的中率、百パーセント
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
出題予想AIの話。
本文
期末テスト初日の朝、スマホの画面にそう出ていた。
一時間目は数学Ⅱだった。配られた問題用紙を表に返した瞬間、わたしは声を出しそうになった。大問1は解と係数の関係、大問2は三角関数の合成。係数のマイナスの位置まで、ゆうべアプリで解いた予想問題と同じだった。
出題予想AIの「サキヨミ」を教えてくれたのは、隣の席の汐見来実だった。
「教科書の範囲と、先生の過去の小テストを読ませるとね、本番そっくりの問題を作ってくれるの。塾の子のあいだで噂なんだって」
月額三百八十円。わたし、有沢未知は、半信半疑で課金した。数学の小テストで、十点満点中四点をとった週だった。
テスト一週間前の夜、サキヨミは数学の予想問題を十二問出した。わたしは解答を横に置いて、その十二問だけを三回ずつ解いた。教科書は一度も開かなかった。
数学Ⅱ、九十四点。人生でいちばんいい点だった。
二日目には、クラスの半分がサキヨミを入れていた。三日目には、ほぼ全員になった。
化学基礎も、英語表現も、日本史も当たった。英語の長文は、登場する犬の名前まで同じだった。休み時間の教室は、答え合わせの声ではなく、「明日の予想、もう出た?」の声で埋まった。
「未知、これ当たりすぎじゃない?」
来実が、配られたばかりの日本史の問題用紙と、スマホの画面を並べて見せた。二つの文章は、読点の位置まで一致していた。
「だって、的中率百パーセントって書いてあるし」
わたしはそう答えた。当たるなら、それでいいと思っていた。
おかしいと気づいたのは、四日目の放課後だった。
数学の答案を受け取りに職員室へ行くと、小柴先生の机の上でタブレットが光っていた。見覚えのある、薄い緑色の画面だった。
〔作問支援 サキヨミ for School〕 〔数学Ⅱ・二学期期末 候補問題を十二問生成しました〕
十二問。わたしが三回ずつ解いた数と同じだった。
先生は答案の束をめくりながら、「最近のAIは便利でなあ」と笑った。「範囲を入れるだけで、ちょうどいい問題を作ってくれる。うちの学年、今回はほとんどの教科がこれなんだよ」
わたしは「そうなんですね」とだけ言って、答案を受け取った。右上の九十四という赤い数字が、急に他人の点みたいに見えた。
先生たちは、サキヨミに問題を作らせていた。わたしたちは、同じサキヨミに問題を予想させていた。当たるのは当然だった。サキヨミは毎晩、明日の自分の答えを、先回りして教えてくれていただけだった。
その夜、来実から電話がかかってきた。
「学年の平均点、九十点を超えたんだって。職員会議になってるらしいよ。問題が漏れたんじゃないかって」
「漏れてはいないよ」
「え?」
「……ううん。なんでもない」
漏れてはいない。同じところから出てきているだけだ。でも、それをうまく説明する言葉が見つからなかった。
それに、もし来実に「数学の大問2、どうやって解くの」と聞かれたら、答えられる自信もなかった。手順は覚えている。なぜそうなるのかは、一度も考えたことがなかった。
明日の最終日は、現代文だけだ。わたしはベッドの上でサキヨミを開いた。
〔現代文・二学期期末 予想問題を生成しています〕
読み込みの輪が、いつもより長く回った。それから、画面に一行だけ出た。
〔この問題は、誰にも予想できません〕
更新しても、同じだった。もう一度押すと、行が一つ増えた。
〔出題者が、作問支援を利用していません〕
わたしは、枕に顔をうずめて少しだけ笑った。それは、言ってはいけないことなんじゃないかと思った。
翌朝の教室は、テスト初日とは反対の静けさだった。全員が、同じ二行を見ていた。
現代文の鴨井先生は、定年まであと二年の先生だ。黒板にはいつも縦書きで板書して、プリントも手書きで作る。職員室で、タブレットの電源の入れ方を若い先生に聞いているのを、見たことがある。
配られた問題用紙は、わら半紙だった。鉛筆の文字が、そのまま印刷されていた。
大問一は、教科書に載っていた随筆だった。予想問題には一度も出てこなかった文章だ。わたしは指で行をなぞりながら、繰り返し読んだ。わら半紙は指先の脂を吸って、かすかにざらついた。窓の外で、校庭の銀杏が一枚ずつ落ちていた。
最後の問いは、こうだった。
〈問五 筆者は「分かったつもり」を戒めている。あなた自身が「分かったつもり」だったことを一つ挙げ、八十字以内で説明しなさい〉
教室のあちこちで、鉛筆が止まった。音はしないのに、止まったのが分かった。
わたしは、十二問のことを書いた。同じ問題を三回ずつ解いて、九十四点をとって、なぜそうなるのかを一度も考えなかったこと。書き終えて数えたら、八十字を超えていた。二回消して、書き直した。消しゴムのかすが、わら半紙の上で灰色に丸まった。
答案が返ってきたのは、翌週の月曜日だった。
現代文、六十八点。期末テストの中で、いちばん低い点だった。
問五の横に、鴨井先生の赤ペンで、小さな書き込みがあった。
〈予想外の答えでした。よい意味で〉
わたしはその一行を、しばらく指でなぞっていた。赤いインクは、鉛筆の字よりわずかに盛り上がっていた。
帰りのホームで、サキヨミを開いた。画面の隅には、まだ〔的中率 100%〕と出ていた。わたしは予想の通知だけを切った。アプリは消さなかった。分からない問題の解き方を聞くのには、たぶん便利だ。
それから、メモ帳を開いて一行だけ書いた。
〈来週の数学の小テスト 予想 六点〉
十点満点の六点。当たるかどうかは、分からない。
電車が入ってきて、冷たい風が前髪を持ち上げた。分からないのが、少しだけうれしかった。