黒魔女さんからお手紙ついた【3話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために、“黒魔女”アリエスと金貨3億枚もの契約をしてしまったヴェロア。 そんな落ちこぼれの彼に、アリエスはある依頼を提示した。 消えない印と“ヒミツの宿題”が日常をくるっと裏返す。
本文
【三】
昼をまわった首都マルグラートの目抜き通りは、食事に向かう人々でごった返していた。とはいってもそれは特別な行事があったりするわけでもなく、ごく日常の光景だった。
ヴェロア・サルトルアはそんな人混みに圧倒されながらも、あちらこちらへ好奇心を飛ばしては、流れのままに歩を進めていた。
地方の小さな農村出身のヴェロアにとって、これほどの人混みは生まれて15年、はじめて目の当たりにするもの。祭りで村人が一堂に会したとしても、その人数が100を超えることはなかった。
「でっかい街だなぁ…… 首都ってすっごいや。この人たちがみんなここに住んでるのか」
そんな当たり前の言葉を恥ずかしげもなく口にしながら感慨にひたる。今のヴェロアには、見るもの聞くもの感じるもの、すべてがただただ新鮮だった。
「お店がたくさん。それに何でも売ってる」
それはまるで、初めてお使いを言い渡された子供のような純粋な反応。150センチそこそこの身長しかなく、線が細いうえに黒髪のくせ毛とくれば、それは年齢以上に幼くも見える。実際ヴェロアは、初対面の相手からは実年齢よりも下に見られることが当たり前となっていた。
そして、らんらんと目を輝かせている今の状態では、子供と見られても文句は言えない。
通りの左右には木とレンガを組み合わせて作られた建物が立ち並んでいて、それはパン屋であったり武器屋であったり宿屋であったりと、別段珍しいものではない。だがそれらは、いちいちヴェロアの目を引いた。
ヴェロアは別に観光目的で田舎からわざわざやってきたのではない。確固たる目的があったはずなのだが、膨れ上がる好奇心を抑えることは容易ではないのだった。
「それにしても、こう人が多くちゃ魔法学校の場所を探すのも一苦労だ。誰かに聞ければいいんだけど……」
そう独りごちて周りに目を向けるが、行き交う人の波は想像以上に速いことに気づかされる。
それでなくても気弱なうえに、すでに田舎とは違う雰囲気に圧倒されてしまっているヴェロアにとって、道行く知らない人に声をかけることなど到底できそうにはなかった。
「どうしよう……早く行かないと、試験が始まっちゃう」
今までの物見遊山な気分が一転、とたんに不安にかられるヴェロア。
街中にそびえる大きな時計台を見やると、もう時間に余裕がないことを無情にも思い知らされる。
これだけ人であふれ返っているというのに、そこに一人として見知った顔がないということが、これほどまでに不安なことなのだと痛感させられる。
ヴェロアは震える手をぎゅっと握り、弱気の虫を追い払おうとこころみる。
自分はサルトルア家の五男として、家族の期待を一身に背負っている。こんなことでおめおめと引き下がるわけにはいかない。
思い新たに自らを奮起させると、道をたずねる決意を固めたのだった。
「あ、あの……」
どんなに気弱だろうと気圧されていようと、それをしなくちゃいけないことは十二分に理解していた。ここには助けてくれる家族も、手を差しのべてくれる知り合いもいないのだから、自らの力で道を切り開いていかなければならないのだと。
だがそう考えることで、さらに身体が萎縮して言葉が喉を駆け上がってこない。もどかしいと感じることさえないほどに。
ただ道をたずねるというだけのことが、いつしかヴェロアの中では一世一代の大仕事のようになっていた。
「魔法…… の場所」
切れ切れの単語がぼそぼそとこぼれては、右往左往するだけのヴェロア。
ヴェロアの実家はマルグラートから遠く離れた田舎の農家。日々の暮らしのほとんどを農作業に費やしている家族にとって、魔法にもヴェロアの才能にも一切の関心はなかった。
五男という立場からほとんど誰にも相手にされず、日常的に一人遊びをすることが多かったヴェロアは、他の人が同様に持っている基礎魔法の、さらに初期レベルの魔法をみんなに披露しただけでも、周りの大人たちからは「すごい、すごい」と持てはやされ続けてきた。
それは単に大人たちがやり過ごしてきただけなのだったが、その結果ヴェロアは、自分はものすごい魔法の才能を秘めていると勘違いしたまま成長することとなった。
そして15になったある日、ヴェロアは両親に、首都にある魔法学校に入りたいと懇願するにいたった。
両親は最大限の驚きと困惑を示し、何度も考え直すよう説得を繰り返した。しかしヴェロアの勘違いによる意思は思いのほか固かったため、一度現実を見る必要があると判断し、それを許した。
なので自分が家族の期待を一身に背負っているなどという事実はみじんも存在せず、そこにはただヴェロアの勘違いしかありはしないのだった。
現実を知り、己の才能のなさを知れば、すぐにあきらめて帰ってくることだろう。そもそもヴェロアに都会暮らしができるはずもない。——そんな家族の思惑によって送り出されたことなど露知らず、ヴェロアの勘違いは今も継続中だった。
「あの、魔法学校へは……」
すでに50人近くの人に声をかけたが、その成果は芳しくない。
実際には、目の前を通り過ぎて行くそのほとんどは、虫のさえずりよりもか細い掛け声に気づくことすらなかった。
そうして、ただちょこまかと右往左往するだけで時間はどんどん消費されてゆく。次第に魔法学校の場所を聞くよりも、ため息を吐く回数の方が上回るほどになっていた。
「あの、キミはもしかして、フェリアーニ魔法学校に行きたいの?」
不意にかけられた、まるで天使からの救いのような一言に、伏し目がちだった視線が上がる。ローブのような丈の長い白い服をまとった女の子の姿が、ヴェロアの目に飛び込んでくる。
半ば絶望しかかって色を失っていたヴェロアの心に、鮮明な色が加えられていくかのよう。そんな希望という七色の光を注いでくれた女の子が、本当に天使に見えたほどだった。
年の頃はヴェロアとほぼ変わらないくらいに見えるその女の子は、にこやかな笑顔でじっと返事を待っていた。
「え? あ、うん……」
田舎育ちの宿命ともいえる「女性に対する免疫の欠如」も、もれなく兼ね備えたヴェロアだったが、今はそんなことはどこ吹く風。声をかけられ、優しい笑顔を向けてもらった——ただそれだけで先ほどまでの不安が解消されたという事実が、それを上回っていた。
ヴェロアの返事を受けて、女の子は柔らかなそよ風のような口調で「私もなの」とはにかんだ。陽の光を受けてきらきらと輝く金色の髪が、神々しさを演出しているかのようだった。
「私はミエリ。ミエリ・カルセイラ。よろしくね」
すると、まるで新雪のような白い手を臆することなくヴェロアに差し出して、そう自己紹介をしたのだった。
ここに来てようやくミエリに握手を求められたのだと気づいたヴェロアは、ぎこちない手つきでそれを受けた。抱いたばかりの感想とはまったく違い、握った手はとても暖かく、それは今までの緊張を、都会の冷たさに凍えた心さえも溶かしてくれるように感じたのだった。
「えっと、僕はヴェロア・サルトルア。マレイ村から来ました」
周りを気にする余裕もなく、深々と頭を下げるその姿に、ミエリはくすりと笑みをこぼす。
「私もイクセリアの街から来たのよ」
イクセリアの街といえば、マレイよりずっと都会だな。そんなことを思い浮かべたヴェロアの手を引くと、太陽のような笑顔を振りまくミエリ。
「ここからそんなに遠くないから、一緒に行きましょう?」
「え?」
間の抜けた声を上げてから、ようやく自分が魔法学校を探していたことを思い出したのだった。目的地の魔法学校も見つけられ、さらに女の子に手を引かれて歩くなどという人生初の経験に、心が舞い上がるような思いだった。だがその至福の時も、長くは続かないのであった。
目抜き通りに別れを告げると、裏通りをぬうようにして目的地へといざなわれる。
そうしてわずか5分後、重厚な雰囲気をかもし出す建物の前に立つことができたヴェロア。
「うわぁ…… これが魔法学校か」
その圧倒的な佇まいに、田舎者丸出しの感想を口にしながら目を見張る。
街外れに位置しているものの、何のことはない——ミエリと出会った場所から目と鼻の先に、目指すべき建物はあったのだ。
「立派だなぁ。さすが宮廷魔術師を多く輩出してるだけはあるなぁ」
「そうね。身が引き締まるよね」
かたわらで同じようにして建物に目を向けるミエリ。優しく目尻の下がった、その整ったきれいな横顔を見ながら一生分の勇気を振り絞ると、思いきって声をかけた。
「キミも魔法学校を見るのは初めて?」
「ううん。私は何度か来たことがあるの」
その答えを聞いてから——でなければ案内なんかできないのか、とバカな質問をしたと反省する。
そしてミエリもこの魔法学校に用があると言っていたことを思いだした。
「キミも試験を受けに来たの?」
「うん。あ、私のことはミエリでいいよ。『キミ』って呼ばれると、なんだか照れくさいから」
微笑み返されると、思いがけず「女の子を名前で呼ぶ」という無理難題がヴェロアに降ってかかる。
もちろん幼なじみなどはそう呼ぶこともあったが、出会って間もない、しかも息をのむほど綺麗な女の子をそう呼ぶことなど、容易くできるはずはなかった。
「え? あ、うん」
呼べるはずもないヴェロアは、空返事を投げるので精いっぱい。
「ヴェロアも試験を受けるんだよね?」
すっかり頭からその事柄が飛んでいたが、ただ見学しに来たわけではない。入学試験を受けに来たのだ。
「うん。一緒に受かるといいね」
「そうね。私たちはライバルだね」
なぜか笑顔でそう返したミエリ。跳ね上がる心拍数を感じつつ、ヴェロアは少々情けない言葉を返す。
「僕、いま『一緒に』って言ったよね? 蹴落とそうとしないでよ……」
「ウソウソ。冗談だよ」
いたずらっぽくそう紡いだミエリだったが、急にその表情を変えた。
「私はどうしても受かりたいんだ」
まっすぐとした力強い意思のこもった眼差しで魔法学校を見やると、そうミエリは言った。
その真剣な横顔はとても魅力的で、なにか大きな決意を感じとったヴェロアの印象に、深く残ったのだった。
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