黒魔女さんからお手紙ついた【罪】7話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【7】
マルグラートの中心街にあるその広場には、大きな時計塔があった。かなりの高さを誇り、文字盤のさらに上には鐘が備え付けられている。そこからはぐるりと、街はおろか遠くの山並みまで一望できた。
だが残念ながらその場所は展望塔として開放されておらず、解放感に満ちた眺めを堪能できるのは、時計守くらいのものだった。
その例外にあたるフクロウが一羽、鐘の下で翼を休めている。何にもさえぎられずに吹く風が、そのフクロウ姿のアイリーシェを撫ぜてゆくと、彼女は目をしばたたかせた。
「うーん、気持ちのいい風だねぇ。天気もいいし、今日も眺めは最高だ」
口にはしたものの、今はただの暇つぶしに過ぎない。身体を取り戻したアリエスが急ぎの用があるというので、一人になったアイリーシェは宛てもなく街へ出てきたのだった。
「アリエスのやつは、今度はなにをしようっていうのかねぇ」
親友としては、アリエスが身体を取り戻し店から出られるようになったことを素直に喜べるはずだった。それでも近ごろ、胸のどこかが少しだけ寂しい。
「なんだろうね、近頃変にそんな気分になるわね。どうしたんだろうね、まったく。笑っちまうね」
独りごちると、手頃な風に身をあずけて滑空する。いっぱいに広げた翼に風を受け、ゆっくりと宙を舞う姿は、優美を絵に描いたようだった。
「そう言えば今日は魔法学校も休みのはずだったね。あまりにも退屈だから、ヴェロアのやつを少しからかいに行こうかね。どうせまたウンウン唸りながら鍛練してるだろうしね。踊っている可能性もあるかねぇ。ありゃあほんと、傑作だったねぇ」
身体を傾けて旋回し、その進路を魔法学校へ定める。風向きが変わり、羽の内側にわずかな冷たさが差し込んだ。
アイリーシェはぼんやりと、気弱な少年の姿を思い浮かべる。基礎魔法もろくにこなせず、授業では毎日笑い者にされていると聞いた少年。そんな彼にも、アリエスは召喚憑依魔法の才能があるのだと教えてくれた。
類稀な才能を持っているのに、必要な器用さと美的センスは持ち合わせていない。その不釣り合いのせいで、彼は魔法を上手く使いこなせない。
それでも彼は卑屈にならず、歩みは遅くとも鍛練を続ける。遅れてでも進む、その姿勢だけは揺らがない。
なによりそれを一番近くで見てきたのは、実はアイリーシェ自身だった。
「ヴェロアの不器用さと美的センスの無さも、ある意味天性の才能だねえ」
カカカという笑いに乗せて、さらりと失礼なことを言い放つ。けれども彼が努力を怠らないこと、そして自らの身体をボロボロにしながらもアリエスを助けようと尽くしたことを、彼女は忘れていない。
あの時はとっさの機転でドルモアたちを退けた。それでも本人は「僕の実力で勝てたわけじゃないよ。みんなの助言があったからだよ」と、いつものように謙遜したのだった。
魔法学校では、ヴェロアたち下位クラスにはまだ基礎しか教えない。加えて召喚憑依という特殊な系統を持つヴェロアには、そこまでの基礎魔法は必須ではない、とアリエスは言っていた。
つまりいくら基礎の授業をこなしても、彼の力はそこで大きくは伸びない。必要性の薄い授業のせいで、少なくとも基礎の教室では、これからも笑われ続けるかもしれない。
「基礎魔法の授業は、一年は続くからねぇ。いくらヴェロアでも、心は折れかねないよねぇ」
思うとさすがに胸が痛む。ならばせめて、召喚憑依を少しでもまともに使えるようにして、その劣等感から解放してやりたい。できることは小さくても、彼の拠り所を増やしてやりたいのだった。
「美的センスの指導も、今はあたししかしてやれないからね。いくらアリエスが身体を取り戻したからって、寮で鍛練しているヴェロアを見てやることはできないんだからね」
ヴェロアが寮でしか自己鍛練をしないのは、性格ゆえだろう。目立たない場所で手を動かすほうが、彼には向いている。
目的地を定めたアイリーシェは、眼下の通りを行く少女たちに目を向ける。甘いものを頬張りながら、彼女たちは楽しげに言葉を交わしていた。
「あたしたちと同じくらいの年かね」
言ってから、彼女はふと苦笑する。実際には自分とアリエスは十は年上なのだ、と気づいたからだ。
「完全にまだまだ学生気分だったわ。きっとあれだね、助かったアリエスのやつが、まったく成長していなかったからだろうね。こんなこと思うのも」
本人が聞けば顔を真っ赤にして怒るに違いない台詞を、さらりとこぼす。風が少し緩み、翼の角度を整えながら、もうひと回りだけ街並みを眺めた。
「そうだねぇ。あたしだったらもっと動きやすい服装がいいねぇ。アリエスならもっと派手な、フリフリが似合うだろうね。なんたってあの娘は、いつまで経ってもお子ちゃまだからね」
暴言ついでに笑みを浮かべかけて、ふいに表情が陰る。自分はこの姿になって、もうお洒落を楽しむことも、アリエスやミエリ、そしてヴェロアとも、ああして並んで歩くこともできないのだと、身に沁みて思い出す。
もし身体が戻ったなら、それはアリエスのように歳を取らない昔の姿なのか。それとも、この十年を重ねた姿なのか。考えは自然とそこへ向かう。
「なんでわざわざ歳とった姿を想像しなくちゃならないんだい。いつまでもピチピチの、十代のままでいいじゃないのさ」
アリエスの身体は、かつてドルモアが地下室に拘束していた。では自分の身体は。どこにもありはしない。
この十年、その願いを抱かなかった日は少なくない。けれどそのたびに、叶わないのだと自分に言い聞かせてきた。戻るべき身体は、ありはしない。
「どうしようもないことさ。あれこれ考えたところで仕方ない」
何度も繰り返してきた言葉を、今日もまたそっと胸に落とす。アイリーシェは翼をひとふりして、魔法学校を目指した。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。