千変の覇王〜底辺探索者は理外の超越観測者《オーバーオブザーバー》〜
――この世界は、選ばれた者だけが生き残る。 冷たい雨が、割れた街灯を打ちつけていた。 リオン・アサクラは、濡れたフードを深く被りながら、崩れたビルの影を歩く。 その背には、ボロボロの探索者用バックパック。 中身は安物のポーションと、割れた短剣一本。 「また……ダメだった、か」 今日も依頼は失敗。 下級モンスター“レッサーゴブリン”に囲まれ、命からがら逃げ出してきた。 ランクはFのまま。 仲間はいない。 他の探索者に笑われる、名もなき弱者。 「……父さん、俺、どこで間違えたんだろうな」 呟いても、返る声はない。 死んだ父が残したこの家だけが、唯一の居場所。 彼は湿った靴を脱ぎ、地下室の扉を開く。 暗闇の中、黒い石が淡く光っていた。 まるで、呼吸をするように。 「……なんで、今になって」 リオンが近づいた瞬間―― 世界が、歪んだ。 壁が波打ち、床が崩れ、光が反転する。 目を覆う間もなく、彼の体は闇に飲まれた。 次に目を開けた時、そこは“世界の外側”だった。 空は赤黒く、地は蠢き、風は形を持って流れている。 空間そのものが生きている――そう錯覚させるほどの異常。 【ようこそ、変化の主よ】 脳内に響いた声。 それは機械でも神でもなく、もっと“本能的な何か”だった。 【此処は千変万化の王座。 選ばれし者のみが、存在を定義し直す場】 リオンの足元に、無数の魔法陣が現れた。 そのすべてが異なる形で脈動している。 炎、水、影、鋼、雷、毒――無数の属性が彼に牙を剥いた。 「試すってわけか……上等だ」 恐怖よりも、燃え上がるのは闘志。 ここで死んでも、あの世界に帰る理由などない。 ならば、全てを賭けるしかない。 【問う――お前は何を望む?】 リオンは、ゆっくりと笑った。 そして、答えた。 「――“変化”だ。 俺を、底辺のままで終わらせるな」 光が弾けた。 肉体が裂け、骨が変わる。 痛みの中で、彼は確かに感じていた。 これは破壊ではない。 ――再構築だ。 こうして、底辺探索者リオンは、 “千変の覇王”への第一歩を踏み出した。