第13話 呼応する双翼、揺れる因果の扉
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第13話 呼応する双翼、揺れる因果の扉
本文
空が、鳴っていた。
地脈の鼓動が、数刻前から不穏な波を打っている。神環の律動が不規則に跳ね、宿舎の霊符盤には淡く乱れた痕が浮かび続けていた。
「……これは、位相ずれによる霊圧共鳴ですわね」
綾音が感知盤に指を走らせながら、眉根をわずかに寄せた。その声は冷静だが、微細な揺れが混じる。隣では、レンが唇を引き結びながら震える筆先で符写を補助している。
「音の跳ね返りが強すぎる……これ、霊災というより誰かの記憶が逆流してるみたい……」
響が静かに頷いた。
彼女の足元では、足首に巻いた鈴がかすかに震えていた。いや、それは神技反応ではない。呼ばれた音に対する、生理的な反応。
霊災の新たな兆候。記憶干渉型の異構種。
それは、接触した相手の過去と可能性を視覚化し、精神を侵食するもの。
「俺が出る」
八雲が立ち上がる。
「君たちではなまじ力が強い分、危険すぎる。下手をすれば能力が改変される可能性もある」
「なら、余計に私たちの出番です」
それまで黙っていた綾音が、すっと八雲の前に進み出た。
「姫ではなく、わたくし自身の意志として、あなたを守りたい」
「……私も行きます。八雲さんの隣で、戦うって決めたから」
レンの言葉に、綾音が微笑を浮かべた。
その視線は、もはや競う女のものではない。並び立つ者としての誇りと、祈りのような確信。
玲が壁にもたれながら腕を組む。
「……こりゃもう、止める気も失せるな。いいさ。あたしは後方からぶち抜けるとこで撃つ。響、お前は?」
「……音の外から、伝えるよ。私にしか届かない信号があるから」
戦の配置が整う。
その刹那、八雲の心に、微かな不安と、奇妙な感謝が灯った。
守るために転生したはずの男が、今、守られるために、女たちに背中を預けている。
だからこそ。
「……戦いの前に、時間をもらえるか?」
八雲が静かに口を開いた。
「ほんの、ひとときでいい。君たちの想いに……応えたい」
綾音とレンが顔を見合わせた。
そして、うなずいた。
◇ ◇ ◇
湯処には、静かな灯だけが揺れていた。
水面がほのかに香る霊素で染まり、空間そのものが息をしているような温もりを帯びている。
その湯に、八雲はすでに身を沈めていた。湯に溶けた神環水が肌に吸い付き、神経の芯まで静かに染み込んでいく。
そこへ。
薄布の湯衣をまとったふたりの影が、ゆっくりと入ってくる。
「……お待たせしました、八雲様」
綾音が、夜に溶けるような声で言う。
肩口まで下ろした髪が濡れ、光を受けて滑らかな艶を帯びていた。
「……わぁ、すごい匂い。これ……花の香油?」
レンが頬を赤らめながら八雲の隣へ歩み寄る。
その足取りには迷いがあったが、視線は真っ直ぐに向けられていた。
ふたりが左右から座る。
湯面が揺れ、三人の呼吸が重なる。
綾音が、そっと言う。
「……今夜は、わたくしたちが抱く夜ですわ」
八雲は、目を閉じた。
「……任せる」
湯に沈んだ両手が、ふたりの手に重なる。
その温度が、迷いのない意思を伝える。
「綾音さん……まずは、私が」
レンが、八雲の胸にそっと手を添える。
その手は、少しだけ震えていたが、確かに熱かった。
「ふふ……では、レン様のあとに、わたくしが沈みましょう」
「今日は、順番じゃないよ。一緒に、でしょ?」
「ええ。一緒に、抱かせていただきますわ、八雲様」
ふたりの声が重なる。
湯の中で、交わる視線と指先と体温。
そして。
ふたりの巫女は、媒介者であるはずの男を、その夜、確かにひとりの男として、愛し始めた。
◇ ◇ ◇
やがて、三人は静かに湯処を出た。
戦いを前にした儀式は、言葉少なく、しかし深く心を通わせるものだった。
綾音とレンは、互いの手を取り合い、八雲の両脇に立つ。
その姿には、もはや迷いも嫉妬もなかった。
ただ、同じ男を想い、同じ未来を選んだ者同士の、静かな決意だけがあった。
「行きましょう。二人で」
「うん。一緒に」
八雲は、ふたりの背を見守りながら、自らも武装を整える。
この戦いで、何かが変わる。
そんな予感が、胸の奥で静かに鳴っていた。
◇ ◇ ◇
神域が、歪んでいた。
空間の裂け目のように、黒い亀裂が蠢いている。《妄想歪神》。霊災の名を冠したこの異形は、見た者の記憶を抉り出し、なりえたかもしれないもう一人の自分を具象化して襲いかかる。
「……あれ、私……?」
レンの目の前に立つのは、かつての自分に酷似した少女だった。
ノイズのように濁った声。顔の奥に何もない表情。それは、声を持たず、愛されず、選ばれなかった朝比奈美央の幻像。
「八雲さんのとなりに、いるのは……わたしじゃなくて、誰か別の女の方がいい、って……そんなふうに……」
隣では、綾音が唇を噛んでいた。
「姫は誰かに抱かれてはいけない。姫が恋をした時点で、器としての価値を失う」
己の背後に、都の声が聞こえた気がした。
声なき責め。構造の呪い。
八雲は、ふたりの巫女に手を伸ばしたくて。けれど、動けなかった。媒介としての役割を担うため、今この瞬間、結界に固定されている。外からは手出しできない。彼女たちを信じるしかない。
「綾音さん……」
「ええ、レン様。参りましょう」
ふたりの巫女が、前に出た。
並び立つその足取りに、もはや躊躇はなかった。
綾音が舞う。
八つの符が空間に飛翔し、薙刀が螺旋を描くように振るわれる。
「鏡映、舞花斬陣。散華、起動」
そして。
レンがその軌道の残響を感じ取り、掌に再構成を走らせる。
「霊環模写、外写接続・影連繰結……ッ!」
リンクした。
波紋のように、綾音の舞が、レンの霊術と融合していく。
「っ……これ……わたしの攻撃じゃない、ふたりの軌跡……!」
霊圧が弾けた。
空間が二重に裂け、複製された歪神の幻核が一斉に消える。
双縁開陣。
交錯した舞技と霊術が、互いを媒介として増幅し、ふたりの感応だけで成立した連携神技。
ふたりの身体が自然に並ぶ。
手が触れ合う。
心が、視線が、震え合って、止まる。
そのとき。
八雲は、脳裏にひとつの名前を思い出していた。
神縁双技。
それは、かつてのプレイヤー時代、神環ノ縁の隠しスキルだった。
主人公とヒロインが最高好感度に達したとき、特定のイベントでだけ使える連携奥義。華やかなアニメーションカットイン。プレイヤーを選ばれた者として酔わせる、ヒロインとともに立つための象徴。
だが、違う。
これは……違う。あれは、俺を主人公にする技だった。
今、目の前で展開されたこの《双縁開陣》は、八雲を媒介とせず、中心にも置かず、ふたりの意志と感応だけで成立していた。
これは、ヒロインたちが自分で選び、結んだ力だ。
ゲームの再現ではなく、物語の分岐。
この世界は、俺に再体験をさせているんじゃない。
俺がいま、ここで違う何かを選び、踏み出すことを。
望んでいる。
空間が静まり返る。
妄想歪神は、静かに消えていた。
そして、ふたりの巫女が振り返る。
その視線には、涙があった。
だがそれは、恐れではなく、誇りだった。
「八雲様……わたくしたち、貴方の手を借りずに、勝ちました」
「……違う。俺のために、勝ってくれたんだ」
八雲が歩み寄る。
拘束が解かれ、媒介者としてではなく、ひとりの男として、ふたりの手を、しっかりと握った。
レンが、綾音を見て微笑む。
「また、一緒に戦ってくれる……?」
綾音が静かに応じる。
「もちろん。共犯者ですもの」
双翼は、いま、同じ空にあった。
◇ ◇ ◇
霊域の乱れは、静まった。
浄化された大地に、夜風が通り抜ける。神環の軌跡は、再び整いを見せ、地面に埋め込まれた霊導盤が緩やかに淡光を灯していた。
八雲は、まだふたりの手を離さなかった。
その温もりが、戦いの熱ではなく、選び取った縁の証であることを、ただ確かめるように。
「……おかえりなさい、八雲様」
綾音が、言う。
「わたくしたち、ようやくあなたの巫女になれた気がします」
「ちがうよ、綾音さん」
レンが、微笑む。
「わたしたちが、八雲さんを選んだの」
ふたりの視線が交差する。
そこにあるのは、嫉妬でも優劣でもない。
同じ男に触れて、なお並び立つと選んだ者同士の、誓い。
「……選ばれたのは、俺の方かもしれないな」
八雲が呟いたとき。
音が、揺れた。
霊域の奥。
封じられた社の方向。
空間のひとすみに、ほころびのような圧が走った。
「今の……」
響が、足元の鈴を押さえながら近づいてくる。
玲も、剣を構えたまま身を伏せていた。
「今のは、普通の霊圧じゃねぇ。……呼ばれてやがる」
「でも……誰かが叫んでるような、そんな声じゃなかった」
響が、首を振る。
「……これは、神環そのものの声」
その言葉に、八雲の胸がざわめいた。
まただ。俺にしか感じられない呼びかけが。
そしてそのとき。
八雲の視界の奥、神環視の発現によってだけ捉えられる情報外の光が、一瞬だけ、空に浮かんだ。
《環写識別符》。神環が自己構築的に形成する、まだ誰にも読み解かれていない感応データの残響。
それは。
【未結縁対象:2】
そう、示していた。
「……未結縁、二柱……?」
八雲がそう呟いたとき。
響の瞳が、揺れる。
玲が、わずかに目を細めた。
それはまだ、誰にも明言されてはいない。
だが、確かに存在している。
彼女たちの中にも、まだ未だ結ばれていない巫女がいる。
それは、肉体の問題ではなく、自我の問題であり、運命の反転の問題であり。
神環そのものが、それを呼んでいる。
「……行かなきゃいけないみたいだな」
八雲の声に、誰も否定の言葉を挟まなかった。
綾音が、静かに頷く。
「環が揺れたなら、今こそ、繋ぎ直すときですわ」
レンが、拳を握りしめる。
「次は……響ちゃんと、玲さんの番なんだよね」
玲がふっと鼻で笑い、響が頬を少しだけ赤らめる。
「……そんな顔、するんじゃねえよ。結ばれる覚悟くらい、もう決まってる」
「……私も。ちゃんと、聞いてほしい音があるから」
風が吹いた。
四人の巫女と、ひとりの男の前に。
まだ開かれていない縁が、確かに存在していた。
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