俺の無勇伝
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
平凡なサラリーマン、坂本浩二。 毎日リモコンのボタンを押すように繰り返すだけの人生。 そんなある日、彼は新任の美しい秘書・結城美咲と出会う。 完璧に見えた彼女が抱える“秘密”に触れた瞬間、坂本の世界は静かに軋み始めた。 ――社長室のパソコン、消せない契約ファイル、そして「見られている」という警告。 操作されるのは、会社か、自分か。 日常が音もなく壊れていくオフィス・サスペンス。 ※こちらは友人の作品を代理で投稿しています※
本文
第一章 リモコンで動く俺の毎日
「君にはもう会社を辞める選択しか残っていない!――さようなら。」
俺の名前は坂本浩二、三十七歳。
中堅メーカーの営業部で、十年以上「リモコンで動くような」日々を送ってきた。
朝は決まって6時半に起き、食パンを口にくわえながらシャツのボタンを留める。
同じ電車、同じ車両、同じ吊り広告。
電車の揺れに合わせて、俺の心も微動だにしない。
それが俺の“安定”だった。
昼はコンビニ弁当、夜はカップラーメンに白飯をぶち込み「今日も豪華ディナーだな」と呟く。
笑ってみせても、笑いの音は壁に吸い込まれて消える。
スマホのニュースを見ながらズズッとすする音だけが、俺の生活のBGMだった。
そんな俺にも、数少ない同僚との関わりがある。
後輩の田島は五歳下。営業成績トップで、いつも明るい。
「課長、またカップ麺っすか?」
「そうだ。お湯かけて五分、愛情ゼロ秒。」
「愛情ゼロて!それもう工場ラインのメシっすよ!」
笑い合いながらも、心のどこかで思ってた。――この会話も“仕事の一部”だって。
俺は誰にも迷惑をかけず、誰にも期待されず、ボタンを押されれば動くだけの人生。
それで充分だと、思っていた。
――あの日、彼女に出会うまでは。
***
新社長・大森が就任した翌週、彼女は現れた。
結城 美咲。
新社長の直属秘書であり、噂によれば前職は外資系。
黒髪のストレートに、無駄のない所作。まるで研ぎ澄まされた刃のようだった。
社内の男たちの視線を一身に集めながらも、本人はどこか冷めた目でデスクに向かっていた。
――完璧すぎて、近寄れない。そう思っていた。
ある昼、給湯室で出くわした。
俺がコーヒーを淹れている横で、彼女は缶の味噌汁を温めていた。
「……え、味噌汁ですか?」
「ええ。朝にお弁当作ろうと思ったんですけど、寝坊しちゃって」
「寝坊、するんですね」
「しますよ。しかも洗濯は山盛り、冷蔵庫は空っぽ。秘書って肩書きだけ、実態はズボラ人間です」
その瞬間、完璧なイメージが一気にほぐれた。
笑ってはいけないと思いながら、吹き出してしまった。
「……なんだ、見た目だけ完璧で中身は俺と一緒か」
「そうかもしれませんね。私も“ボタン押されて動くだけ”の人生かも」
その言葉に、不思議な共鳴を覚えた。
見た目も立場も違うのに、同じ匂いがした。
――でもそのときはまだ知らなかった。
彼女が、大森社長の「操り人形」として選ばれたことを。
作品統計
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