黒魔女さんからお手紙ついた【18話】
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あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【十八】
鉄扉をもどかしく引き開けたアリエスは、そのわずかな隙間に無理矢理に小さな身体をねじ込む。そしてそこに広がる光景を目の当たりにすると、自分の目を疑ったのだった。
「アイリーシェ!」
それは呼び掛けでもあったが、同時に悲鳴でもあった。叫びを上げたアリエスの顔面は、血の気が引いて蒼白になっていた。
大切な友達を見間違うはずがない。だだっ広い体育館の中央に横たわっているわずかにウェーブした栗色の髪は、紛れもなくアイリーシェだった。
悲痛な叫び声にもいっさいの反応を示す気配がないことに、アリエスの心臓はそのピッチを上げる。奥歯を噛むとそのかたわらに立つ男に向けて、殺気だった怒りの視線を投げつけた。意思とは無関係に眼瞼痙攣(がんけんけいれん)をおこす。
「これはこれはアリエス君ではないか。首席の君が一体何用かね?」
アリエスの怒りを知って、その上でこの事態を楽しんでいるかのように、あくまで人を食った態度でそう口にするドルモア。
その素振りに、遂にアリエスの怒りは頂点に達する。
「アイリーシェに何をしたぁぁ!」
今にも飛びかからん勢いで怒鳴り付ける。
「何のことかね?」
「ふざけたことを! お前たちの悪事は全て知ってるんだ!」
「貴様! 副校長に向かってその口の聞き方は何だ!? 仮にも我々は教育者だぞ」
体育館の一番奥からそんな怒号が飛んでくる。
ちらりとそちらに視線を向けると、全身に傷を負った教官服の男が確認できた。一瞬でそれが、アイリーシェの攻撃によって出来たものだと悟ったアリエス。
「うるさい! お前ごとき出来損ない風情が偉そうな口を利くな! 何が教育者だ、聞いて呆れる」
語気を最大限に荒げ吐き捨て睨み付ける。
やおら合点がいったのか、ドルモアはアイリーシェに目を向けるとうなづきながらこぼす。
「なるほど。そういうことだったか。彼女の急激な能力上昇にはいささか疑問を感じていたが、君が一枚噛んでいたのだな」
「だったらどうしたって言うのさ」
「さすがに優秀だと感心しているのだよ。だが、ここで寝ている落ちこぼれ同様、その無鉄砲さはいただけないがね」
言うとドルモアは、アイリーシェの身体を足蹴にした。
それを目の当たりにしたアリエスの頭からは、教官も副校長も、教育者も生徒も、そこにある全ての概念が綺麗さぱり吹き飛んでしまった。副校長のドルモアが一瞬にして『アイリーシェを足蹴にした男』それ以外の何者でもなくなっていた。
「貴様ぁぁぁ!」
まるで獣のように哮り立ち、ポケットから十五センチ弱の骨を取りだして投げつけた。そしてアリエスは、すぐさま従者を召喚すべく契約の言葉を紡ぐ。
「汝、我が怒りを糧とし、彼の敵を喰らい尽くせ。ヘルハウンド!」
宙を舞う骨が煙と化し、次の瞬間それが集まると黒い魔犬に姿を変えてドルモアに襲いかかって行く。
首筋に馬のたてがみのような青白い炎を揺らし、同様の炎を四肢の先にも纏った黒い従者。眼球のない目はやたらと赤く光っており、それが狂暴さをさらに演出していた。
「何だと?」
さすがのドルモアも、これには驚愕の表情を浮かべた。
グルオァァという雄叫びをあげて開かれた顎門からは、鋭い犬歯がぬらりと光る。
「よもやこんな召喚術が使えるとは……」
ドルモアがたまらず飛び退ってそれから逃れるが、ヘルハウンドはそれを追わず、着地して威嚇を繰り返す。
その足元に横たわるアイリーシェのところまで駆け寄ると、急ぎ身体を抱き上げる。まだわずかに残る温もりが、小さな胸を通してアリエスにも伝わってくる。それは、先ほどまで確かに命を宿していたという証拠だった。
『息は?』
急いで口許に手をかざす。
『ない……』
ドクンと、心臓が大きく跳ねる。
『脈は?』
首筋に手を添える。
『ない…………』
唇をぎゅっと噛む。
『心臓の動き』
胸に耳をあてる。
『ない………………』
得も言われぬ絶望感がアリエスの全身を駆け巡ると、その小柄な身体からは想像もつかないほどの声を上げるのだった。
「ああああああ! アイリーシェぇぇぇ!」
アリエスは半乱狂に叫び続ける。
身体を揺らすが反応はない。
手を握るが反応はない。
頬を優しくさするが反応はない。
知らずのうちにあふれだしていた涙で、たった一人の大切な友人の顔が、今はぼやけて見える。アリエスの幼く見える顔はくしゃくしゃに歪んでいた。
「アイリーシェ! アイリーシェ! アイリーシェ!」
できうる限りの声をかけ、身体を揺さぶり反応を待つ。
突然目を開けて「驚いた?」と、おどけて言って欲しい。
ギュっと力強く手を握りしめて「嘘だよ」と言って欲しい。
「アイリーシェ…… やだよ、アイリーシェ。お願いだから目を開けてよぅ」
しかしアリエスの待つ反応はいっさい返ってこなかった。遅れてようやく、その答えがアリエスの脳に到達した。『アイリーシェは死んだのだ』と。
「ククク…… どうやら手遅れだったようではないか。どうする?」
うすら笑いを浮かべてそう吐いたドルモアを、ありったけの怒りをぶつけるように睨み付ける。
「そんな顔をするものではない。滾るではないか」
「ドルモアぁぁ、貴様ぁ!」
「安心したまえ。ちゃんと手は尽くそうではないか。我々も鬼ではないのでね」
数百の生徒の前で講釈を行うかのように、いつもの落ち着き払った態度。
「何をぬけぬけと」
「高度魔法の修練中に起こった、魔法暴走による不幸な事故という形で決着をつけようではないか」
耳を疑うほどの信じられない言葉に、一瞬唖然とするアリエス。度重なる怒りの中でも最後までわずかに繋がっていた理性の糸。それがプツンと弾け飛んだ瞬間だった。
「ドルモア! 絶対、絶対に許さないからな! 喰い荒らせ、ヘルハウンド!」
腹の底から、怒りを、そして命令を吐き出したアリエス。
その命令を待っていたとばかりに従順に反応した黒い従者は床を蹴り爆ぜた。今度は直線的な動きではなく、左右に弾けるように飛びながら徐々にドルモアとの距離を詰めて行く。
「速いな……」
それは目で追うことすら容易ではなく、さしものドルモアも驚きの声を漏らす。まったく予想を上回っていた攻撃に、すぐには回避も防御にも移ることができないドルモアに一気に飛びかかっていく黒い従者。大きく開いた顎門で太股の一部を激しく喰いちぎった。
「ぐぅっ……」
たまらず苦痛の声がこぼれた直後、ブシュっという音をあげて血が吹き出した。
すぐさま反撃の魔法を放とうと試みたドルモアだったが、目標物は弾け飛ぶ弾丸のように周囲を跳ね回っているために、それは叶わないのだった。
「ちっ、ちょこまかと…… 忌々しい」
いらだち気味に吐き捨てるドルモアだったが、その攻撃がいつまでも通用しないことをアリエスは悟っていた。
なのですぐに、次の行動に移る必要があったのだ。それは未だ頬を伝い落ちることをやめない涙を拭うのも惜しいほど。
それ自体はアリエスですら試したことのない方法だったが、今は結果やその可能性などを悠長に考えている余裕はもちろんない。
詰まるところ、やるかやらないかの二択でしかなかった。アリエスは躊躇なくその決断を下すと、左手の指を二本立てて人に見立てたそれを、目の前で横たわるアイリーシェの胸に置く。
残る右手をいっぱいに広げて掲げると、祈るように言葉を紡いだ。
「散りゆく華の美しさ。その理を無に還し、今一度咲き誇らん……」
死ねばその魂は大気中に拡散するというのは、子供でも知っている常識。アリエスはその拡散した魂を集めるべく、無我夢中でそれを行った。以前目にした古い書物にあった方法だった。
人の魂を生成するなどということはもちろん禁忌であるし、かつて誰も成功したという記録もない。もとよりアリエスには、魂を生成する技術そのものを持ち合わせていなかった。
アリエスの能力は召喚魔法。それは自らの魔力と引き換えに、契約した従者を依り代へと召喚するというもので、そこに魂を生成するという技術は必要ない。
召喚魔法に分類される中には、他に特殊な憑依魔法というものが存在する。それには大気中の精霊エナジーを集め、自らの魔力を用いて魂を生成するという技術が存在する。
しかしそれも『生成』と謳ってはいるが、あくまで一時的に従者を動かすだけの魂を作るだけのこと。その魂を吹き込まれた従者には、もちろん自我などありはしない。
人の魂を生成するなどという技術自体が、この世には存在しないのだ。
だが今のアリエスにはそんなことはいっさい関係ない。ただ初めてできた友達なのだから、どんなことをしてもそれを助けたい。そう考えることは、いたってシンプルな、自然な感情だった。
それでもアリエスは、何の勝算もなく闇雲にそれを行おうとしていたわけではなかった。
アリエスは短い時間で考えた。魂を生成するのではなく、拡散したアイリーシェのエナジーを集めて、本来あった形に戻すだけだとしたらどうだろうか?
それならば魔法を放つ際に精霊エナジーを集め、必要な魔法の形に変えるのと大差ないのではないか?
左手に微かな暖かさのようなものを感じとると、アイリーシェのエナジーが溜まって行くのがわかる。しかしそれが、本当にアイリーシェの魂を集めたものなのか、それともただの精霊エナジーなのか、現時点でそれはアリエスにもわかりはしないのだった。
「お願い…… お願い……」
すがるような気持ちで、ただただ繰り返しそう呟くのだった。
「愚かなる傀儡を飲み込み、制裁を与えたまえ。光の格子、光の鉄槌!」
ドルモアには、何をしようとしているのかはもうわかってしまっているだろう。当然それが出来るのを待ってなどくれない。
届いた魔法を放つドルモアの声に目を切ることはしなくても、アリエスは自らが召喚した従者が長くはもたないことを感じ取っていた。
献身的に動き回り、ドルモアにダメージを追わせていた黒い従者を中心にして床が光る。すると瞬く間に光る格子がぐるりと囲った。
動ける範囲が極端に無くなったところに、間髪を入れずに数多の光の筋が降り注いだ。
咆哮を上げながらその攻撃に耐える黒い従者。しかしその身体にはいくつもの傷が穿っている。繰り返し光の格子に身体を打ち付けては破らんと試みる。
降り注ぐ光の筋がおさまると、それに伴い鉄格子が解除された。ぶるりと身体を震わせると、血で染まる従者はそれでもなお飛び回り果敢にも襲いかかって行った。
「しぶといではないか。ならばこれでどうだ?」
そう口にするとドルモアは、今度は床に手をつき魔法を放つ。
「黒き力を放つ者に聖なる裁きを。地を這う神の雷」
まるで蛇のように床をうねる雷。だがそれはアリエスの従者には向かっていかず、術者であるアリエスを襲撃する。ドルモアはその矛先をアリエスへと変えたのだった。
攻撃が襲ってくるのがわかっているても、魔術の最中では避けことはできない。覚悟を決めその攻撃を受けると、全身が痙攣したような衝撃に見舞われる。
「うわぁぁぁ」
たまらず苦悶の声をあげるが、それでも魂を形成するのをやめることなく続ける。アリエスの小さな身体には収まりきらなかった雷が、バチバチとした青白い放電となる。
少しでも気を緩めると意識が飛びそうになるが、それを歯を食いしばることでどうにか耐える。標的を変えたその隙をついて、黒い従者はドルモアに体当たりすると身体の上に圧しかかる。めいっぱいに開いた顎門で、魔法を放った左肩に噛みついて離さない。
「ぐっ! この…… 犬コロ風情が!」
言葉を荒げたドルモアは、自由のきく右手で魔法を放った。
「常闇より出でて乱れ咲け。紅の薔薇」
ドルモアと黒い従者のいる周囲の床がその様相を変える。するとそこからいくつもの黒い触手のようなものが生え出てくると、それはうねりながら黒い従者の身体を貫いた。
だがその時点でそこには何のダメージも発生せず、それは噛みついた力を増加させただけだった。
「ぐうっ」
ドルモアが声を漏らした瞬間、触手は棘へと姿を変える。そしてそこにパッと真っ赤な薔薇が咲き乱れると、途端に黒い従者をダメージが襲った。
たまらず咆哮しドルモアを解放した途端、その身体は弾け飛ぶように宙に散った。
苦痛に耐えながらもようやくアイリーシェのエナジーを集めることに成功したアリエスは、はやる気持ちを抑えつつも、それを眼前で横たわる身体に吹き込んだ。
「お願い……」
だがその身体はピクリとも反応を示さない。押し寄せてくる絶望感にどうにか抗いながらも、もう一度試みる。
「起きろよ、アイリーシェ。いつまでそうしているつもりなのよぅ」
震える声でそうこぼしたアリエスだったが、無情にも結果は変わらなかった。
「アイリーシェ!」
力の限り叫ぶ。
「何でなの? 何でなの? 何でなのよ!」
ヒステリックに口にして、何度も何度も繰り返す。
「愚者に正しき道を示さん。導く光の教戒!」
嘲り笑う様に口にしたドルモア。放たれた魔法が、アリエスの身体に向かって無数の細い光となって飛んでゆく。それは一斉一代の賭けにうって出た無抵抗の小さな身体の、脇腹と腕を貫通した。
「うぐぅああぁ」
激しい衝撃と、気を失いそうなほどの痛みに襲われる。それでも魂を吹き込む行為をやめることのないアリエス。そんな攻撃などなかったかの様に言葉をかけ続けるが、その姿はもはや泣きじゃくる子供と化していた。
無論それは痛みからではない、不安と焦りが、次々にあふれてくるのだった。
「目を覚ましてよぅ。アイリーシェがいなくなったら、ワタシはまたひとりぼっちだよぅ……」
しかし、待ち望む反応を、アイリーシェの身体は示してはくれない。アリエスの想いも虚しく、横たわる身体は魂の受け入れを拒否したのだった。
「死した者をどうにかしようなど、たとえ首席の君だろうが出来はしない。もちろんこの私もね」
楽しげな口ぶりを披露するドルモアは、ねっとりとしたまとわりつくような笑いを浮かべることも忘れてはいない。
失敗の原因が、アイリーシェの魂ではないからなのか、それとも別の理由によるものなのか、それは今のアリエスにはわからなかった。
脱力し、泣き声すらもうまく出せなくなったアリエスの脳内に、ふとある言葉が浮かぶ。
『何があっても諦めちゃいけないよ』
きゅっと口を結ぶとおおきく一つうなづいて、己の心を落ち着かせる。
「もちろんよ。諦めてなんかやらないんだから!」
おもむろにポケットから取りだした物を、横たわるアイリーシェの身体の上にそっと置く。
それは木彫りの鳥。大きさ十センチほどながら、驚くほど精巧に作られたフクロウの形をしている。
アリエスが日頃使う従者の依り代としているもの。といっても、アリエスが召喚すると従者はフクロウの形は成しておらず、骨だけの、辛うじて鳥と呼べなくもないものになるのだった。
「もしこっちが上手くいっても、怒らないでちょうだいよ。後できちんと助けるからさ」
涙で頬を濡らしながらそれでもわずかに表情をほころばせて、アリエスはそれに向けて集めた魂を吹き込んだのだった。
「何をするつもりかは知らんが、諦めが悪いようだな」
アリエスの手からアイリーシェのエナジーが移動してゆく。ありったけの思いを込めながらそれを続ける。ドルモアの言葉に心を乱されまいと、必死で感情のコントロールを図る。
するとその思いが通じたのかはわからないが、わずかに木彫りのフクロウが光を帯びた。そしてすぐさまそれは本物のフクロウへと姿を変えたのだった。
アリエスは先ほど失敗した理由がどちらなのかと答えを探していた。
そしてその答えは、目の前のフクロウによって、唐突にもたらされたのだった。
「怒るに決まってるじゃないの! 何でよりにもよってこんな姿なのよ!」
それは紛れもないアイリーシェの声だった。
くしゃっと顔を歪め、待ち望んだ友達の帰りに喜び勇んでその名前を呼んだ。
「アイリーシェ」
「なんだと!」
ドルモアにも予想外の事態だったようで、驚いた声が届くと、揃ってそちらに一瞥をくれる。
「まあ、骨じゃないだけマシだけどさ、いくらなんでもあんまりじゃない?」
それでもすぐにフクロウ姿のアイリーシェが落胆ぎみに吐いてよこした。残念ながら本来の姿でとはいかなかったが、その再開に眉をハの字にして唇を噛む。
様々な感情が渦巻きすぎて、いったいどんな表情を返してよいのか、アリエスには解らないのだった。
「何て顔してんのよ、まるで悪さを見つかった子供じゃないの」
それはいつものアイリーシェの口調。それが本来の姿から聞くことが出来ないというだけで、胸がことさら締め付けられる。
「アイリーシェ、ごめんね」
「いや、これはあたしの失態だからさ。あんたを責めはしないよ。むしろ謝らなきゃいけないのはこっちだからね」
思いもよらぬアイリーシェの素直な反応に、置かれた状況が脳内に甦ってくる。
「アイリーシェ! 早く、早くここから逃げて」
そう口にしたアリエス。しかしそうはさせじと、再びドルモアの魔法が猛威を振るう。
アイリーシェの魂を取り戻せたことによる安心感からか、それに気づくのが遅れたアリエス。
足元から突然現れた土の手によって両足を捕まれ、身動きがとれなくなってしまう。
「しまった……」
「アリエス!」
伸びた外の手も、アイリーシェに掴みかからんとする。なのにいっこうにその場から動こうとはしない姿に「ワタシはいいから、早く逃げて!」と、たまらず叫ぶ。
いきなりフクロウ姿に変えられてしまったために、己の身体を思い通りに操ることが出来ないのかと考える。しかし今のアリエスに出来ることは、もう他にはなかった。
半ば悲鳴のように放たれた言葉に従うアイリーシェが身体を震わせる。広げられた大きな土くれの手が、今にもフクロウを鷲掴みにせんと迫りくる。
「アイリーシェ!」
バサリと大きな翼を広げる。ようやくその身体を動かすことに成功したアイリーシェが、間一髪で手のひらを掻い潜り飛び立った。
「わかったよ。今はあんたの足手まといになるだけのようだからね」
「アイリーシェ……」
広い体育館を旋回し、なおも襲う土くれの手を回避するアイリーシェは、小さなくちばしを目一杯開く。
「でも約束して。きっと戻ってきてよね。絶対だぞ」
「うん、わかった。絶対!」
うなづくアリエスの姿を確認したアイリーシェは、大きな翼を広げて馴れないはずの身体で出口へと飛翔した。
その姿を目で追いながら「よかった」と呟くアリエス。それでも感動に浸っている猶予はなかった。
「ちっ、逃がしたか…… まあいい」
ドルモアの言葉に、すぐさま意識を切り替えると、ポケットから残りの動物の骨三本を取りだしす。急ぎそれを頭上に放り投げた。
「今度は何をするつもりかね?」
「エルターナ・アリエス・ベルトーラの名において命ずる。汝、とこしえの深き闇より解放されて、我が忠実な僕とならん!」
今度のそれは、ちゃんと人の大きさをしたスケルトンになったのだった。
「このっ、やってくれるな。黒魔女め……」
ドルモアがわずかに顔をしかめるのを見逃さなかった。
これで助かるなどとは、さすがに考えが甘すぎるが、それでも時間を稼ぐくらいは出来るはず。アリエスはそう考えていた。
なぜならアリエスにはまだ、どうしてもやるべきことが二つ残されていたからだった。
「スケルトン! ドルモアを攻撃して時間を作れ。決して無理はするな」
「往生際が悪いな。何を企んでいるのだね、黒魔女よ」
「ワタシたちの敗けじゃないわ。必ず、必ずいつかアンタたちを後悔させてやるんだから。楽しみに待ってなさいよ!」
その目に強い意思をうかがわせ、アリエスはそう吐き捨てたのだった。
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