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第百三十九話:レオナルドの憂鬱と感動

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あらすじ

🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百三十九話:レオナルドの憂鬱と感動

本文

「王立・竜の子学園」の視察は、演習場での「規格外の実戦訓練」を終え、座学の参観へと移っていた。

 人類側摂政レオナルドは、胃のあたりをさすりながら、校舎の廊下を歩いていた。

 隣を歩くのは、妻のイゾルデだ。

 彼女は、かつて竜族の中でも中立を保っていた名門「水の公爵家」の令嬢であり、政略結婚によってレオナルドの正妃となった女性だ。理知的な美貌を持ち、水の竜姫アクアや深海の戦術師シエルとも学術的な親交を持つ才媛である。

「……イゾルデ。私の目は正常だろうか? さっき、6歳の子供が精鋭部隊を氷漬けにしていたように見えたのだが」

「ええ、貴方。正常ですわ。あの方々は、ヒカル王と六龍姫様の血を引く『次世代の王族』。常識で測ってはいけません」

 イゾルデは涼しい顔で答えるが、レオナルドの顔色は優れない。

「平和だ……。確かに世界は平和になったが、あの子たちが反抗期を迎えた時のことを想像すると、夜も眠れんよ」

「あら、貴方ったら。心配性ですこと。そんなことにならないように、私がいるのですわ。安心なさいませ」

「そうですよ、兄上。私もいますから、大丈夫です」

 レオーネもくすりと笑って付け加えた。

 そんな会話をしながら、一行は次の教室、「戦術戦略学」の講義室へと入った。

 ◇◆◇◆◇

 教室では、静かな熱気が漂っていた。

 教壇に立っているのは、学術顧問のエルダー・ソフス。

 そして、黒板の前で堂々と発表を行っている一人の少年がいた。

「――以上の観点から、次期物流ルートは空路に依存せず、地下水脈を利用した水運と、ドワーフ族の地下鉄網を連結させる『ハイブリッド輸送』が最も効率的であると推測します」

 流暢な言葉で、大人顔負けの物流戦略をプレゼンしているのは、ユリウス・クレイヴ(八歳)。

 ヒカルと、レオナルドの妹であるレオーネ皇女の間に生まれた息子だ。

 線が細く、知的な緑色の瞳を持つ彼は、まさしくレオナルドが知る「かつての帝国の英才教育」を彷彿とさせる、いや、それ以上の麒麟児だった。

「……素晴らしい」

 レオナルドは思わず声を漏らした。

 ユリウスが提示した戦略案は、現在の帝国が抱える物流課題への、極めて的確な回答だったからだ。

 発表を終えたユリウスが、視察団に気づいて礼儀正しく一礼する。

「お久しぶりです、伯父上(レオナルド様)。本日はご足労いただき、光栄です」

「ユリウス……! 大きくなったな」

 レオナルドは駆け寄り、甥の細い肩に手を置いた。

「今の発表、見事だったぞ。母上(レオーネ)譲りの聡明さと、父上(ヒカル)譲りの柔軟な発想……。まさに、人類と竜族の架け橋となる才能だ」

「ありがとうございます。でも、まだ計算式に不確定要素が多くて……」

 謙遜するユリウスの姿に、レオナルドは目頭を熱くした。

(ああ、救われた……。先ほどの暴力的な運動場とは大違いだ。ここには理性が、知性が、そして人類の未来がある……!)

 レオナルドが感動に浸っていた、その時だった。

「おーい! ユリウス! 難しい話は終わったかー!?」

 ドガンッ!!

 教室の後ろの扉が蹴破られ、熱風と共に一人の少年が乱入してきた。

 ライオス(炎/八歳)だ。彼は運動着のまま、汗だくでユリウスの元へ走ってくる。

「あ、ライオス兄さん。まだ授業中だよ」

「細かいこたぁいいんだよ! それより見ろよこれ! さっきの演習で編み出した『爆裂パンチ』の跡!」

 ライオスは煤だらけの拳を自慢げに見せつける。

 そして、彼の視線がレオナルドに止まった。

「ん? あんた、誰だっけ?」

 ライオスは無遠慮にレオナルドの顔を覗き込む。

「……初めまして、ライオス殿下。私はレオナルド。ユリウスの伯父にあたる者だ」

 レオナルドが努めて穏やかに自己紹介をする。

「へぇ〜! ユリウスの伯父ちゃんか! ってことは、人間の中で一番偉い人だな?」

 ライオスの目が、肉食獣のようにギラリと光った。

「なぁ、おっちゃん。強いの?」

「……は?」

 レオナルドの思考が停止する。

「父上(ヒカル)が言ってたぜ。『レオナルドは剣の腕も立つ』ってよ! 人間の王様がどれくらい強いのか、俺、興味あんだよね!」

 ライオスは全身から闘気を立ち昇らせ、レオナルドに詰め寄った。

「手合わせしようぜ! 今すぐ! 校庭で!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいライオス殿下! 私は視察に……」

「堅いこと言うなよ! 魔法は使わないでやるからさ! 拳で語り合おうぜ!」

 ライオスは聞く耳を持たない。悪意はないのだ。ただ純粋に「強さ」への好奇心が暴走しているだけなのだ。

 だが、レオナルドにとっては恐怖でしかない。

(BPI 150超えの怪力少年と「拳で語り合う」だと!? こちらのBPIは強化済みでもせいぜい30だぞ! 即死だ! 物理的に語り合えば即死する!)

「い、いや、その……私は今、胃の調子が……」

 レオナルドが冷や汗を流して後ずさる。

「なんだよ、逃げるのか? 竜の王の同盟者なら、逃げ傷は恥だろ!」

「そ、そういう問題では……!」

 追い詰められる人類の代表。

 その窮地を救ったのは、小さな「騎士」だった。

「やめなよ、ライオス兄さん」

 ユリウスが、二人の間に割って入った。

「伯父上は、剣ではなく『言葉』と『法』で国を守る方だ。野蛮な腕力で試すような相手じゃない」

「あぁ? なんだよ、ユリウス。お前、俺の邪魔をするのか?」

 ライオスが不機嫌そうに睨む。体格差は歴然だ。ライオスの腕はユリウスの倍の太さがある。

 だが、ユリウスは一歩も引かなかった。

「邪魔をするよ。……だって、あの子が悲しむから」

 ユリウスが視線を送った先には、教室の入口で呆れたように腕を組むシズク(水/六歳)の姿があった。

「ライオス兄さん。論理的に見て、視察中の方への決闘申し込みはマナー違反です。それに……」

 シズクは眼鏡を押し上げ、冷ややかな、しかしどこか心配そうな視線をライオスに向けた。

「弱い者いじめをして得意がるなんて、かっこ悪いですよ?」

 その言葉は、炎の拳よりも効果的だった。

「うぐっ……! か、かっこ悪い……!?」

 ライオスの動きが止まる。

「そ、そうだよな! 俺は未来の王だ! かっこ悪いのは……困る!」

 彼はバツが悪そうに炎を消し、頭をかいた。

「……ちぇっ。分かったよ。シズクがそこまで言うなら、今日は見逃してやる」

 ライオスはレオナルドに向き直り、ニカっと笑った。

「悪かったな、おっちゃん! 今度、チェスかなんかで勝負しようぜ!」

 そう言って、嵐のように去っていった。

 去り際に、シズクの横を通る時、ライオスは小声で「……悪かったな」と呟き、シズクは「フン、分かればいいんです」とそっぽを向いたが、その耳は少し赤かった。

 その様子を、ユリウスの背後に隠れていたソイル(土/七歳)が、安堵の表情で見守っていた。

「よかった……。ユリウス君、怪我しなくて」

「ああ、ありがとうソイル。君が後ろにいてくれたから、勇気が出たよ」

 ユリウスが微笑むと、ソイルは嬉しそうにはにかんだ。

 その場に残されたレオナルドは、膝から崩れ落ちそうになった。

「……し、死ぬかと思った」

「お疲れ様です、あなた」

 妻のイゾルデが、すかさず胃薬と水を差し出す。

「ありがとう、イゾルデ……。命拾いしたよ」

 レオナルドは薬を飲み下し、改めてユリウスを見た。

「ありがとう、ユリウス。助かったよ」

「いえ。兄さんも悪気はないんです。ただ、父上(ヒカル)に似て、真っ直ぐなだけで」

 ユリウスは困ったように笑う。

 その笑顔を見て、レオナルドの中にあった恐怖は、別の感情へと変わっていった。

(……力だけで暴走する竜の血を、知恵と優しさを持った人の血が諌める。そして、それを支える少女たちの愛……。ああ、これか)

 ヒカルが目指した「共存」の形が、この小さな子供たちの中で、確かに結実し始めていた。

「ユリウス。君は、良い王になるよ」

 レオナルドは心からの言葉を贈った。

「君のような子が次世代を担うなら、人類の未来も……私の胃の痛みも、報われるというものだ」

「? よく分かりませんが、精進します」

 ユリウスは真面目に頷いた。

 帰り際、レオナルドはヒカルに言った。

「ヒカル殿。……胃薬の在庫は、十分に確保しておいた方がいい」

「……ああ。俺もそう思うよ」

 二人の父親(的な存在)は、固い握手を交わした。

 恐怖と感動、そして胃痛。

 レオナルドの視察は、次世代への希望と、現実的な健康不安を胸に、無事に(?)終了したのだった。

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ざつ

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