冬眠中、起こさないでください

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/8 📝 2,482文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと冬眠の話。

本文

 〔本日の活動 なし〕

 朝、玄関で靴をはいていると、虫かごの横の小さな画面がそう言った。

 玄関の床は、靴下の上からでも冷たかった。虫かごの土に指をあてると、冷蔵庫に入れておいたプリンみたいにひんやりしている。

 中にいるのは、カブトムシの幼虫のゴンだ。夏休みに、お父さんと雑木林でつかまえたメスが卵を産んで、九月に土の中から出てきた。今は、ぼくの親指より太い。ふたには〈三年二組 葛西かさい周あまね〉と書いたシールが貼ってある。ぼくの字だ。

「コモリ、ゴン、死んでない?」

 土にさしてある棒のようなセンサーが、青く一回光った。飼育見守りAIの「コモリ」だ。土の温度と湿りぐあいと、中で動く振動をはかっている。

 〔生きています。冬眠に入りました。正確には、越冬です〕

「えっとう?」

 〔寒くなったので、春まで動かずに待つことです〕

 ぼくは、土の表面をじっと見た。先週までは、毎朝ゴンのフンが増えていた。黒くて小さい粒だ。それが、三日前からひとつも増えていない。

「ちょっとだけ掘って、顔見ていい?」

 〔おすすめしません。起こさないでください〕

 そのころ、お父さんも、ずっと眠っていた。

 十月から、お父さんは夜の仕事になった。物流センターで、トラックに荷物を積む仕事だ。ぼくが学校から帰ると、お父さんはもう出かけていて、ぼくが起きる前に帰ってきて、昼のあいだ寝ている。

 お父さんの部屋のドアの前を通るときは、足音をたてない決まりになった。土曜日も日曜日も、ドアは昼すぎまで閉まったままだ。

 夏休みには、二人で毎朝、雑木林に行ったのに。

 十一月の二週目、ぼくはがまんできなくなった。

 夜、お母さんがお風呂に入っているあいだに、虫かごをリビングのヒーターの前まで運んだ。あったかくすれば、ゴンも起きるはずだと思った。

 画面が、すぐ赤く光った。

 〔この場所は、温度が高すぎます〕

「起こしたいんだもん」

 〔暖かいと、ゴンは春を待てなくなります〕

「春まで待てないと、どうなるの」

 〔早く成虫になります。外に出ても、まだ冬です。食べるものも、仲間もいません〕

 ぼくは虫かごを抱えたまま、しばらく動けなかった。腕の中で、土がほんの少しだけ、あったかくなりかけていた。

 玄関に戻すと、画面はまた青に戻った。

「春って、あと何日?」

 〔ゴンが動きはじめるまで、およそ百四十日です〕

 百四十日。ぼくの指では、ぜんぜん数えきれなかった。

 その夜、お母さんに聞いてみた。お父さんの夜の仕事は、いつまでなの、って。

「春までよ。四月になったら、また昼のお仕事に戻れるって」

 お母さんは、ぼくの頭をなでた。手が、まだお風呂のにおいだった。

 春まで。ゴンと同じだ、とぼくは思った。

 でも、わかっても、待つのは楽にならなかった。

 次の土曜日、学校で作った紙ずもうの力士を見せたくて、ぼくは昼前にお父さんの部屋のドアをたたいた。三回たたいて、返事がなかったので、もう三回たたいた。

 ドアが開いた。お父さんの目は半分しか開いていなくて、髪がぺしゃんこだった。

「周、頼むから、寝かせてくれ」

 声は大きくなかった。でも、ドアはすぐに閉まった。

 ぼくは力士を持ったまま、玄関まで歩いた。虫かごの前にしゃがんで、小さなスコップを手に取った。プラスチックの持ち手が、指にかたく当たった。

 ゴンなら、起きてくれる気がした。

 〔掘りますか?〕

 コモリが聞いた。いつもの「おすすめしません」じゃなかった。

「……掘ったら、ゴンはどうなるの」

 〔びっくりして、少し動きます。それから、もう一度眠るために、ためておいた力を使います〕

「ためておいた力?」

 〔春に、さなぎになるための力です〕

 スコップの先が、土の上で止まった。

 ぼくは、閉まったドアのことを考えた。お父さんも、もしかしたら、何かのための力をためているのかもしれない。ぼくがドアをたたくたびに、それを使わせていたのかもしれない。

 スコップを置いた。

「じゃあ、待ってるあいだ、ぼくは何をすればいいの」

 画面に、一覧が出た。

 〔待っているあいだにできること〕  〔一 土が乾いたら、霧吹きを三回〕  〔二 玄関の温度を見る〕  〔三 毎日の記録をつける〕

 しばらくして、もう一行ふえた。

 〔四 起きたときに話すことを、考えておく〕

 その日の午後、ぼくは画用紙を二枚切った。

 一枚目には、太いペンで書いた。

〈冬眠中 起こさないでください〉

 セロハンテープで、虫かごのふたに貼った。

 二枚目にも、同じことを書いた。それから、小さく一行足した。

〈春になったら、話したいことがあります〉

 ぼくは足音をたてないように廊下を歩いて、お父さんの部屋のドアに、その紙を貼った。

 夕方、お父さんが部屋から出てきた。仕事に行く前の、作業着のお父さんだった。手に、ぼくの画用紙を持っていた。

「冬眠か」

 お父さんは、紙と、玄関の虫かごの紙を見くらべて、少し笑った。昼間とは、ちがう声だった。

「正確には、越冬だって」

 ぼくが言うと、お父さんは声を出して笑った。そして、ぼくの前にしゃがんだ。作業着から、段ボールと、外の冷たい空気のにおいがした。

「話したいことって、何だ」

「春になったら言う」

「そうか」

 お父さんは、ぼくの頭に手を置いた。大きくて、かさついた手だった。

「じゃあ、春になったら、また林に行くか。ゴンを放しに」

 ぼくはうなずいた。お父さんは画用紙をドアに貼り直して、玄関から出ていった。ドアの閉まる音は、昼間よりずっと静かだった。

 ぼくのノートには、毎日一行ずつ記録がふえている。土の温度と、霧吹きの回数と、春になったらお父さんに話すこと。紙ずもうのこと。あまりのあるわり算ができるようになったこと。ゴンが、ちゃんとがまんしていること。

 今朝も、玄関の床は冷たかった。

 〔本日の活動 なし〕

 画面には、そう出ていた。すぐ下に、もう一行。

 〔異常 なし〕

 ぼくは靴をはいて、行ってきます、と小さな声で言った。虫かごにも、廊下の奥のドアにも、聞こえるくらいの声で。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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