防御反応は、嘘をつく――第3話 広報担当の首の傾き――
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
女探偵・白峰灯が得意の行動心理学を使って容疑者を絞り込んでいくミステリー! 短編3部作を予定しています。
本文
次に灯が会ったのは、美術館の広報担当を務める桐原翔子だった。
二十代後半と見られる、明るい雰囲気の女性である。
パステルカラーのブラウスに、軽やかなスカート。表情も柔らかく、接しやすい人柄を感じさせる。
だが、問題は身体が何を語るかだ。見た目の印象に惑わされてはならない。
「桐原さんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ。何でも聞いてください」
桐原は椅子に座ると、すぐに話し始めた。
広報担当らしく、言葉は流暢で、話題の切り替えもスムーズだ。
しかし、その流暢さが逆に、灯の注意を引いた。
あまりにも準備された言葉は、時として真実を覆い隠す。
「まず、あなたの職務内容を教えていただけますか?」
「広報担当として、美術館のSNS運営、プレスリリースの作成、メディア対応などを担当しています。今回の企画展も、私がプロモーション戦略を立てました」
「盗まれた懐中時計との関わりは?」
「直接的な関わりはありません。ただ、広報素材として展示品の写真撮影に立ち会ったり、SNSで紹介したりはしていました。あの懐中時計、すごく反応が良かったんです」
桐原の表情が、わずかに明るくなった。
「実は今回の事件、SNSでの反応がすごくて。『消えた懐中時計の謎』って、トレンド入りしたんです。ある意味、美術館の知名度が一気に……」
そこまで言いかけたとき、動きが止まった。
桐原の首が、言葉の途中で、急に右へと傾いたのである。わずかな角度、おそらく十度ほどだろうか。
その傾きを、灯は見逃さなかった。
『右への傾き――これは"好意"か"同調"のサインだ』
人は無意識のうちに、自分が好意を持つものや、同意するものに対して、首を傾ける。
特に右への傾きは、ポジティブな感情を示すことが多い。
だが、今の会話の文脈は何だったか。「知名度が上がった」だ。
事件がSNSで話題になり、結果として美術館の知名度が上がった――その話をしている最中に、桐原の首が右に傾いた。
つまり、この人は事件が話題になることに対してポジティブな感情を抱いているのだ。
灯は、静かに言葉を選びながら質問した。
「事件そのものが話題になると、嬉しいですか?」
「えっ……」
桐原の顔から瞬時に表情が消えた。
先ほどまで柔らかく微笑んでいた顔が、ピタリと固まった。
これは典型的なフリーズ反応である。
人は予期しない質問を受けたとき、あるいは自分の内面を突かれたとき、一瞬だけ全ての動きを止める。
それは、次にどう反応すべきかを無意識に計算している時間だ。
「い、いえ、そういうわけでは……」
桐原の視線が、ゆっくりと下へと降りていった。自分の足元を見つめている。
これは逃避のサイン。
人は不快な話題や、触れられたくない真実に直面したとき、視線を下に落とす。
特に足元を見るという行動は、"その場から逃げ出したい"という無意識の願望の表れである。
だが、灯はこう判断した。
『桐原は犯人ではない』
固まった笑顔、下を向く視線。これらが示しているのは、"自分が悪いことをした"という罪悪感ではなく、"自分が得をしてしまった"ことへの後ろめたさだ。
もしも桐原が盗難に直接関わっていたなら、もっと強い防衛反応が現れているはず。
腕を組む、身体を後ろに引く、あるいは攻撃的な反論をする――そうした明確な自己防衛のサインが。
「桐原さん、大丈夫ですよ。あなたを疑っているわけではありません」
灯の優しい声に、桐原は顔を上げた。
「ただ、事件の前後で何か変わったことがあれば教えてください」
「……そういえば」
桐原は少し考えてから口を開いた。
「事件の前日、夕方に館内を通りかかったとき、搬入口の近くで見慣れない業者のトラックが停まっていたんです。作業服を着た人が荷物を運んでいて」
「それは通常の搬入作業では?」
「いえ、その日は搬入の予定はなかったはずなんですよね。不思議に思って、受付の人に聞いたら『空調設備の点検業者が来ているらしい』と。でも、後で施設管理の人に聞いたら、その日は点検の予定はなかったって……」
灯の目が鋭くなった。
「その業者の会社名や特徴は覚えていますか?」
「トラックは白で、特に社名は書いていなかったと思います。作業服も、よくある紺色の……」
『偽装した侵入だ』
灯の頭の中で、パズルのピースが繋がり始めた。
空調点検を装った不審な業者。
佐久間が目撃した深夜の人影。
これらは同一人物、あるいは同一グループによるものではないか。
「貴重な情報をありがとうございました」
灯は丁寧に礼を述べた。桐原の表情には、安堵の色が浮かんでいた。
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