第四十二話 知恵と魔法の境界線
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。
本文
鐘の音が闘技場へ響く。
第三カード群、第一試合。
アリス対ロイド。
派手な歓声は少ない。
だが観客席には別種の緊張が流れていた。
力と力ではない。
速さと速さでもない。
互いに考え、読み合い、崩し合う戦い。
それが始まろうとしていた。
⸻
試合開始から十秒。
両者とも動かない。
アリスは魔法陣を展開したまま。
ロイドは術式札を指先で挟んだまま。
睨み合う。
いや。
観察し合っている。
アリスが先に口を開いた。
「来ないの?」
ロイドは答える。
「来てほしいのですか?」
「別に」
「では行きません」
アリスの眉がぴくりと動く。
観客席ではキリカが吹き出した。
「うわ、面倒くさい!」
メルがのんびり言う。
「頭いい人同士ってこんな感じなんだねぇ」
ミアも首を傾げる。
「なんで戦わないんだ?」
ユナが答える。
「今戦ってる」
「どこで?」
「頭の中」
「見えない!」
⸻
闘技場ではアリスが小さく笑った。
「なるほど。私が先に動くのを待ってるのね」
「はい」
「正直ね」
「嘘をつく意味がありません」
「そう」
アリスの足元に炎の魔法陣。
同時に風。
そして氷。
三属性。
しかし放たない。
ロイドは目を細める。
「囮ですか」
「どうかしら」
「少なくとも炎は本命ではない」
「へえ?」
「炎を見るように誘導している」
アリスは少し驚いた。
まだ撃っていない。
それなのに見抜かれている。
「嫌な相手ね」
「お互い様です」
⸻
次の瞬間。
アリスが動いた。
炎ではない。
風。
風の刃が地面を削りながらロイドへ迫る。
ロイドは避けない。
術式札を一枚投げる。
風刃が札に触れた瞬間。
軌道が曲がった。
観客席がどよめく。
「曲がった!?」
ロイドは静かに言う。
「風は誘導しやすい」
アリスは即座に理解する。
誘導術式。
進行方向を変える簡易式。
風属性との相性が良い。
ならば。
今度は雷。
一直線。
速度重視。
ロイドは横へ飛ぶ。
雷が通過する。
その直後。
雷の軌道上から氷柱が出現した。
「っ!」
ロイドの肩をかすめる。
血が飛ぶ。
観客席がざわめく。
アリスが笑う。
「一つ」
ロイドは肩を見る。
浅い。
だが、当たった。
「雷は囮」
「ええ」
「氷が本命」
「正解」
アリスは満足そうだった。
ロイドは逆に冷静になる。
今ので分かった。
アリスは複数属性を重ねて使う。
問題はどれが本命かではない。
全部本命だ。
⸻
ロイドは術式札を三枚投げた。
地面へ。
左右へ。
そして上空へ。
アリスの目が細くなる。
「設置型」
「はい」
「罠ね」
「はい」
「嫌な人」
「よく言われます」
アリスはため息をついた。
「リンより面倒かもしれない」
観客席でリンが笑う。
「それは光栄ですねぇ」
アリスは振り返らず叫ぶ。
「褒めてない!」
⸻
次の瞬間。
アリスが一気に距離を詰めた。
ロイドは驚かない。
むしろ予想していた。
魔法使いなのに前へ出る。
それがアリスの特徴。
魔法剣士ではない。
だが近距離も苦手ではない。
アリスが手を振る。
炎。
氷。
雷。
三属性同時。
ロイドは術式札を起動。
地面に描かれた線が光る。
拘束式。
アリスの足元を狙う。
しかし。
アリスは飛んだ。
「甘い!」
拘束の上を飛び越える。
そのままロイドの目前へ。
「近い!」
ミアが叫ぶ。
レナも立ち上がる。
「まずいぞ!」
ロイドは後退しない。
術式札を真上へ投げた。
光る。
瞬間。
アリスの頭上に透明な壁が出現。
「なっ!?」
飛び越えた先に壁。
アリスは空中で体勢を崩す。
その瞬間。
ロイドが魔力糸を引いた。
糸がアリスの腕へ絡む。
捕まる。
初めて。
アリスの顔が険しくなる。
「やるじゃない」
「ありがとうございます」
「褒めてない!」
⸻
アリスは糸を焼き切る。
炎。
魔力糸が弾ける。
だがその間にロイドは距離を取る。
再び仕切り直し。
観客席ではルチアが真剣な顔だった。
「アリス様が捕まった……」
フィナは楽しそうに笑う。
「面白いねぇ」
「面白くありませんわ」
「でもすごいよ。あの眼鏡さん」
ルチアも否定できなかった。
ロイドは強い。
純粋な火力ではない。
だが相手の選択肢を削る。
戦場そのものを変える。
そんな戦い方だった。
⸻
アリスは深呼吸する。
そして静かに言った。
「分かった」
ロイドが首を傾げる。
「何がですか?」
「あなたを相手に小細工するのは無駄」
ロイドの眉が少し動く。
「ほう」
「だから正面から行く」
魔法陣が増える。
一つ。
二つ。
三つ。
五つ。
十。
闘技場が光で埋まる。
観客席がざわめいた。
アリスの本気。
リン戦以上。
ロイドも理解する。
「総力戦ですか」
「そう」
アリスは笑った。
「読み切れるなら読んでみなさい」
炎。
氷。
風。
雷。
光。
五属性。
同時展開。
巨大な魔法花が闘技場に咲いた。
ロイドは初めて表情を引き締める。
「これは……」
アリスは右手を振り下ろした。
「行くわよ!」
五属性の嵐がロイドへ襲いかかる。
ロイドは術式札を握り締める。
そして静かに呟いた。
「ならばこちらも」
眼鏡の奥の目が鋭く光った。
「全記録解放」
観客席のロイドを知る者たちが息を呑む。
ノアが小さく言う。
「ロイドさん……?」
トーマも目を見開く。
今まで見せなかった顔。
地下闘技場で失いかけた記録。
恐怖を乗り越えて掴んだもの。
ロイドが切り札を使おうとしていた。
巨大な魔法花。
対する記録術式。
知性と知性の戦いは、ここから本当の勝負へ入ろうとしていた。