでは、キリカが悔しそうに座っていた。
メルがのんびりと笑っている。
【メル】
「負けちゃったねぇ」
【キリカ】
「分かってる!」
【メル】
「でも楽しかったねぇ」
【キリカ】
「……まあ、少しは」
キリカは立ち上がり、ミアたちの方へ歩いてきた。
ミアも身構える。
だが、キリカは曲刀を収め、手を差し出した。
【キリカ】
「負けた。悔しいけど、あんたたちは強かった」
ミアの顔が明るくなる。
【ミア】
「そっちも強かったぞ!」
二人は握手する。
メルはノアの方へ歩いてきた。
【メル】
「ノアちゃん」
【ノア】
「は、はい」
【メル】
「最後の足場、綺麗だったよぉ。あれ、すごく難しいでしょ?」
ノアは少し照れたように頷く。
【ノア】
「まだ、上手くできたか分からないけど」
【メル】
「上手だったよぉ。私の魔法具も見つけられちゃったし、シェインの三人組、面白いねぇ」
ユナが静かに言う。
【ユナ】
「メルの二つ目の魔法具は見落とした。次は先に潰す」
メルはにこっと笑う。
【メル】
「怖いこと言うねぇ」
キリカがミアを見た。
【キリカ】
「次は勝つから」
ミアは笑う。
【ミア】
「こっちもまた勝つ!」
勝負が終わった後の空気。
悔しさはある。
疲れもある。
でも、殺意はない。
これが大会なのだと、トーマは思った。
戦って、倒して、終わった後に手を差し出せる場所。
戻れる戦場。
その時だった。
腰の剣が、微かに震えた。
トーマの表情が変わる。
ソルも気づいた。
【ソル】
「どうした」
【トーマ】
「剣が……」
トーマは周囲を見る。
観覧席。
森。
丘。
レッドフラッグスか。
だが、剣の震えは強くない。
遠い。
見られている。
そんな感覚だけがあった。
同じ頃。
演習場から少し離れた森の奥。
紅い旗が、木々の陰で静かに揺れていた。
セイレンは魔法映像を小さく展開し、今の試合を見ていた。
隣ではルークが木の実を手に取っている。
【セイレン】
「それは食べられる」
セイレンが言う。
【ルーク】
「ほんと?」
【セイレン】
「たぶん」
ルークは口に入れ、少し考えた。
【ルーク】
「すっぱい」
【セイレン】
「でしょうね」
セイレンは映像の中のノアを見ていた。
淡い光の防御。
小さく、正確に制御された魔力。
【セイレン】
「伸びるわね、あの子」
ルークも映像を見る。
【ルーク】
「ノア」
【セイレン】
「ええ」
【ルーク】
「強い?」
【セイレン】
「まだ弱い。でも、危ういほどの器がある」
ルークは短く言う。
【ルーク】
「トーマと同じ?」
セイレンは少しだけ目を細めた。
【セイレン】
「似ている。でも違う」
彼女の視線は、今度はトーマへ向く。
観覧席で剣に手を置く記憶なき男。
【セイレン】
「トーマは空白の器。ノアは溢れそうな器」
ルークは少し考えた。
【ルーク】
「どっちも、こぼれる?」
【セイレン】
「ええ」
セイレンは紅い旗を握る。
【セイレン】
「だから、見ていて面白い」
【ルーク】
「助ける?」
セイレンは笑った。
冷たく、少し痛そうに。
【セイレン】
「助けないわ」
【ルーク】
「そっか」
【セイレン】
「でも、壊れるにはまだ早い」
ルークはこくりと頷いた。
【ルーク】
「じゃあ、待つ」
セイレンは遠くの演習場を見る。
【セイレン】
「大会はまだ始まったばかりよ」
紅い旗が、森の闇で静かに翻る。
一方、演習場では次の試合の準備が始まっていた。
テリア王国のルチアとフィナ。
彼女たちが静かにフィールドへ向かう。
次の相手は、ベイル王国。
大会形式は総当たりではなく、特殊な勝ち抜き形式だった。
初戦で勝ったシェインは一度待機。
次はテリアと、別条件で再編成されたベイル側の予備戦力による試合ではなく、テリア組の実力披露を兼ねた模擬戦が挟まれる。
テリア女王の声が響く。
【テリア】
「次戦は、テリア王国リトルヴァルキリーによる実戦演習を行う」
観覧席がざわつく。
トーマは眉を寄せた。
【トーマ】
「実戦演習?」
ロイドが説明する。
【ロイド】
「テリアの二人は前回、試合開始前に中断されました。調整のため、魔法自動兵を相手にした演習を行うようです」
フィールドに、青白い魔法陣がいくつも展開される。
そこから、人型の魔法兵が現れた。
木製の体に、魔力核を持つ訓練用の自動兵。
数は十体。
【トーマ】
「二人で十体か」
トーマが言う。
ソルは静かに答えた。
【ソル】
「侮るな」
【トーマ】
「テリアの二人をか?」
【ソル】
「両方だ」
フィールド内。
ルチアが魔法剣を抜く。
【ルチア】
「フィナ、後ろは任せたわ」
フィナはにこにこと杖を構える。
【フィナ】
「うん。お姉ちゃん、前でかっこよくしてて」
【ルチア】
「いつもかっこいいでしょ」
【フィナ】
「うんうん」
【ルチア】
「本当に思ってる?」
【フィナ】
「思ってるよぉ」
その会話だけなら微笑ましい姉妹だった。
だが、戦闘開始の鐘が鳴った瞬間。
トーマは理解した。
この二人は、可愛いだけではない。
ルチアが前へ出る。
魔法剣に蒼い炎が灯る。
一閃。
自動兵の一体が斜めに切り裂かれ、魔力核だけが正確に弾かれた。
破壊ではない。
戦闘不能判定を狙った精密な攻撃。
続いて二体目、三体目。
ルチアの動きは美しく、速い。
【ノア】
「すごい……」
ノアが戻ってきて、隣で呟いた。
その横でミアも目を輝かせる。
【ミア】
「強いな、あの姉!」
ユナは冷静に見る。
【ユナ】
「妹も見た方がいい」
フィナは後方で杖を振った。
すると、ルチアの足元に小さな魔法陣が次々と現れる。
加速。
防御。
視界補助。
敵位置表示。
フィナは直接攻撃していない。
だが、ルチアの動き全てを支えている。
さらに、ルチアを狙って横から迫った自動兵の足元に、小さな雷が落ちた。
自動兵が硬直する。
その隙にルチアが斬る。
【トーマ】
「えげつないな」
ユナが頷いた。
【ユナ】
「姉が前、妹が後ろ。でも妹の補助が細かすぎる」
ノアは少し緊張した顔でフィナを見た。
【ノア】
「フィナちゃん、ずっと笑ってる」
その笑顔が、少し怖かった。
フィナは人懐っこく笑いながら、敵の足を止め、視界を奪い、逃げ場を潰している。
妹の方が容赦ない。
それは、事前に聞いていた通りだった。
やがて十体の自動兵が全て停止した。
かかった時間は短い。
ルチアは剣を収め、誇らしげに胸を張る。
フィナはぱちぱちと手を叩いた。
【フィナ】
「お姉ちゃん、かっこよかったよ」
【ルチア】
「当然よ」
観覧席から拍手が起きる。
トーマは記録板に書き込んだ。
ルチア:前衛。魔法剣。精密。プライド高いが実力あり。
フィナ:後衛。補助・妨害。笑顔のまま敵を詰ませる。危険。
ロイドが覗き込む。
【ロイド】
「よく見ています」
【トーマ】
「フィナの方が厄介そうだ」
【ロイド】
「その評価は正しいと思います」
ノアが小さく呟く。
【ノア】
「私も、あんなふうに誰かを支えられるかな」
ミアが即答する。
【ミア】
「さっき支えてくれただろ!」
ユナも頷く。
【ユナ】
「足場、防御、進路封鎖。十分支えてた」
ノアは少しだけ照れた。
【ノア】
「……うん」
トーマはそんな三人を見て、胸の奥に小さな温かさを感じた。
シェインは勝った。
ノアは一歩進んだ。
大会は、確かに彼女たちを成長させている。
だが、その一方で。
森の奥にいる紅い旗が、ずっと消えない。
その存在が、まるでこの大会の外側に別の刃を置いているようだった。
テリア女王は主催席からフィールドを見下ろしていた。
その視線は一瞬、森の方角へ向く。
【テリア】
「……見ておるな、セイレン」
小さな声。
隣にいたアリスが聞き取った。
【アリス】
「やっぱりいるの?」
【テリア】
「おそらくな」
【アリス】
「捕まえる?」
テリア女王は首を振る。
【テリア】
「今は動かぬ。あの子もまだ見るだけじゃ」
【アリス】
「信じられるの?」
【テリア】
「信じるのではない。読むのじゃ」
テリア女王はトーマとノアを見る。
【テリア】
「今ここで壊すには、まだ早い。セイレンもそう思っておるはずじゃ」
アリスは不安そうに眉を寄せる。
【アリス】
「その読みが外れたら?」
テリア女王の目が細くなる。
【テリア】
「その時は、ワシが出る」
その声には、女王としての重みと、母としての痛みが混ざっていた。
大会は進む。
ルールある戦場の中で、小さな戦乙女たちは力を示していく。
そしてその外側で、ルールなき紅い旗が静かに揺れていた。