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第三十六話 近づかせぬ矢、近づく刃

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📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: Reincarnation -Record of memories- 📝 5,743文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。

本文

トーマが担架ではなく、自分の足で控え席へ戻った時、観客席からまた拍手が起こった。

勝者ではない。

だが、誰も彼をただの敗者として見てはいなかった。

ベイル女王に完敗した男。

しかし、倒されても立ち上がり、最後は自分の意思で降参した男。

その姿は、観客たちの中に小さな棘のように残っていた。

「負けても、ああいう負け方があるのか」

誰かが呟いた。

それは、トーマ自身にもまだ分からない感覚だった。

悔しい。

怖かった。

痛かった。

それでも、心は地下闘技場の時のように砕けていない。

トーマは治療席へ座り、治療師から肩に回復魔法を受けていた。

ノアが隣にいる。

「痛い?」

「痛い」

「よかった」

「よかったのか?」

「痛いって言えたから」

トーマは少し笑った。

「そういう意味か」

ミアが近くで拳を握る。

「トーマ、すごかったぞ! ぶっ飛ばされても立った!」

ユナが続ける。

「ちゃんと止まれた」

レナは包帯を巻かれたまま親指を立てる。

「負け仲間だな!」

「それは喜んでいいのか?」

「いい!」

ロイドは記録板から顔を上げた。

「トーマ、試合後の自己認識に乱れは?」

「ない。俺はトーマ。ここはヴァルキリートーナメント会場。シェイン対ベイルの第三試合で負けた」

「よろしい」

「負けたところまで確認するのか」

「重要です。現実を正しく認識できています」

トーマは苦笑する。

「まあ、間違いなく負けたよ」

ソルはその横を通り過ぎる。

トーマは彼女を呼んだ。

「ソル」

ソルは足を止めた。

「何だ」

「さっきも言ったけど、勝ってくれ」

ソルは静かに頷いた。

「ああ」

その返事は短い。

だが、不思議なほど頼もしかった。

⸻

闘技場中央。

カノンはすでに立っていた。

大型弩を肩から下ろし、静かに弦の具合を確認している。

背中には投擲槍が数本。

腰には短い杭のような矢筒。

足元には小型の設置具が並んでいる。

彼女は派手ではない。

リンのように視線を奪う艶やかさも、ベイル女王のような圧倒的な存在感も、ガーネのような重さもない。

だが、空気が冷たい。

狩人のようだった。

自分の間合いに入った獲物を、淡々と仕留める者。

「シェイン最高戦力」

カノンは小さく言った。

「近づかれたら終わり」

ソルが闘技場へ入る。

歩みは静か。

剣を携え、余計な動きは一つもない。

観客席が自然と静まっていく。

美しい。

しかし、それ以上に恐ろしい。

彼女が剣に手をかけただけで、空気の密度が変わった。

カノンは表情を変えずに言った。

「だから、近づけさせない」

ソルは答える。

「なら、近づく」

「単純」

「それで十分だ」

審判が中央へ立つ。

「第四試合。シェイン王国代表、ソル。ベイル王国代表、カノン」

ベイル女王は腕を組み、豪快に笑っていた。

「カノン! 近づかせるな!」

カノンは振り返らずに答える。

「分かっています」

リンが横で微笑む。

「カノンは相性で勝つタイプですからねぇ」

ガーネが短く言う。

「近づけない」

リンは頷く。

「ええ。問題は、相手が近づく化け物だということですねぇ」

シェイン側では、レナが悔しそうに笑っていた。

「ソルなら行ける!」

ロイドは冷静に言う。

「ですが、カノンは中距離封殺型。初動で距離を取られると厄介です」

トーマが問う。

「ソルはどうすると思う?」

ロイドが答えるより早く、ソルが構えた。

剣を抜く。

ほんの少しだけ腰を落とす。

それを見たロイドは言った。

「……正面突破ですね」

トーマは苦笑した。

「ソルらしいな」

ノアが少し心配そうに見る。

「正面からで大丈夫なの?」

ロイドは眼鏡を押し上げた。

「普通なら大丈夫ではありません」

ユナが言う。

「普通なら」

ミアが目を輝かせる。

「つまりソルさんは普通じゃない!」

ロイドは少し考えてから頷いた。

「はい」

その認め方に、トーマは少し笑った。

審判の手が上がる。

「開始!」

鐘が鳴った。

瞬間、カノンが後退した。

一歩ではない。

地面に小型の杭を撃ち込み、その反動で自分の体を後方へ飛ばす。

同時に、大型弩から三本の魔力矢が放たれた。

速い。

一直線ではない。

一本は正面。

一本はソルの足元。

一本は斜め上から落ちるような軌道。

開始一秒で、すでに三方向からの封殺。

ソルは走った。

真正面へ。

正面の矢を剣で弾く。

足元の矢は踏み込みを半歩ずらして避ける。

上からの矢は、剣を返して斬り落とす。

動きに無駄がない。

だが、カノンはさらに撃つ。

今度は矢ではなく、細い鎖付きの杭。

地面に刺さった杭同士が光の線で繋がり、ソルの進路を塞ぐ。

「封鎖陣です」

ロイドが呟く。

「進行方向を制限し、狙撃しやすい道へ誘導する仕組みですね」

トーマは目を細める。

「ソル、止まるか?」

ソルは止まらなかった。

光の線を剣で断とうとする。

だが、線は切れる直前に弾性を持って跳ね返る。

ソルの剣筋がわずかに逸れる。

そこへカノンの矢。

ソルは首を傾けて避ける。

髪が数本散った。

観客席がざわめく。

「当たりかけたぞ」

「ソル相手に?」

「カノン、やるな」

カノンは表情を変えない。

「近づかせない」

さらに杭を撃つ。

闘技場の床に、光の線が増えていく。

ソルの進める道が細くなる。

その細い道へ、矢が飛ぶ。

ソルは避ける。

弾く。

斬る。

だが、確実に足が止まり始めている。

距離は詰まらない。

カノンは常に後退しながら撃ち続ける。

彼女の戦いは地味だった。

だが、徹底している。

相手に気持ちよく戦わせない。

相手の得意な距離を奪う。

相手が動きたい方向へ罠を置く。

焦らせ、削り、最後に仕留める。

レナが歯を食いしばる。

「あれ、嫌だな!」

「あなたは特に苦手でしょうね」

ロイドが言う。

「すぐ走れなくされる」

「うぐっ」

トーマはソルを見つめた。

「ソルでも、苦戦するのか」

ロイドは頷く。

「相性はよくありません。ソルは万能ですが、万能だからこそ、相手は最初から得意分野を潰してきます」

ノアが不安そうに聞く。

「じゃあ、どうすれば……」

ロイドは静かに言った。

「ソルなら、潰された得意分野を作り直します」

闘技場。

ソルは足を止めた。

カノンが大型弩を構える。

「止まった」

彼女の目が細くなる。

「なら、撃つ」

大型弩が強く光る。

今までより太い魔力矢。

ソルの周囲には光の線。

避ける道は限られている。

真正面から受ければ重い。

カノンは狙いを定める。

矢が放たれた。

轟音。

魔力矢が一直線にソルへ向かう。

ソルは剣を構えた。

そして、目を閉じた。

観客席が息を呑む。

「目を閉じた?」

トーマが呟く。

次の瞬間、ソルが動いた。

避けない。

矢の正面へ一歩。

剣を斜めに振る。

魔力矢が剣に触れる。

爆発するはずだった。

だが、矢は爆発しなかった。

ソルの剣に沿って、斜め上へ流れた。

魔力矢は空へ抜け、闘技場の結界にぶつかって弾ける。

轟音が遅れて響く。

カノンの表情が初めて動いた。

「流した?」

ロイドが眼鏡の奥で目を見開く。

「ノアの防御膜と同じ発想……」

トーマも気づく。

「受け流したのか」

ノアは小さく息を呑んだ。

「ソルさん……見てたんだ」

ソルは目を開ける。

足元にはまだ光の線がある。

だが、彼女はそれをじっと見る。

そして、剣を下げた。

次の瞬間。

ソルは横へ走った。

今までのように一直線ではない。

光の線の弾性を利用するように、わざと踏み、跳ね返りを使って方向転換する。

カノンの作った封鎖陣。

本来なら、相手を止めるための罠。

ソルはそれを足場に変えた。

「……っ!」

カノンが矢を撃つ。

しかし、ソルの軌道が読みにくくなった。

罠の反発を利用して跳ねるため、直線的な走りではない。

速い。

それでいて、不規則。

カノンは杭を追加で撃つ。

ソルの足元に新たな光線が走る。

ソルは剣で杭の角度を叩き、線の方向を変えた。

封鎖陣が歪む。

カノンの狙撃路が崩れる。

「自分の陣を……使われてる」

カノンは即座に後退する。

だが、距離が詰まり始めた。

観客席が沸く。

ソルは静かに前へ進む。

いや、進むというより、戦場そのものを読み替えている。

罠を障害物ではなく足場に。

矢を脅威ではなく流れに。

封鎖を壁ではなく道に。

カノンの顔に汗が浮かぶ。

「やっぱり、近づく」

彼女は大型弩を捨てた。

観客がどよめく。

カノンは背中の投擲槍を三本抜いた。

弩よりも速く、近距離で対応するための選択。

「ここからは、寄らせない」

三本の槍が同時に投げられる。

一本はソルの胸。

一本は足。

一本は背後の退路。

ソルは胸の槍を斬り、足の槍を跳んで避け、退路を塞ぐ槍には構わず前へ出た。

逃げ道はいらない。

進むだけ。

カノンは短い杭を手に持つ。

近接戦は不得意。

だが、完全にできないわけではない。

ソルが間合いに入る寸前、カノンは地面へ杭を突き刺した。

爆ぜるように光の線が広がる。

近づいた相手を一瞬拘束する最後の罠。

ソルの足が光に絡む。

止まった。

カノンの目が鋭くなる。

「終わり」

袖から隠し矢。

至近距離。

ソルの肩を狙う非殺傷の魔力矢。

だが、ソルは止まったまま剣を振った。

足は動かない。

なら、上半身だけで斬る。

剣が矢を弾く。

さらに、そのまま回転。

足が拘束されているにも関わらず、体を捻り、剣の柄で杭を砕いた。

光の拘束が消える。

カノンは後退しようとする。

その喉元に、ソルの剣があった。

寸止め。

会場が静まり返る。

審判の手が上がる。

「勝者、シェイン王国代表、ソル!」

一瞬の静寂。

そして、歓声。

大きな、大きな歓声が闘技場を包んだ。

シェイン側は沸き立った。

レナが包帯姿で叫ぶ。

「ソルー! やっぱり強いな!」

ミアも跳ねる。

「すごい! 全部使ってた!」

ユナが頷く。

「罠も足場にした」

ノアは感動したように言う。

「私の流す防御も……」

トーマは思わず呟いた。

「最高戦力って、こういうことか」

ロイドは記録板に書き込みながら言う。

「ええ。単に強いだけではありません。相手の戦場を、自分の戦場に変える。それがソルです」

闘技場中央。

カノンは剣を向けられたまま、小さく息を吐いた。

「負けた」

ソルは剣を下ろす。

「良い封鎖だった」

カノンは少し目を細める。

「褒めてる?」

「かなり」

「そう」

カノンは大型弩を拾いに行く。

ソルは静かに続けた。

「途中まで、近づけなかった」

「最後は近づいた」

「次はもっと早く近づく」

カノンはほんの少しだけ口元を動かした。

「次はもっと近づけない」

短いやり取り。

それだけで、互いに相手を認めたことが分かった。

ベイル女王は腕を組み、満足そうに笑っていた。

「カノンもよくやった! だが、やはりソルは強いな!」

リンが微笑む。

「シェイン最高戦力の名は伊達ではありませんねぇ」

ガーネが頷く。

「強い」

カノンが戻ってくると、リンが声をかけた。

「悔しいですか?」

「悔しい」

「よいことです」

「次は勝つ」

「ええ。次はもっと嫌な戦いをしましょうねぇ」

「リンの嫌な戦い方は真似したくない」

「傷つきますねぇ」

「事実」

ベイル女王が大笑いした。

⸻

ソルが控え席へ戻ってくる。

トーマは立ち上がろうとして、治療師に止められた。

「動かないでください」

「少しだけ」

「駄目です」

ソルが近づいてきた。

「無理に立つな」

トーマは苦笑した。

「勝ったな」

「ああ」

「すごかった」

「お前の試合から得たものもある」

「俺の?」

ソルは頷く。

「盾を受けずに流そうとしていた。ノアの防御から学んだのだろう」

トーマは少し照れる。

「まあ、少し」

「私も見ていた」

ノアが目を丸くする。

「ソルさんが、私の防御を?」

「役に立った」

ノアの顔がぱっと明るくなる。

「よ、よかったです」

ソルは少しだけ柔らかく頷いた。

ロイドが告げる。

「これでシェイン対ベイルは二勝二敗。第一カード群は引き分けです」

レナが拳を上げる。

「引き分けか!」

「はい。あなたとトーマは敗北、私とソルが勝利」

「こう言われると悔しいな!」

トーマも頷く。

「俺も悔しい」

ロイドは少しだけ口元を緩める。

「その悔しさは、次に回してください」

「もちろんだ!」

レナが即答する。

トーマも静かに言った。

「ああ」

シェイン対ベイル。

一勝一敗ではなく、四試合の合計二対二。

どちらも譲らなかった。

観客席もその結果を受け入れるように拍手を送っていた。

初戦のカード群から、三国対抗戦は熱を帯びていた。

⸻

休憩時間。

トーマは治療を受けながら、闘技場を見ていた。

自分は負けた。

レナも負けた。

ロイドとソルは勝った。

同じ敗北でも、レナの敗北と自分の敗北は違う。

同じ勝利でも、ロイドの勝利とソルの勝利は違う。

それぞれの戦いに、それぞれの意味がある。

「トーマ」

ノアが隣に座る。

「何を考えてるの?」

「負けても、いろいろあるんだなって」

「うん」

「レナは次に繋がる負け方をした。俺は止まるために負けた。ロイドは怖さを認めて勝った。ソルは相手の戦場ごと変えて勝った」

ノアは少し笑った。

「ちゃんと見てたんだね」

「見てた。見ないと、もったいない」

トーマは拳を握る。

「次に自分が戦う時、今日の全部を持っていけるようにしたい」

ノアは頷く。

「うん。きっとできる」

その時、魔法掲示板に次のカード群が表示された。

第二カード群

ベイル王国 対 テリア王国

観客席が再び騒がしくなる。

リン対アリス。

ガーネ対ロイ。

カノン対イリス。

ベイル女王対テリア女王。

その組み合わせが、次々に浮かび上がる。

会場の熱が一気に変わった。

ベイルとテリア。

古くからのライバル国。

特に女王同士の試合は、大会最大の目玉の一つになる。

ベイル女王が遠くから叫んだ。

「テリア! ついに来たな!」

テリア女王は小さく笑う。

「声を張らずとも聞こえておる」

「楽しみだ!」

「ワシもじゃ」

二人の間に、火花のような魔力が散る。

ロイドが静かに言う。

「次は、私たちは観戦側です」

レナが目を輝かせる。

「ベイル女王とテリア女王、すごそうだな!」

アリスが遠くで顔をしかめている。

「会場、壊れないでしょうね……」

リンはアリスへ向けて優雅に手を振った。

「よろしくお願いしますねぇ、アリスさん」

アリスは腕を組む。

「嫌な予感しかしないわ」

ロイは静かにガーネを見ている。

ガーネもロイを見る。

「見えない相手」

ロイは短く言う。

「重い相手」

二人はそれだけ言って、視線を外した。

次の戦いが始まる。

トーマは息を整え、観客席へ目を向けた。

今度は、自分の戦いではない。

だが、学ぶことは山ほどある。

負けても構わぬ。

その言葉は、自分だけのものではないのかもしれない。

この大会に立つ全員が、勝ち負けの中で何かを受け取り、何かを残していく。

第二カード群。

ベイル対テリア。

戦乙女たちの舞台は、さらに熱を帯びていった。

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となん

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